恋人同士のふりをはじめて一週間。
俺たちはすっかり学校内の名物カップルになっていた。
ところかまわず佐倉がべたべたしてくる上に、「応援してます」という女子の声援に「ありがとう」と言いながら俺の腰を抱き寄せたり、バックハグをしたり、あれやこれやと仲のよさをアピールしているので、疑われる余地がまったくない。
女子いわく、「塩屋くんといるときの佐倉くんはいつにも増してキラキラしてる」らしい。俺には、単に佐倉が面白がって遊んでいるだけにしか見えない。いたずらに夢中な子どもだ。いや、犬か。
「佐倉、もう離れろって」
「え? 暑い? 上着脱がせてあげようか?」
「そうじゃない……」
ただでさえ、佐倉はスキンシップが多いのに、どんどん過剰になっている気がする。その上、「好き」だとか、「かわいい」だとか、みんなの前で甘いことばをささやくようになって、悪ふざけはひどくなる一方だ。アピールのためとはいえ、やりすぎだと思う。
「だいたい、ふたりきりのときにアピールする必要ないだろ」
昼休みは特別教室を借りて過ごすのが習慣になっていた。もう俺たちを見物にやってくる生徒は少なくなったものの、見られることは多いし、興味本位の質問をしてくる生徒も増えてきた。
「常にくっついてたほうがいざというとき恋人同士っぽい雰囲気出るかなって」
「いざというときって、どんなときだよ」
「さあ? 塩屋に恋するイケメンが登場したときとか?」
「せめてそこは女子にしろよ」
慣れというのはおそろしいもので、最近は佐倉にくっつかれてもだんだん抵抗を感じなくなってきた。食事中はさすがに離れてくれるので、それ以外ならまあいいかと許してしまう。
食事のあとに楽しみが待っているので、多少のことならどうでもよくなっているのかもしれない。
「今日のおやつは、チョコスコーンでーす」
あれから、佐倉は毎日お菓子を作るようになった。休日、俺のバイトの前後に会う場合は必ず手土産を持ってくるし、会わない日も翌日学校で休日の分をまとめて渡してくる。
――毎日なんて無理してるんじゃないのか?
以前、俺が尋ねると、佐倉は「まさか」と言って笑った。
――楽しくてしかたないよ。それに、腕なまってるから毎日練習したいんだよね。
俺に渡すために作っているのではなく、あくまでお菓子作りの練習がしたいからだと佐倉は言う。
佐倉の両親は甘いものを好まず、俺のほかに食べてくれるひとがいない。自分ひとりで食べるとカロリーオーバーになってしまうから食べるのを手伝ってほしい、ということらしい。
佐倉が楽しんでいるのならいいのだが、だからといって毎日一方的にお菓子をもらうばかりなのは気が引けた。せめて材料費の一部を負担させてほしいと佐倉に言ったが、頑として聞き入れてもらえなかった。スイーツ巡りのとき、「今日は俺がおごる」と言ってもだめだった。
……なにか、佐倉が断れないようなことでお返しができたらいいんだけどな。
これが、なかなかむずかしい。情けないことに、俺にはいままで贈り物をするほど親しい相手がひとりもいなかった。
「……美味しくなかった?」
俺が黙り込んでいたのを勘違いしたらしく、佐倉が不安そうな声で聞いてくる。
「いや、美味いよ」
「よかった。温めたらもっと美味しいんだけどね」
学校にはトースターや電子レンジがない。家庭科室にはあるが、個人的な利用は禁止されている。それだけではない。電子レンジ、冷蔵庫、電気ポット。そういった家電が一切ない。
よって、昼食の弁当は冷たいまま。コンビニで買ってくるにしても、常温保存できてそのまま食べられるものしか選べない。
ちなみに、休み時間に学校の敷地外に出るのは禁止されているので、コンビニへ買いにいって温めてもらったり、お湯を入れてもらったりすることもできない。
弁当持参が推奨されているし、公立の学校ならあたりまえかもしれない。でも、佐倉の昼食を見ていると、なんともやるせない気持ちになるのだ。
……なにせ佐倉の昼飯は――
いつも変わらず、サンドイッチとパンの組み合わせ。パンも菓子パンや総菜パンなどカロリーの高いものは避けているので、だいたい似たり寄ったりになっている。
