ガタゴトと揺れる遠征バスの窓に頭を預けながら、俺は胸ポケットにあるスマホをそっと上から押さえた。
画面を開かなくても分かる。金曜日の夜に交換した、あの人の連絡先はそこにはある。
もちろん、こちらからメッセージを送ったことはまだない。『大学生の航平』として、どんな頻度で、どんな文面で送れば不自然じゃないのか、真面目すぎる俺の脳細胞ではどれだけ考えても正解が出なかったから。
「おい航平、着いたぞ。遠征バッグ忘れんなよ」
通路を挟んだ隣の席から大輝に肩を叩かれ、俺はハッと我に返った。
バスのフロントガラス越しに見えてきたのは、半年前、俺が人生で初めて一目惚れをした、あの見慣れた校舎だった。
バスを降りると、ツンと鼻をつく土の匂いと、相手校のサッカー部員たちの威勢のいい声がグラウンドから聞こえてくる。
俺は周囲の目を盗むようにして、吸い寄せられるように視線を上へと向けた。
グラウンドの向こうにそびえる特別棟。その三階の端――美術室の窓。
「…あ」
窓は、換気のためだろうか、少しだけ空いていた。
そしてその奥に、白いチョークの粉が舞うような光景の中で、髪を後ろで一つきっちりと結んだ彼女の姿が見えた。
バーでの、あの肩に流れる無造作な髪じゃない。
手元にある資料を真剣な目で見つめながら、時折、中にいる生徒に向かって何か指示をするように口を動かしている。
遠目からでもはっきりと分かる、凛とした『佐倉先生』の姿。
心臓がドクン、と大きく脈打った。
これだ。俺が心を奪われたのは、この瞬間だった。
バーで見せるお姉さんな彼女も愛おしいけれど、やっぱり学校で戦っている彼女の姿は、目が眩むほどかっこよくて、綺麗だ。
その姿を目に焼き付けられた喜びと、自分との間にある『教師と高校生』と言う絶望的な距離感に、胸の奥がぎゅっと熱くなった。
「航平、何ぼーっとしてんだ。アップ始めるぞ」
「あ、ああ…すぐ行く」
大輝に促され、俺は未練を振り切るように視線をグラウンドへと戻した。
魔法が解ける恐怖を抱えながら、俺たちの練習試合が、幕を開けた。
前半の試合が終わり、ハーフタイムを迎える。
いつもなら大輝と次のフォーメーションの確認をする時間だが、今日はどうにも落ち着かなかった。グラウンドから見えるあの三階の窓が、どうしても気になってしまう。
「……ちょっと頭冷やしてくる」
俺は給水ボトルを片手に、賑やかなベンチを離れて校舎の裏手へと歩き出した。
相手校の敷地とはいえ、何度か遠征に来ているから、人が来ない静かな場所は把握している。
体育館と特別棟に挟まれた、普段は機材置き場になっている薄暗いデッドスペース。
日陰のひんやりとした空気に息を吐きながらボトルに口をつけた、その時だった。
カサリ、と画用紙が擦れるような音が、コンクリートの壁に反響して聞こえた。
(誰かいるのだろうか…?)
サボっている部員か、あるいは最悪の場合、あの人だったらどうしようかと心臓が跳ね上がる。俺は足音を殺し、積まれた跳び箱の影からそっと奥を覗き込んだ。
そこにいたのは、あの人ではなかった。
俺と同じか、あるいは一つ下くらいに見える、この学校の制服を着た男子生徒だった。
画面を開かなくても分かる。金曜日の夜に交換した、あの人の連絡先はそこにはある。
もちろん、こちらからメッセージを送ったことはまだない。『大学生の航平』として、どんな頻度で、どんな文面で送れば不自然じゃないのか、真面目すぎる俺の脳細胞ではどれだけ考えても正解が出なかったから。
「おい航平、着いたぞ。遠征バッグ忘れんなよ」
通路を挟んだ隣の席から大輝に肩を叩かれ、俺はハッと我に返った。
バスのフロントガラス越しに見えてきたのは、半年前、俺が人生で初めて一目惚れをした、あの見慣れた校舎だった。
バスを降りると、ツンと鼻をつく土の匂いと、相手校のサッカー部員たちの威勢のいい声がグラウンドから聞こえてくる。
俺は周囲の目を盗むようにして、吸い寄せられるように視線を上へと向けた。
グラウンドの向こうにそびえる特別棟。その三階の端――美術室の窓。
「…あ」
窓は、換気のためだろうか、少しだけ空いていた。
そしてその奥に、白いチョークの粉が舞うような光景の中で、髪を後ろで一つきっちりと結んだ彼女の姿が見えた。
バーでの、あの肩に流れる無造作な髪じゃない。
手元にある資料を真剣な目で見つめながら、時折、中にいる生徒に向かって何か指示をするように口を動かしている。
遠目からでもはっきりと分かる、凛とした『佐倉先生』の姿。
心臓がドクン、と大きく脈打った。
これだ。俺が心を奪われたのは、この瞬間だった。
バーで見せるお姉さんな彼女も愛おしいけれど、やっぱり学校で戦っている彼女の姿は、目が眩むほどかっこよくて、綺麗だ。
その姿を目に焼き付けられた喜びと、自分との間にある『教師と高校生』と言う絶望的な距離感に、胸の奥がぎゅっと熱くなった。
「航平、何ぼーっとしてんだ。アップ始めるぞ」
「あ、ああ…すぐ行く」
大輝に促され、俺は未練を振り切るように視線をグラウンドへと戻した。
魔法が解ける恐怖を抱えながら、俺たちの練習試合が、幕を開けた。
前半の試合が終わり、ハーフタイムを迎える。
いつもなら大輝と次のフォーメーションの確認をする時間だが、今日はどうにも落ち着かなかった。グラウンドから見えるあの三階の窓が、どうしても気になってしまう。
「……ちょっと頭冷やしてくる」
俺は給水ボトルを片手に、賑やかなベンチを離れて校舎の裏手へと歩き出した。
相手校の敷地とはいえ、何度か遠征に来ているから、人が来ない静かな場所は把握している。
体育館と特別棟に挟まれた、普段は機材置き場になっている薄暗いデッドスペース。
日陰のひんやりとした空気に息を吐きながらボトルに口をつけた、その時だった。
カサリ、と画用紙が擦れるような音が、コンクリートの壁に反響して聞こえた。
(誰かいるのだろうか…?)
サボっている部員か、あるいは最悪の場合、あの人だったらどうしようかと心臓が跳ね上がる。俺は足音を殺し、積まれた跳び箱の影からそっと奥を覗き込んだ。
そこにいたのは、あの人ではなかった。
俺と同じか、あるいは一つ下くらいに見える、この学校の制服を着た男子生徒だった。


