放課後のジントニック、美術室の魔法

胸を刺すような強烈な罪悪感と心臓の暴動を、必死に『大学生のポーカーフェイス』の裏側に捩じ込み、俺はグラスを握る手にグッと力を込め、声を振り絞った。
「土曜日、ですか?ええと…その日は、次の週に提出しないといけない大学の課題が溜まってて。夕方までずっとパソコンと睨めっこしてましたね」
――ごめんなさい、結衣さん。
心の中で、目の前の彼女に何度も頭を下げた。真面目だけが取り柄だったはずの自分が、こんな大嘘を平気な顔でつけるようになるなんて。だけど、今はその罪悪感さえも、変装を解かないための盾にするしかなかった。
俺の生きた心地のしないハラハラを置き去りにして、結衣さんはグラスを持ったまま動きをピタリと止めた。
長い睫毛が、驚いたように何度か瞬きを繰り返す。
正式に、胸の前でそっと手を当てると、本当に、心の底から救われたような、掠れた声でポツリと呟いた。
「そっか……家に、いたんだ……」
カウンターの僅かな灯りに照らされた結衣さんの顔から、昨日からずっと張り付いていたあの冷たい刺すような空気が、一瞬で消えていくのが見えた。学校のグラウンドから見上げていた、あの誰も寄せ付けないような『しっかり者の先生』の影なんて、今の彼女にはどこにもない。俺の前で必死に被っていたはずの『少し年上のお姉さん』の仮面すらも忘れて、ただただ安心しきったように、小さく息を吐き出している。
その無防備な表情を間近で見た瞬間、俺の頭の中に、あの土曜日の記憶が鮮烈にフラッシュバックした。
夏海から言われるがまま試着室から出て、ネイビーのジャケットを羽織って姿見の前に立っていた、あの瞬間。
ショップのガラス扉の向こう、通路を行き交う人混みの奥から感じた、あのアリを這うような、刺すような視線。
(……あ、そうか。あの時の視線って……)
点と点が一瞬で一本の線に繋がって、全身に鳥肌が立った。
気のせいなんかじゃなかった。あの日、あのセレクトショップのガラス越しに、髪もセットせずメガネもかけていない、泥臭い現役高校生の姿の俺を、じっと見つめていた人。
それは、他の誰でもない、結衣さんだったんだ。
結衣さんは、あの場所にいた。そして、俺が夏海と楽しそうに?服を選んでいるのを、リアルタイムで目撃していたんだ。