放課後のジントニック、美術室の魔法

「わりぃ、驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、その……」
俺は慌てて両手を軽く上げ、敵意がないことを示す。
「あんまりの熱量で描いてるから、つい、目が離せなくなって。……何を描いてるんだ?」
「別に。なんでもいいだろ。部外者には関係ないし。さっさとグラウンド戻れば?」
獲物を威嚇するような尖った態度。俺は少しだけ躊躇したが、どうしても気になって言葉を続けた。
「関係ないのはわかってる。けど……なんでそんな、暗くて狭いところで描いてるんだ?向こうの校舎に、ちゃんとした美術室があるだろ。そのスケッチブックにも書いてあるし」
俺が指差した『美術室』の青いラベルを見て、彼はフンと鼻で笑った。
「あんな息の詰まる場所、いられるかよ」
彼は吐き捨てるように言い、地面に落ちていたパステルのケース拾い上げた。
「あそこには、教科書通りの『正しい絵』しか認めてくれない、つまんねぇ先生がいるんだ。俺が何を描こうとしても、基本がどうとか、デッサンがどうとか、綺麗なお手本ばっかり押し付けてくる。形が歪んでいようが、色がはみ出してようが、俺が描きたい絵はこれなんだって言っても、全然わかろうとしないんだよ。そんな奴の前で、まともな絵が描けるかっての」
吐き出された言葉はどれも鋭く、棘だらけの言葉だった。
だけど、俺の胸の奥には、まるで冷たい水を浴びせられたように激しく脈打っていた。
間違いない、この尖ったプライド、そして『教科書通りでつまらない』と言う言葉。
目の前にいるのは、金曜日の夜、あのバーで結衣さんが今にも泣きそうな顔で「顧問失格なのかな」と悩んでいた、その原因の生徒だった。
正直に言えば、部活の練習を一度もサボったことのない俺には、彼の『部活をサボって立てこもる』と言う不真面目な行動を理解できない。結衣さんを困らせていることへの怒りだって、少しはある。
だけど、今さっき彼が描いていた、あの圧倒的な絵の熱量を見てしまった後では、彼をただの不真面目な不良だと切り捨てることもできなかった。
彼は、結衣さんを傷つけたいわけじゃない。ただ、自分の注ぎ込んだ表現を、否定されたのが悔しかっただけなんじゃないだろうか。
「……そっか」
気づけば、俺の口から言葉がこぼれていた。