放課後のジントニック、美術室の魔法

職員室の同僚には絶対に言えない、そして生徒たちは逆立ちしても見せられないこの醜い胸の内を曝け出せるのは、世界中で彼女しかいなかった。
「声が大きいってば、沙耶……」
私は周囲の席に視線を走らせながら、運ばれてきた焼き鳥のつくねを箸で小さくつついた。
「独占欲、とかそういう大それたものじゃないの。ただ…私、大人として、教師として、一回冷静にならなきゃって思って。それで自分にブレーキをかけようとしたんだけど……」
「冷静って、結衣、あんたねぇ」
沙耶はサワーをゴクリと一口飲むと、呆れたようにため息をついた。
「高校の時から絵ばっかり描いてて男っ気ゼロ、大学でも教職の単位取るために必死で、教師になってからも仕事ばっかりだったあんたが。二十代半ばにして、やっと男の人の話をしたと思ったら、まさかの数歳年下の大学生?しかもキャンパスのいるかもわからない若い女の子に嫉妬してる?明日は槍でも降るんじゃない?」
「笑わないでよ、私は本当に真剣に悩んでるんだから……」
私は暑くなる頬を隠すように、冷たい烏龍茶のグラスを両手で包み込んだ。
「彼はまだ学生なんだよ?周りには同じ歳で、キラキラした、私なんかよりずっと可愛い女の子がたくさんいるはずでしょ?私なんか、毎日学校の書類と授業に追われて、髪だってきっちり結ぶことしかしてなくて…彼と会っても、いつも仕事の愚痴ばっかり聞いてもらって、本当に可愛げのない年上のお姉さんなのに……」
「ちょっと待って」
沙耶がピタリとグラスを置いた。その聡明な瞳が、何かを捉えるように細められる。
「あんた、愚痴聞いてもらってる側なの?年上の、しかも『先生』のあんたが?」
「……うん。航平くん、すごく大人っぽくて。私が美術部の顧問として悩んでて、もう自分は顧問失格なんじゃないかって泣きそうな時も、真っ直ぐな、飾らない言葉で私の心を支えてくれたの。あの一言がなかったら、私は今もボロボロなままだった。頼りない私の心を、何度も、何度も救ってくれたのは彼の方だったんだよ」
口にすればするほど、彼への愛おしさと同時に、彼が私の手の届かない遠い世界へ行ってしまうかもしれないという恐怖が溢れて止まらなくなる。