深く考えずに佐倉の提案を受け入れた結果、翌朝ちょっとした騒動が起こった。
登校してショートホームルームがはじまるまでの時間、いつものようにスマホでスイーツ情報を調べていると、佐倉が教室に入ってきた。机にかばんを置いて、窓際のいちばん後ろにある俺の席までまっすぐやってくる。
「塩屋、おはよ」
「……おはよう」
佐倉が俺に話しかけた瞬間、教室の中でざわめきが起こった。
それに気づいていないのか、佐倉は気にした様子もなく笑いかけてくる。俺の机の横に座り込んで両腕を机の上に載せ、俺を見上げてきた。
「塩屋って、いつもオレより早く学校来てるよね。何時に着いてんの?」
「……八時」
佐倉より早いのは当然だ。なぜなら、佐倉はいつも遅刻ぎりぎりに登校してくるのだから。
「うわ、早すぎ。かなり早起きしてるでしょ」
「六時半だから、べつに早くはないんじゃないか」
「早いよ。オレより一時間早いから」
教室中の視線が俺たちに集まっていた。特にいつも佐倉とつるんでいる連中の視線が痛い。向けられるのは驚きの表情がほとんどで、中には不満そうな顔の生徒もちらほら見かけた。
これだけ見られているのに、佐倉はなんとも思わないのだろうか。それとも、見られるのなんて慣れているのだろうか。
「オレ、早起き苦手なんだよね。何時に寝てんの? ――聞いてる、塩屋?」
「聞いてるけど……」
俺の視線の先を追って、佐倉が首を傾げながら振り向く。ようやく注目されていたことに気づいたようで、ぐるりと教室を見回し、怪訝そうな顔になった。
こいつは自分が目立つ存在だという自覚がないのだろうか。昨日は、俺にモテる自覚がないのか、なんて見当違いのことを言ったくせに。もしかすると、見られることに慣れすぎて麻痺しているのかもしれない。
「なにこれ?」
「なにこれって、おまえが俺に話しかけたからだろ」
いままでろくに話していなかったふたりが急に会話をはじめたのだから、みんな驚くに決まっている。べつの相手ならそれほど騒ぎにならなかったかもしれないが、相手は佐倉だ。当然ながら注目を集めてしまった。
「あー、そういうこと。塩屋が気になるなら移動しよっか」
「いや、もうチャイム鳴るだろ」
そう言っているうちに担任がやってきた。教室の入り口のドアが閉められ、始業の鐘が鳴り出す。
クラスメイトたちは戸惑いが残る顔のまま、自分の席に戻っていった。
「残念。じゃあ、またあとでね」
あとでと言ったとおり、佐倉は次の休み時間にまた俺のところまでやってきた。俺が人目を気にしたからか、「外行こ」と言ってベランダへ促す。
うちの学校の建物は、すべての教室の外にベランダがついている。隣接する教室のベランダ同士は繋がっていて、通路としても使われていた。ベンチを置いて座れるほど広さはなく、生徒同士がすれ違える程度には幅がある。
ちらりと教室のほうを振り向くと、変わらずクラスメイトたちから注目を集めていたが、教室に背を向けてしまえば気にならなくなった。
「ねえ、塩屋。今日の放課後、どの店に行くかもう決まってるの?」
「いや、いくつか候補はあるけど……昨日はがっつりケーキだったから、今日は控えめがいいな」
量的も、金額的にも。
昨日に続き、今日もバイトがない日なので、スイーツ巡りにゆっくりと時間を使える。
俺のバイトは、最寄り駅のそばにあるレストランの洗い場スタッフだ。店が混む土日のランチタイムやディナータイムをメインに短時間で働いている。週によっては、平日の夜に入ることもあった。
その店のスイーツは絶品で、本当なら調理補助をやりたかったのだが、俺はかなり不器用でまともに盛りつけもできない。表情が乏しく、営業スマイルが作れないので、接客にも向いていない。消去法で洗い場になった。
「あはは、賛成。アイス屋さんとか、ファミレスとか?」
「そうだな……アイス専門店だと高いから、ファミレスにするか。最近の新商品だと……」
スマホに保存していた画像を見せると、佐倉が俺の肩を抱いて密着してきた。首に髪が触れてくすぐったい。シャンプーなのか香水なのかわからないが、なんだか甘くていい匂いがした。
昨日も思ったが、佐倉は遠慮がない上に、距離が近い。それともこれがふつうで、俺の感覚がおかしいのだろうか。
「へー、美味しそう。でも、割とがっつりじゃない?」
「……確かに。アイスにするか。ひとつなら予算内だし」
画面に写っているのは、パフェやケーキなど、甘さの強いものばかりだった。ケーキだと値段はそれほどでもないが、昨日と同じになってしまうし、パフェは量が多く、値段が千円近くしてしまう。
「じゃあ、アイスで決まりだね」
「ああ、店の候補探しとく」
「うん。オレも探しとくね」
昨日いっしょに帰って知ったのだが、佐倉の最寄り駅は俺の最寄り駅から学校方面へ向かってふたつ隣の駅だった。
だから、いままでどおり定期券の使える範囲内で店を探すことができる。俺の最寄り駅とその隣は住宅街がメインの地域で、スイーツの店はほぼ制覇済みだ。
「あ、ねえ。連絡先交換しよ、ライム――」
そう言って、佐倉が自分のスマホをポケットから取り出したときだった。
「ふたりでこそこそなんの話してんの?」
「てか、なんで急に塩屋くんと仲よくなってんの、佐倉」
「そう、それ」
