そのあと、休み時間になっても佐倉は俺のところへやってこなかった。
相変わらず佐倉のまわりには何人もの徒がいて、とてもじゃないが話かけられるような雰囲気ではなかった。
佐倉が俺のところに来なければ、教室はいつもどおりの風景でしかない。それなのに、違和感を覚えてしまうのはどうしてなのか。佐倉が浮かべている笑顔に、違和感を覚えてしまうのだ。
理由はわかっている。昨日、屈託なく笑う佐倉を見てしまったからだ。でも、それだけの理由で行動を起こす気にもなれない。
ひとまずは互いに店を探しておくという話ができているので、休み時間はSNSで検索して、店探しに時間を費やした。
そうして、佐倉と話の続きができないまま放課後を迎えた。
教師がいなくなった途端、佐倉のまわりに生徒が群がっていく。これもいつもの光景だ。
平井に伊藤、古川。みんな派手な見た目で騒がしい印象の生徒ばかり集まっている。高田と間宮もいる。改めて見ると、佐倉は集団の中で浮いていた。
「佐倉、今日どこ行く?」
「オレ用事あるから」
伊藤のことばに、佐倉は教科書をかばんにしまいながら顔を上げずに答えた。
「昨日もそう言ってただろ。今日はつきあえよ」
「そうだよ、いっしょに遊ぼうよ」
平井が誘い、高田が便乗する。佐倉は用事があると言っているのに、都合なんておかまいなしに見えた。
「いや、本当に用事あるんだって」
「用事ってなに?」
「なんでもいいでしょ」
佐倉の声には苛立ちが覗いている。
「よくないから聞いてるんじゃん」
「……あのさ、さっきからしつこいんだけど。いいかげんに――」
声を荒げた佐倉が、大きな音を立てて椅子から立ち上がったときだった。
「悪い。佐倉の先約は俺だ」
気づいたら、そう言っていた。勝手に身体が動いていた。
佐倉の席へ近づいていった俺に、たちまち平井たちの視線が集中する。
佐倉は驚きに目を見開いていた。その表情を見れば、最初から俺に助けを求めるつもりがなかったのだとわかる。
「なんだ、じゃあ塩屋くんもうちらといっしょに行けばいい話じゃん」
「賛成。わたし、塩屋くんと話してみたかったんだよね」
……どうしてそうなる?
高田と間宮の思考が、俺には理解できなかった。大人数はあまり気が進まないが、それでこの場が丸く収まるならかまわない。
そう思って、意見を聞こうと佐倉のほうを向いたときだった。突然、腕に重みを感じた。
「だめだよ! 塩屋はオレとふたりで行くんだから」
腕にかかった重みの正体は佐倉だった。佐倉が俺の腕に抱き着いている。
発言といい、しぐさといい、まるでちいさな子どものようだった。
まわりも同じことを思ったのか、どっと笑いが起きる。
「どうしたの、佐倉。なんかかわいいんだけど」
「なにマジになってんだよ」
「もしかして、おまえらできてんの?」
「えー、やだ」
「でも、イケメンふたりでお似合いかも」
俺の耳に、それは冗談として聞こえた。彼らも冗談のつもりで言ったはずだ。
それなのに――
「うん、そう。実は、オレと塩屋つきあってんだよね。だから、邪魔しないで」
俺があぜんとしているうちに、佐倉が腕を引っ張って歩き出す。平井たちもあぜんとしていた。俺が止める間もなく、だれも止めなかった。
教室の外へ出ると、ほかのクラスの生徒から注目を浴びて、手をつないでいるせいだと思い当たった。
「おい、佐倉」
思いのほか強い力でつかまれていた腕を、強引にふりほどく。立ち止まるとひとだかりができはじめたので、とっさに佐倉の腕をつかんで移動した。
二階の渡り廊下を進んで特別教室棟へ入り、ひとけがないのを確認してから佐倉の腕を離して振り向く。
「おまえ、なに考えてんだ。あれじゃ、完全に誤解されたぞ」
「いいよ。誤解されたら、あいつらも邪魔してこないでしょ」
「だからって、おまえな」
「あいつらと距離を置きたいんだ。オレのお金はオレのために使えって塩屋が言ってくれたのうれしかったから。お願い、協力してよ」
佐倉におごらせていたのは、平井たちだったようだ。
協力してやりたい気持ちはあるし、恋人ができたことにすれば、平井たちと距離を置くのは自然な流れかもしれない。でも、恋人役が男の俺なのは不自然極まりないと思う。
「塩屋は彼女いらないって言ってたよね?」
「言ったけど……」
だからといって、男とつきあってるふりができるかどうかは話がべつだ。
「オレじゃなくて、ほかの女子に頼めないのか?」
「そんなこと頼んだら、絶対期待されるでしょ」
なるほど。モテるというのも大変なものだ。
「塩屋以外に頼める相手いないんだ。お願い」
両手でぎゅっと手を握られ、すがるような瞳に見つめられた。その姿が捨てられた犬のように見えてしまったら、もうだめだった。
「……わかった」
俺の返事を聞いた佐倉が、ぱっと笑顔になる。勢いよく抱き着かれて驚いた。
「やった! ありがと、塩屋」
「わかったから離れろ。重い」
「ごめんごめん。そうだ、連絡先交換しよ」
アプリで連絡先を交換すると、にこにことゆるんだ顔で佐倉がスタンプを送ってくる。
「改めて、恋人としてよろしくね、塩屋」
「よろしく……って、恋人のふり、だろ」
「どっちでもいいよ」
「よくない」
深いため息を吐き出し、俺もスタンプを返した。
佐倉が送ってきた犬のスタンプは、なんだか佐倉に似ているような気がした。
