砂糖は多めでお願いします。

「オレたちがつきあってるってアピールしとかないと」

 アイスを食べに行った帰りがけ、「明日からいっしょに登校しよ」と佐倉が突然言い出した。

「言っておくけど、おまえの時間に合わせるつもりはないからな。俺の時間に合わせられないなら、きっぱりあきらめろ」

 遅刻ぎりぎりの登校なんて冗談じゃない。平井たちが見ていないところでそこまでする必要性は感じない。そう思って、佐倉にあきらめさせるつもりでわざと厳しい言い方をした。

「わかった。塩屋に合わせるよ」

 あっさりと了承した佐倉に驚いた。もっと食い下がられると思っていたのに。でも、佐倉は早起きが苦手と言っていたし、俺の乗る電車に間に合うかはわからない。

 そうして翌日を迎え、俺はいつもと同じ電車の一両目に乗り込んだ。駅で待ち合わせはせず、同じ電車に乗る方法を取った。
 それほど混んでいない車両は、ちらほらと席が空いている。席に座ってスマホを眺めていると、すぐにふたつ隣の駅に着いた。

「おはよ、塩屋」

 眠そうな顔で開いたドアから入ってきた佐倉が、気だるそうな動きで隣の席に腰を下ろす。

「……おはよう」
「なに、その顔? 寝ぐせでもついてる?」
「いや、ついてない。おまえが間に合うと思ってなかったから驚いた」
「うわ、ひどっ。オレがんばって早起きしたのに。褒めてもいいくらいでしょ」
「たった一日で褒められるか」
「じゃあ、一ヶ月早起きできたら褒めてくれる?」
「……まあ、そうだな。一ヶ月なら」
「よし、がんばろ」

 ……褒められるためにがんばるって、なんだそれ。小学生か。いや、犬かもな。

「そうか、がんばれ」
「心がこもってないなあ」

 くだらない話をしているあいだも電車は進み、学校のある駅にたどり着いた。いつもよりあっという間に感じたのは、話し相手がいるせいか。

 駅から学校までは徒歩十分。まだ始業時間まで余裕があるので、駅から学校へ向かう生徒は少しまばらだ。
 そのはずなのに、やたらと視線を感じた。どう考えても、佐倉といっしょにいるせいだ。
 原因である男は、涼しい顔で平然と歩いている。こいつは、他人の視線なんて慣れているのだ。

 ……それにしても、なんだか……

「なんだか、すごく見られてないか?」
「そう?」

 女子生徒ならわかるが、男子生徒も見てくるのはおかしい。確かに、佐倉は男でも見惚れるほどにきれいな顔をしているが、そういった類の視線には見えなかった。どちらかと言えば、好奇の視線に感じる。
 同じ学年だけでなく一年や三年もいるのがネクタイの色で判別できた。あちこちからこそこそとささやき声も聞こえてくる。なにより、見られているのが佐倉だけではなく俺もなのはどうしてなのか。

 校舎に入ると、視線とささやき声はいっそうあからさまになった。そして、教室に入ったとき、大きなざわめきに変わった。

「えっ、ふたりで登校してきた」
「やっぱり、うわさは本当だったんだ」
「うわ、マジかよ」
「本当につきあってるんだ」
「あのふたりだったらありかも」

 理解した。
 佐倉とふたりでいるから見られていたのではない。俺と佐倉がつきあっているといううわさが学校中に広まっているからだ。
 まさか、一日でこんなにうさわが広がるなんて。佐倉の人気と知名度を甘く見ていた。

「いい感じにうわさになってるみたいだね」

 かばんを置いて俺の席までやってきた佐倉が、前の席へ腰を下ろす。俺の机に身を乗り出し、こっそりとささやいてきた。

「どこがいい感じだ」
「疑われるよりはよくない?」

 平井たちと距離を置く理由がほしいという目的には沿っているが、あまり話が大きくなるのはどうかと思う。

「そんなにむすっとしてたら、オレの片想いみたいに見えちゃうよ」

 なにがそんなに楽しいのか、佐倉が笑いながら顔を寄せてくる。

「いっそ、それでいいんじゃないか?」
「オレが塩屋に夢中で、口説きたいから邪魔されたくないって?」
「そうだな。がんばってスイーツより好感度上げてくれ」
「うわ、オレのライバル手強すぎ」

 ふいに、佐倉が笑みをひっこめ、まじめな顔になる。指で近づいてこいと言いたげに合図され、顔を寄せると佐倉も俺の耳元に顔を寄せてきた。

「塩屋さ、彼女いないって言ってたけど、好きな子もいないの?」
「なんだ急に」
「だってさ、こんなにうわさ広がっちゃって、もし塩屋に好きな子いたら相手に勘違いさせちゃうなと思って」
「いまさらだな。いないから気にするな」

 俺はいまのところスイーツひとすじだ。

 返事を聞いた佐倉が大げさなほどに表情をゆるめる。

「よかった。……もし、好きな子ができたら言ってね。オレが責任もってその相手に説明するから」
「ああ、おまえもな」
「オレ?」
「おまえも、好きな相手ができたら言えよ」

 さすがにこれは聞かれたらまずいと思い、佐倉の耳に口を近づけ、声をできる限り抑えた。

「うん、わかった」

 頷いた佐倉が、机の上に置いていた俺の手をそっと握ってくる。途端に悲鳴が聞こえてきて、驚いてそちらを見れば複数の女子が顔を赤くしていた。
 佐倉は澄ました笑みを浮かべているが、目を見れば面白がっているのが丸わかりだった。

 佐倉とつきあっているふりをはじめて、まだ一日未満。すでに引き受けたことを後悔していた。