砂糖は多めでお願いします。

 待望の昼休みがやってきた。
 椅子に腰を下ろした俺の口から、無意識に深いため息がこぼれる。

「塩屋、大丈夫?」
「……ああ」

 隣に座る佐倉は、心配そうな顔をしているものの、疲れた様子はない。腹は立たないが、どうにも釈然としなかった。

 ……俺が疲れているのはこいつのせいなのに。

 休み時間のたび、うちのクラスには俺と佐倉を見物にやってくる生徒があとを絶たなかった。廊下は生徒であふれかえっていて、まるで動物園のパンダの気分だった。
 大勢の視線にさらされるのが、こんなに疲れることだとは思わなかった。

 いま特別棟にある視聴覚室は、俺と佐倉以外だれもいない。鍵をかけているのでだれかが入ってくる心配もない。
 ようやく他人の視線から解放されて、どっと疲れが押し寄せてきた。

「特別教室予約しといてよかったね」
「ああ、助かった」

 うちの学校は、昼休みに特別教室を借りることができる。鍵を借りるのは早いもの勝ちだ。
 学校中に俺たちのうわさが流れているのを知って、佐倉と相談し、朝のうちに手続きをしておいたのは正解だった。お昼ぐらいゆっくりと食べたい。

「いつもは友達と食べてるんでしょ。よかったの?」
「ああ、うわさを知って気をきかせてくれたみたいだ。あっちも新しいクラスのやつと仲よくなったみたいだし、ちょうどよかった」

 いままでは去年同じクラスだった友達と昼食を摂っていたが、休み時間にメッセージが届いていた。『こっちは気にせず、彼氏と食えよ』と。彼氏なんていないと言いたかったが、どこからうわさが広がるかわからないので否定できなかった。

「佐倉は、いつも平井たちと食ってたのか?」
「ううん、ひとが少ない静かな場所探してひとりで食べてたよ。同じ場所で食べてるとだれかしら集まってきちゃうから、いろんな場所ぐるぐる回ってた」
「……それは、大変だな」
「ごはんくらい落ち着いて食べたいでしょ」
「だったら、俺といっしょでよかったのか? ひとりのほうがいいなら席を外すぞ」

 校舎の裏手だとか、どこかにはほかの生徒がいない場所もあるだろう。俺ひとりならさほど注目されないだろうし。

「塩屋がよければいっしょがいいな。ひとりは味気ないから。オレ、家でもひとりだし。いつも外食かデリバリーなんだよね」
「ひとり暮らし、じゃないよな?」

 うちは公立高校で、親の許可があっても学生のひとり暮らしは禁止されている。

「親が仕事忙しくて、帰ってくるのいつも遅いんだよね。朝起きたら親はもう会社行ってるし、感覚的にはひとり暮らしとそんなに変わんないかも。その分、こづかい多くしてくれてるから、勝手に好きなもの食べられるってわけ」

 それは親としてどうなのかと思ったが、ひとさまの家庭に文句を言えるわけもない。ましてや、俺は親の金で生活している身だ。文句を言う資格もない。

「塩屋は弁当なんだ? 自分で作ってんの?」

 テーブルの上に広げた弁当を隣から覗き込み、佐倉が聞いてくる。

 うちの学校は給食がないので、弁当持参が基本だ。購買もあるが、昼休みはものすごく混雑する。事前に用意しておいたほうがゆっくりできて楽だった。

 入学当初、実は自分で弁当を作ろうとしたことがあった。ところが、残念なことに俺は壊滅的に料理ができない。
 手作りの弁当はあきらめ、学校へ行く前に昼飯を買うとしたが、それでは栄養が偏るからと母が毎日弁当を作ってくれている。
 フルタイムの仕事をしながら、冷凍食品も使わず、栄養を考え、毎日美味い弁当を作ってくれる母にはとても感謝している。
 せめてと思い、作ってくれたおかずやごはんを弁当箱に詰めるのと、帰ってから弁当箱を洗うのは必ず自分でやっていた。