相変わらず佐倉のまわりには何人もの徒がいて、とてもじゃないが話かけられるような雰囲気ではなかった。
佐倉が俺のところに来なければ、教室はいつもどおりの風景でしかない。それなのに、違和感を覚えてしまうのはどうしてなのか。佐倉が浮かべている笑顔に、違和感を覚えてしまうのだ。
理由はわかっている。昨日、屈託なく笑う佐倉を見てしまったからだ。でも、それだけの理由で行動を起こす気にもなれない。
ひとまずは互いに店を探しておくという話ができているので、休み時間はSNSで検索して、店探しに時間を費やした。
そうして、佐倉と話の続きができないまま放課後を迎えた。
教師がいなくなった途端、佐倉のまわりに生徒が群がっていく。これもいつもの光景だ。
平井に伊藤、古川。みんな派手な見た目で騒がしい印象の生徒ばかり集まっている。高田と間宮もいる。改めて見ると、佐倉は集団の中で浮いていた。
「佐倉、今日どこ行く?」
「オレ用事あるから」
伊藤のことばに、佐倉は教科書をかばんにしまいながら顔を上げずに答えた。
「昨日もそう言ってただろ。今日はつきあえよ」
「そうだよ、いっしょに遊ぼうよ」
平井が誘い、高田が便乗する。佐倉は用事があると言っているのに、都合なんておかまいなしに見えた。
「いや、本当に用事あるんだって」
「用事ってなに?」
「なんでもいいでしょ」
佐倉の声には苛立ちが覗いている。
「よくないから聞いてるんじゃん」
「……あのさ、さっきからしつこいんだけど。いいかげんに――」
声を荒げた佐倉が、大きな音を立てて椅子から立ち上がったときだった。
「悪い。佐倉の先約は俺だ」
気づいたら、そう言っていた。勝手に身体が動いていた。
佐倉の席へ近づいていった俺に、たちまち平井たちの視線が集中する。
佐倉は驚きに目を見開いていた。その表情を見れば、最初から俺に助けを求めるつもりがなかったのだとわかる。
「なんだ、じゃあ塩屋くんもうちらといっしょに行けばいい話じゃん」
「賛成。わたし、塩屋くんと話してみたかったんだよね」
……どうしてそうなる?
高田と間宮の思考が、俺には理解できなかった。大人数はあまり気が進まないが、それでこの場が丸く収まるならかまわない。
そう思って、意見を聞こうと佐倉のほうを向いたときだった。突然、腕に重みを感じた。
「だめだよ! 塩屋はオレとふたりで行くんだから」
腕にかかった重みの正体は佐倉だった。佐倉が俺の腕に抱き着いている。
発言といい、しぐさといい、まるでちいさな子どものようだった。
まわりも同じことを思ったのか、どっと笑いが起きる。
「どうしたの、佐倉。なんかかわいいんだけど」
「なにマジになってんだよ」
「もしかして、おまえらできてんの?」
「えー、やだ」
「でも、イケメンふたりでお似合いかも」
俺の耳に、それは冗談として聞こえた。彼らも冗談のつもりで言ったはずだ。
それなのに――
「うん、そう。実は、オレと塩屋つきあってんだよね。だから、邪魔しないで」
俺があぜんとしているうちに、佐倉が腕を引っ張って歩き出す。平井たちもあぜんとしていた。俺が止める間もなく、だれも止めなかった。
教室の外へ出ると、ほかのクラスの生徒から注目を浴びて、手をつないでいるせいだと思い当たった。
「おい、佐倉」
思いのほか強い力でつかまれていた腕を、強引にふりほどく。立ち止まるとひとだかりができはじめたので、とっさに佐倉の腕をつかんで移動した。
二階の渡り廊下を進んで特別教室棟へ入り、ひとけがないのを確認してから佐倉の腕を離して振り向く。
「おまえ、なに考えてんだ。あれじゃ、完全に誤解されたぞ」
「いいよ。誤解されたら、あいつらも邪魔してこないでしょ」
「だからって、おまえな」
「あいつらと距離を置きたいんだ。オレのお金はオレのために使えって塩屋が言ってくれたのうれしかったから。お願い、協力してよ」
佐倉におごらせていたのは、平井たちだったようだ。
協力してやりたい気持ちはあるし、恋人ができたことにすれば、平井たちと距離を置くのは自然な流れかもしれない。でも、恋人役が男の俺なのは不自然極まりないと思う。
「塩屋は彼女いらないって言ってたよね?」
「言ったけど……」
だからといって、男とつきあってるふりができるかどうかは話がべつだ。
「オレじゃなくて、ほかの女子に頼めないのか?」
「そんなこと頼んだら、絶対期待されるでしょ」
なるほど。モテるというのも大変なものだ。
「塩屋以外に頼める相手いないんだ。お願い」
両手でぎゅっと手を握られ、すがるような瞳に見つめられた。その姿が捨てられた犬のように見えてしまったら、もうだめだった。
「……わかった」
俺の返事を聞いた佐倉が、ぱっと笑顔になる。勢いよく抱き着かれて驚いた。
「やった! ありがと、塩屋」
「わかったから離れろ。重い」
「ごめんごめん。そうだ、連絡先交換しよ」
アプリで連絡先を交換すると、にこにことゆるんだ顔で佐倉がスタンプを送ってくる。
「改めて、恋人としてよろしくね、塩屋」
「よろしく……って、恋人のふり、だろ」
「どっちでもいいよ」
「よくない」
深いため息を吐き出し、俺もスタンプを返した。
佐倉が送ってきた犬のスタンプは、なんだか佐倉に似ているような気がした。
