「ほっとしたら急に眠くなってきちゃった。お菓子作りひさしぶりだったからすごい時間かかったし、一度失敗して作り直してたら寝るの遅くなっちゃって。かなり寝不足なんだよね」
今日は俺に合わせた登校だったので、いつもより早起きしたはずだ。無理せずいつもどおりの時間に通学すれば、もっと寝られただろうに。それでも、佐倉は俺との約束を優先した。
「起こしてやるから、昼寝したらどうだ?」
いまから眠れば、あと二十分は寝られる。
「うん、そうする」
頷いて、佐倉が椅子の座面同士をぴったりとくっつけて並べはじめた。椅子をベッド代わりにするらしい。
……その数じゃ足りなくて長い脚がはみ出すんじゃないか?
そう思っているうちに佐倉が椅子の上へ横になり、俺の両膝に重みがかかった。
「は?」
「塩屋、膝貸して」
ふつうは、承諾を得てから借りるものではないだろうか。
返事を聞く前に瞼を下ろした佐倉が、ふっと笑みを浮かべた。
「想像よりも硬くて寝心地よくないなあ」
「いやなら、いますぐどけ」
でかい男の膝にやわらかさを求めるほうが間違っている。
「ごめん。いやじゃないから、貸して。お願い」
……こいつ、お願いって言えばなんでも通ると思ってないか?
実際、いままでのお願いはすべて押し通されている。いまもしょうがないと思ってしまっている時点で、俺は佐倉の押しに負けている。
……それにしても、本当に整った顔してるな、こいつ。
ただぼんやりと佐倉の顔を見ながら、そんなことを考えていたときだった。
「――ありがとね、塩屋」
唐突に感謝のことばを向けられて、どうしてかわからず戸惑った。
佐倉は目をつむったままで、ひとりごとみたいな響きの声だった。
「オレ、昔からお菓子作りが好きで。外で遊ぶよりもゲームするよりも、お菓子作ってるほうが好きな子どもだった。でも、小六のときバレンタインにクラス全員分のチョコ作って配ろうとしたら、友達から男なのに変だ、気持ち悪いって言われて……クラスで浮いて、友達もいなくなって……」
きれいな形の眉のあいだに、深い皺が刻まれる。
俺も子どものころから甘いものにしか興味がなく、まわりから浮いた子どもだった。なにせ、クリスマスにサンタへお願いするのは毎年決まって『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるお菓子の家だったくらいだ。誕生日プレゼントも、毎回お菓子を買ってもらった記憶がある。
ゲームやおもちゃをねだって買ってもらうほかの子どもたちと話が合うわけがない。「かずまくんはおかしい」と、面と向かって言われた経験もある。だから、佐倉の気持ちが少しくらいはわかる。
「オレがお菓子を作りたいって気持ちは、作ったお菓子を食べてよろこんでもらいたい、美味しいって言ってもらいたいって気持ちは、よくないものなんだって悲しくて、つらくて……お菓子を作るのが楽しくなくなって、作るのやめて、道具も全部捨てちゃった」
教室で大勢に囲まれているときの佐倉を思い出した。なにもかもがつまらなそうで、うわべだけの笑みを浮かべ、まわりにたくさんのひとがいるのに、どこかさみしそうな佐倉を。
ふいに、長いまつげに縁取られた瞼が持ち上がって、茶色の瞳と視線がかち合う。
「でも、塩屋と話すようになって、もう一度お菓子を作りたいって気持ちになれた。お菓子を作るのがやっぱり好きだって思えた。塩屋が笑って、美味いって言ってくれて、すごくうれしかった。ありがとう、塩屋」
「……俺は、なにもしてない」
礼を言われるようなことなんて、なにもしていない。
戸惑いを滲ませた俺の返事を聞いて、佐倉が相好を崩した。いつもよりずっと幼く見える笑顔に、俺は不覚にも見惚れてしまった。
「塩屋の、そういうとこ好きなんだよね」
「なっ……」
「すごいことしてるのに、自分では大したこことないって思ってるの」
「なんだ、急に……」
「食べるときいただきますって言って、食べ終わったらごちそうさまって必ず言うのも好き」
「……それは、あたりまえだろ」
「あたりまえのことをしないひともたくさんいるよ。塩屋は、自分が魅力的なの全然わかってない」
まっすぐなことばを向けられて驚いた。はずかしげもなく、よくそんなことを言えるな、と思う。言われたこっちがはずかしい。
「あ、耳赤くなった。照れたの? かわいい」
「うるさい。さっさと寝ないと時間なくなるぞ」
「はーい」
にやけた顔のまま、佐倉が瞼を閉じる。数分も経たないうちに規則的な寝息が聞こえてきて、眠ったのだとわかった。この状況で眠れるなんて、そうとう眠かったようだ。
……これ、佐倉が起きるまで動けないんじゃ?