俺が毎回のように弁当のおかずを分けようとするのを気にしたのか、最近はできあいのサラダや総菜もいっしょに買ってくるようになって、少しはましになった。
問題なのは昼だけじゃない。朝食は抜いていて、両親が仕事で忙しく、いつも夕食は外で済ませている。ゆえに、休日の昼食も外食かデリバリーのどちらかになる。
栄養面も心配だが、毎晩ひとりきりの食事では美味いものも美味いと感じられなさそうだ。本人もひとりだと味気ないと言っていた。
「塩屋は、次の土日もバイト?」
「いや、もうすぐ中間テストだからな。休みをもらってる」
「じゃあ、テスト終わるまではスイーツ巡りもお休みってこと?」
「残念だが、そうなるな」
俺がバイトの日は、たいてい佐倉と駅で待ち合わせてスイーツ巡りに行き、シフトによっては昼食もいっしょに摂っている。でも、テストが終わるまでは、休日だけでなく平日のスイーツ巡りもおあずけだ。
「そっか……」
あからさまにがっかりした様子の佐倉を見て、じわじわと罪悪感が込み上げてきた。俺のせいではないとわかっていても、悪いことをしているような気分になる。
「おまえだって、試験勉強するならスイーツ作りは控えめにするだろ?」
「うーん、まあ確かに最近あんまり勉強してないから、やんなきゃだけど。息抜きに簡単なものくらいは作るよ」
一年のとき、佐倉は学年で十位以内に入るほどテストの成績がよかったという記憶がある。俺はせいぜいよくて二十位内だ。
「いっしょに勉強するか?」
気づいたときにはそう言っていた。
「え?」
「図書館で勉強して、昼は近くの店で食えばいい」
続けて言うと、佐倉がぱっと表情を明るくさせる。本当にわかりやすいやつだ。笑う佐倉を見てほっとした。
「うん、そうしよ!」
「わかった」
とある計画を思いついたのはそのときだった。でも、俺ひとりで決められる話ではないので、しかるべき相手に相談が必要だ。
……早速、今夜にでも相談してみるか。
これなら、お返しになるかもしれない。
俺たちはすっかり学校内の名物カップルになっていた。
ところかまわず佐倉がべたべたしてくる上に、「応援してます」という女子の声援に「ありがとう」と言いながら俺の腰を抱き寄せたり、バックハグをしたり、あれやこれやと仲のよさをアピールしているので、疑われる余地がまったくない。
女子いわく、「塩屋くんといるときの佐倉くんはいつにも増してキラキラしてる」らしい。俺には、単に佐倉が面白がって遊んでいるだけにしか見えない。いたずらに夢中な子どもだ。いや、犬か。
「佐倉、もう離れろって」
「え? 暑い? 上着脱がせてあげようか?」
「そうじゃない……」
ただでさえ、佐倉はスキンシップが多いのに、どんどん過剰になっている気がする。その上、「好き」だとか、「かわいい」だとか、みんなの前で甘いことばをささやくようになって、悪ふざけはひどくなる一方だ。アピールのためとはいえ、やりすぎだと思う。
「だいたい、ふたりきりのときにアピールする必要ないだろ」
昼休みは特別教室を借りて過ごすのが習慣になっていた。もう俺たちを見物にやってくる生徒は少なくなったものの、見られることは多いし、興味本位の質問をしてくる生徒も増えてきた。
「常にくっついてたほうがいざというとき恋人同士っぽい雰囲気出るかなって」
「いざというときって、どんなときだよ」
「さあ? 塩屋に恋するイケメンが登場したときとか?」
「せめてそこは女子にしろよ」
慣れというのはおそろしいもので、最近は佐倉にくっつかれてもだんだん抵抗を感じなくなってきた。食事中はさすがに離れてくれるので、それ以外ならまあいいかと許してしまう。
食事のあとに楽しみが待っているので、多少のことならどうでもよくなっているのかもしれない。
「今日のおやつは、チョコスコーンでーす」
あれから、佐倉は毎日お菓子を作るようになった。休日、俺のバイトの前後に会う場合は必ず手土産を持ってくるし、会わない日も翌日学校で休日の分をまとめて渡してくる。
――毎日なんて無理してるんじゃないのか?