「まさか、母親が作ってくれたんだ。……佐倉はコンビニか」

 佐倉の昼食は、レタスやハムが挟まれたサンドイッチとくるみパンだけだった。

「それで足りるのか?」
「正直、足りないんだけどね……カロリー調整してるから」

 太りやすいと言っていたから予防を徹底しているのかもしれないが、だからと言って食事を減らすのはよくないように思えた。

「放課後まで持つのか?」
「持たないだろうねー」
「それじゃだめだろ。俺のおかずも食えよ」

 おかずの入った弁当箱を佐倉のほうへ押しやると、佐倉は弁当箱と俺の顔を交互に見て、ぱちぱちと目をしばたかせた。

「なに言ってんの、オレがもらったら塩屋の分が減っちゃうじゃん」
「俺は半分で十分だ」

 かばんの中にはお菓子も常備している。いざとなればお菓子を食べればいい。

「半分って、気前よすぎ。……さすがに半分はいらないけど、ちょっとだけもらおうかな」

 おかずに刺さっていたピックでいくつかおかずをより分け、蓋の裏側に載せていく。途中で佐倉から「もういいよ」とストップがかかった。

「ありがと、塩屋」
「ああ」
「うわ、からあげ美味しい。塩屋のお母さん、料理上手だね」
「母さんに言っとく」
「うん、お礼言っといて」

 俺が分けたおかずを、佐倉はぺろっとたいらげてしまった。もっと分けてやるべきだったかと思ったが、俺もすでに食べ終えてしまっている。

「やっぱり、足りなかったんじゃないか?」
「違うよ、美味しかったから一気に食べちゃっただけだって」
「それならいいけど……」

 ふと頭をよぎった考えに、もやもやしたものが溜まっていくのを感じた。

「……太りやすいって言ってたよな。もしかして、俺のせいか?」
「はあ? なんで塩屋のせいになんの?」
「俺がスイーツ巡りにつきあわせてるせいじゃないのか?」

 毎日、俺とスイーツ巡りをしているから、その分食事を減らす羽目になっているのではないか。そんな考えが浮かんだ。

「違うよ、昨日の夜中に甘いもの食べ過ぎただけ」
「夜中に? おまえが?」
「うん。やらかしちゃった」

 そう言いながら、佐倉が視線を逸らす。

 カロリーを気にしてアプリで管理しているような人間が、そんなうかつなことをするだろうか。もちろん、ダイエット中に魔が差すくらいだれでもあるだろうが、なんだか隠しごとをされているように思えてならない。

「それに、スイーツ巡りはオレが好きでつきあってるんだからね。大事なところだから絶対勘違いしちゃだめだよ」
「わかった。だけど、無理はするなよ」

 佐倉がスイーツ好きなことは、もちろん疑っていない。でも、自分が極端だという自覚もある。俺は甘いものが関わると自分でも制御が利かなくなるのだから。

「全然わかってないじゃん。無理なんてしてないよ。だいたい、塩屋とスイーツ巡り行かないくらいなら、その分運動して消費するからね」
「そうか」
「昨日の夜、食べ過ぎたのは本当。味見してたせいだから」
「味見? 料理してたのか?」
「……うん、料理っていうか……」

 佐倉にしてはめずらしく歯切れが悪かった。

「……あのさ、塩屋はさ……」
「なんだ?」
「塩屋は……手作りの食べ物って平気?」
「どういう意味だ?」
「ひとの握ったおにぎりは食べられない、みたいなひといるでしょ」

 生理的に受けつけるかどうか、という話のようだ。

「俺は気にしないな。飲食店だって、手作りが多いだろ」
「じゃあさ、男が……スイーツ作っても変だと思わない?」
「思わないな。男の菓子職人なんていくらでもいる」
「……本当にそう思ってる?」

 じっとこちらを見つめる瞳が不安にゆれていた。だから、俺も色素の薄い瞳をまっすぐに見返して答えた。大丈夫だ、と言い聞かせるように。

「本当だ。俺は壊滅的に料理ができないからな。美味いスイーツを作ってくれる職人さんたちには感謝しかない」
「はは、塩屋が言うとものすごく説得力あるね」

 視線を合わせたまま、まだこわばった顔で佐倉が笑う。

「実は、パウンドケーキ作ったんだ。食べてくれる? ――ううん、塩屋に食べてほしい」

 かばんの中から取り出した包みを、佐倉がおずおずと渡してくる。

「ひさしぶりで、あんまり美味しくないかもしれないけど……」
「もちろん、食うよ」

 俺が包みを受け取ると、佐倉はほっとしたように口元をゆるめた。

 透明な袋の中に、パウンドケーキが二切れ入っている。袋には茶色の細いリボンが結ばれていた。ラッピングといい、焼き加減といい、まるで売り物のようだ。
 リボンをほどいて袋を開いた途端、甘い香りがして期待が高まる。

「いただきます」

 パウンドケーキは味が二種類あって、ひとつはプレーン、もうひとつは紅茶の葉を生地に練り込んであった。しっとりとした生地の食感にほどよい甘味が好ましく、あっという間に食べ切ってしまった。

「ごちそうさまでした」

 佐倉はじっとこちらを見つめていた。俺の食べる勢いがよかったからなのか、こちらを見据える瞳には隠し切れない期待が滲んでいる。口元はすでにゆるんでいた。

「塩屋の顔見たら聞かなくてもわかるんだけど、感想聞かせて?」

 食べる勢いのせいではなく、どうやら顔に出ていたらしい。まったく自覚がなかった。

「美味かった。毎日食いたいくらいだ」

 お世辞じゃなくて、本当に思った。
 それが伝わったのだろう。きれいな顔がぐしゃりとゆがんでいた。いまにも泣き出しそうな子どもみたいな顔で、佐倉は笑った。

「……っ、ありがとう。最高のほめことばだよ」