あと、二十分弱。
佐倉が起きるまでの時間は、やたらと静かでやたらと長く感じられた。
今日は俺に合わせた登校だったので、いつもより早起きしたはずだ。無理せずいつもどおりの時間に通学すれば、もっと寝られただろうに。それでも、佐倉は俺との約束を優先した。
「起こしてやるから、昼寝したらどうだ?」
いまから眠れば、あと二十分は寝られる。
「うん、そうする」
頷いて、佐倉が椅子の座面同士をぴったりとくっつけて並べはじめた。椅子をベッド代わりにするらしい。
……その数じゃ足りなくて長い脚がはみ出すんじゃないか?
そう思っているうちに佐倉が椅子の上へ横になり、俺の両膝に重みがかかった。
「は?」
「塩屋、膝貸して」
ふつうは、承諾を得てから借りるものではないだろうか。
返事を聞く前に瞼を下ろした佐倉が、ふっと笑みを浮かべた。
「想像よりも硬くて寝心地よくないなあ」
「いやなら、いますぐどけ」
でかい男の膝にやわらかさを求めるほうが間違っている。
「ごめん。いやじゃないから、貸して。お願い」
……こいつ、お願いって言えばなんでも通ると思ってないか?
実際、いままでのお願いはすべて押し通されている。いまもしょうがないと思ってしまっている時点で、俺は佐倉の押しに負けている。
……それにしても、本当に整った顔してるな、こいつ。
ただぼんやりと佐倉の顔を見ながら、そんなことを考えていたときだった。
「――ありがとね、塩屋」
唐突に感謝のことばを向けられて、どうしてかわからず戸惑った。
佐倉は目をつむったままで、ひとりごとみたいな響きの声だった。
「オレ、昔からお菓子作りが好きで。外で遊ぶよりもゲームするよりも、お菓子作ってるほうが好きな子どもだった。でも、小六のときバレンタインにクラス全員分のチョコ作って配ろうとしたら、友達から男なのに変だ、気持ち悪いって言われて……クラスで浮いて、友達もいなくなって……」
きれいな形の眉のあいだに、深い皺が刻まれる。
俺も子どものころから甘いものにしか興味がなく、まわりから浮いた子どもだった。なにせ、クリスマスにサンタへお願いするのは毎年決まって『ヘンゼルとグレーテル』に出てくるお菓子の家だったくらいだ。誕生日プレゼントも、毎回お菓子を買ってもらった記憶がある。
ゲームやおもちゃをねだって買ってもらうほかの子どもたちと話が合うわけがない。「かずまくんはおかしい」と、面と向かって言われた経験もある。だから、佐倉の気持ちが少しくらいはわかる。
「オレがお菓子を作りたいって気持ちは、作ったお菓子を食べてよろこんでもらいたい、美味しいって言ってもらいたいって気持ちは、よくないものなんだって悲しくて、つらくて……お菓子を作るのが楽しくなくなって、作るのやめて、道具も全部捨てちゃった」
教室で大勢に囲まれているときの佐倉を思い出した。なにもかもがつまらなそうで、うわべだけの笑みを浮かべ、まわりにたくさんのひとがいるのに、どこかさみしそうな佐倉を。
ふいに、長いまつげに縁取られた瞼が持ち上がって、茶色の瞳と視線がかち合う。
「でも、塩屋と話すようになって、もう一度お菓子を作りたいって気持ちになれた。お菓子を作るのがやっぱり好きだって思えた。塩屋が笑って、美味いって言ってくれて、すごくうれしかった。ありがとう、塩屋」
「……俺は、なにもしてない」
礼を言われるようなことなんて、なにもしていない。
戸惑いを滲ませた俺の返事を聞いて、佐倉が相好を崩した。いつもよりずっと幼く見える笑顔に、俺は不覚にも見惚れてしまった。
「塩屋の、そういうとこ好きなんだよね」
「なっ……」
「すごいことしてるのに、自分では大したこことないって思ってるの」
「なんだ、急に……」
「食べるときいただきますって言って、食べ終わったらごちそうさまって必ず言うのも好き」
「……それは、あたりまえだろ」
「あたりまえのことをしないひともたくさんいるよ。塩屋は、自分が魅力的なの全然わかってない」
まっすぐなことばを向けられて驚いた。はずかしげもなく、よくそんなことを言えるな、と思う。言われたこっちがはずかしい。
「あ、耳赤くなった。照れたの? かわいい」
「うるさい。さっさと寝ないと時間なくなるぞ」
「はーい」
にやけた顔のまま、佐倉が瞼を閉じる。数分も経たないうちに規則的な寝息が聞こえてきて、眠ったのだとわかった。この状況で眠れるなんて、そうとう眠かったようだ。
……これ、佐倉が起きるまで動けないんじゃ?
あと、二十分弱。
佐倉が起きるまでの時間は、やたらと静かでやたらと長く感じられた。