以前、俺が尋ねると、佐倉は「まさか」と言って笑った。
――楽しくてしかたないよ。それに、腕なまってるから毎日練習したいんだよね。
俺に渡すために作っているのではなく、あくまでお菓子作りの練習がしたいからだと佐倉は言う。
佐倉の両親は甘いものを好まず、俺のほかに食べてくれるひとがいない。自分ひとりで食べるとカロリーオーバーになってしまうから食べるのを手伝ってほしい、ということらしい。
佐倉が楽しんでいるのならいいのだが、だからといって毎日一方的にお菓子をもらうばかりなのは気が引けた。せめて材料費の一部を負担させてほしいと佐倉に言ったが、頑として聞き入れてもらえなかった。スイーツ巡りのとき、「今日は俺がおごる」と言ってもだめだった。
……なにか、佐倉が断れないようなことでお返しができたらいいんだけどな。
これが、なかなかむずかしい。情けないことに、俺にはいままで贈り物をするほど親しい相手がひとりもいなかった。
「……美味しくなかった?」
俺が黙り込んでいたのを勘違いしたらしく、佐倉が不安そうな声で聞いてくる。
「いや、美味いよ」
「よかった。温めたらもっと美味しいんだけどね」
学校にはトースターや電子レンジがない。家庭科室にはあるが、個人的な利用は禁止されている。それだけではない。電子レンジ、冷蔵庫、電気ポット。そういった家電が一切ない。
よって、昼食の弁当は冷たいまま。コンビニで買ってくるにしても、常温保存できてそのまま食べられるものしか選べない。
ちなみに、休み時間に学校の敷地外に出るのは禁止されているので、コンビニへ買いにいって温めてもらったり、お湯を入れてもらったりすることもできない。
弁当持参が推奨されているし、公立の学校ならあたりまえかもしれない。でも、佐倉の昼食を見ていると、なんともやるせない気持ちになるのだ。
……なにせ佐倉の昼飯は――
いつも変わらず、サンドイッチとパンの組み合わせ。パンも菓子パンや総菜パンなどカロリーの高いものは避けているので、だいたい似たり寄ったりになっている。
俺が毎回のように弁当のおかずを分けようとするのを気にしたのか、最近はできあいのサラダや総菜もいっしょに買ってくるようになって、少しはましになった。
問題なのは昼だけじゃない。朝食は抜いていて、両親が仕事で忙しく、いつも夕食は外で済ませている。ゆえに、休日の昼食も外食かデリバリーのどちらかになる。
栄養面も心配だが、毎晩ひとりきりの食事では美味いものも美味いと感じられなさそうだ。本人もひとりだと味気ないと言っていた。
「塩屋は、次の土日もバイト?」
「いや、もうすぐ中間テストだからな。休みをもらってる」
「じゃあ、テスト終わるまではスイーツ巡りもお休みってこと?」
「残念だが、そうなるな」
俺がバイトの日は、たいてい佐倉と駅で待ち合わせてスイーツ巡りに行き、シフトによっては昼食もいっしょに摂っている。でも、テストが終わるまでは、休日だけでなく平日のスイーツ巡りもおあずけだ。
「そっか……」
あからさまにがっかりした様子の佐倉を見て、じわじわと罪悪感が込み上げてきた。俺のせいではないとわかっていても、悪いことをしているような気分になる。
「おまえだって、試験勉強するならスイーツ作りは控えめにするだろ?」
「うーん、まあ確かに最近あんまり勉強してないから、やんなきゃだけど。息抜きに簡単なものくらいは作るよ」
一年のとき、佐倉は学年で十位以内に入るほどテストの成績がよかったという記憶がある。俺はせいぜいよくて二十位内だ。
「いっしょに勉強するか?」
気づいたときにはそう言っていた。
「え?」
「図書館で勉強して、昼は近くの店で食えばいい」
続けて言うと、佐倉がぱっと表情を明るくさせる。本当にわかりやすいやつだ。笑う佐倉を見てほっとした。
「うん、そうしよ!」
「わかった」
とある計画を思いついたのはそのときだった。でも、俺ひとりで決められる話ではないので、しかるべき相手に相談が必要だ。
……早速、今夜にでも相談してみるか。
これなら、お返しになるかもしれない。
