放課後のジントニック、美術室の魔法

カランカラン、といつもより少し勢いよく鈴が鳴り、夜の涼しい風と一緒に、甘い柑橘系の甘い香りが店内に流れてくる。
「こんばんは、マスター。いつものを。ジントニック、ライム多めで……!」
振り返ると、そこには結衣さんが立っていた。
驚いたのは、その服装だった。学校での『佐倉先生』のきっちりとした雰囲気でも、先週の美術館での柔らかいクリーム色でもない。
少し肩のラインの見える、大人っぽい黒のオフィスカジュアル。髪は無造作に下ろされていて、バーの薄暗いネオンに照らされた彼女は、息を呑むほど妖艶で、私服の時とはまたまた違う『強い決意』のようなものを瞳に宿していた。
「結衣さん、こんばんは。今週も、お疲れ様です」
俺はいつもの『落ち着いた大学生の笑み』をどうにか貼り付けて声をかける。
「あ、航平くん……!こんばんは」
結衣さんは俺の隣の席に滑り込んでくると、マスターから差し出されたジントニックを、いつもなら少しずつのみのに、今日は喉を鳴らして一気に半分ほど空けてしまった。
「お、落ち着いてください。何かあったんですか?」
俺が苦笑いしながら尋ねると、結衣さんはグラスをコースターにカチンと少し強めに置き、身体をがらりと俺の方へと向けた。
長い睫毛の奥にある、少し潤んだ瞳が、まっすぐに俺の目を射抜く。
いつもなら、俺のシャツの奥の鼓動を察せられないように少し視線を外すのに、今日の結衣さんは、俺が気圧されるほどの至近距離で、じっと見つめてくるのだ。
「航平くん」
「は、はい」
結衣さんの声が、いつもより少しだけ低く、真剣に響いた。
「あのね。この前、美術館に連れてってもらって、本当に楽しかったの。…だから、その、お礼ってわけじゃないんだけど」
結衣さんは一瞬、ほんの少しだけ耳の裏を赤くして、だけど逃げるような視線を逸らすことはしなかった。オフィスカジュアルのスカートの上で、彼女の細い指先が、ギュッと生地を握りしめているのが見える。
「明日…土曜日、もしよかったら、また私と二人で、お出かけしてくれないかな?」
「え……」
まさかの言葉に、俺の思考が完全にフリーズした。
結衣さんの口から、次のデートの誘い。それも、チケットのような『言い訳』なしの、純粋なお誘いだ。