ベランダにやってきたのは、いつも佐倉のまわりにいる女子ふたりだった。確か、高田と間宮だ。返事を待っているあいだもお喋りをやめず、けらけらと笑っている。一気に騒がしくなった。
「なんでもないよ。もう中に戻るから」
教室に続く引き戸を開けて、佐倉がふたりを促す。そのまま彼女たちのあとをついていき、教室に入る直前でこちらを振り返った。
「ごめんね」
……おまえは悪くないだろ。
俺がそう言う前に、佐倉は背中を向けて行ってしまった。
「ごめんね」と言った佐倉の顔がやたらとさみしそうに見えて、どうにも気になってしまった。
登校してショートホームルームがはじまるまでの時間、いつものようにスマホでスイーツ情報を調べていると、佐倉が教室に入ってきた。机にかばんを置いて、窓際のいちばん後ろにある俺の席までまっすぐやってくる。
「塩屋、おはよ」
「……おはよう」
佐倉が俺に話しかけた瞬間、教室の中でざわめきが起こった。
それに気づいていないのか、佐倉は気にした様子もなく笑いかけてくる。俺の机の横に座り込んで両腕を机の上に載せ、俺を見上げてきた。
「塩屋って、いつもオレより早く学校来てるよね。何時に着いてんの?」
「……八時」
佐倉より早いのは当然だ。なぜなら、佐倉はいつも遅刻ぎりぎりに登校してくるのだから。
「うわ、早すぎ。かなり早起きしてるでしょ」
「六時半だから、べつに早くはないんじゃないか」
「早いよ。オレより一時間早いから」
教室中の視線が俺たちに集まっていた。特にいつも佐倉とつるんでいる連中の視線が痛い。向けられるのは驚きの表情がほとんどで、中には不満そうな顔の生徒もちらほら見かけた。
これだけ見られているのに、佐倉はなんとも思わないのだろうか。それとも、見られるのなんて慣れているのだろうか。
「オレ、早起き苦手なんだよね。何時に寝てんの? ――聞いてる、塩屋?」
「聞いてるけど……」
俺の視線の先を追って、佐倉が首を傾げながら振り向く。ようやく注目されていたことに気づいたようで、ぐるりと教室を見回し、怪訝そうな顔になった。
こいつは自分が目立つ存在だという自覚がないのだろうか。昨日は、俺にモテる自覚がないのか、なんて見当違いのことを言ったくせに。もしかすると、見られることに慣れすぎて麻痺しているのかもしれない。
「なにこれ?」
「なにこれって、おまえが俺に話しかけたからだろ」
いままでろくに話していなかったふたりが急に会話をはじめたのだから、みんな驚くに決まっている。べつの相手ならそれほど騒ぎにならなかったかもしれないが、相手は佐倉だ。当然ながら注目を集めてしまった。
「あー、そういうこと。塩屋が気になるなら移動しよっか」
「いや、もうチャイム鳴るだろ」
そう言っているうちに担任がやってきた。教室の入り口のドアが閉められ、始業の鐘が鳴り出す。
クラスメイトたちは戸惑いが残る顔のまま、自分の席に戻っていった。
「残念。じゃあ、またあとでね」
あとでと言ったとおり、佐倉は次の休み時間にまた俺のところまでやってきた。俺が人目を気にしたからか、「外行こ」と言ってベランダへ促す。
うちの学校の建物は、すべての教室の外にベランダがついている。隣接する教室のベランダ同士は繋がっていて、通路としても使われていた。ベンチを置いて座れるほど広さはなく、生徒同士がすれ違える程度には幅がある。
ちらりと教室のほうを振り向くと、変わらずクラスメイトたちから注目を集めていたが、教室に背を向けてしまえば気にならなくなった。
「ねえ、塩屋。今日の放課後、どの店に行くかもう決まってるの?」
「いや、いくつか候補はあるけど……昨日はがっつりケーキだったから、今日は控えめがいいな」
量的も、金額的にも。
昨日に続き、今日もバイトがない日なので、スイーツ巡りにゆっくりと時間を使える。
俺のバイトは、最寄り駅のそばにあるレストランの洗い場スタッフだ。店が混む土日のランチタイムやディナータイムをメインに短時間で働いている。週によっては、平日の夜に入ることもあった。
その店のスイーツは絶品で、本当なら調理補助をやりたかったのだが、俺はかなり不器用でまともに盛りつけもできない。表情が乏しく、営業スマイルが作れないので、接客にも向いていない。消去法で洗い場になった。
「あはは、賛成。アイス屋さんとか、ファミレスとか?」
「そうだな……アイス専門店だと高いから、ファミレスにするか。最近の新商品だと……」
スマホに保存していた画像を見せると、佐倉が俺の肩を抱いて密着してきた。首に髪が触れてくすぐったい。シャンプーなのか香水なのかわからないが、なんだか甘くていい匂いがした。
昨日も思ったが、佐倉は遠慮がない上に、距離が近い。それともこれがふつうで、俺の感覚がおかしいのだろうか。
「へー、美味しそう。でも、割とがっつりじゃない?」
「……確かに。アイスにするか。ひとつなら予算内だし」
画面に写っているのは、パフェやケーキなど、甘さの強いものばかりだった。ケーキだと値段はそれほどでもないが、昨日と同じになってしまうし、パフェは量が多く、値段が千円近くしてしまう。
「じゃあ、アイスで決まりだね」
「ああ、店の候補探しとく」
「うん。オレも探しとくね」
昨日いっしょに帰って知ったのだが、佐倉の最寄り駅は俺の最寄り駅から学校方面へ向かってふたつ隣の駅だった。
だから、いままでどおり定期券の使える範囲内で店を探すことができる。俺の最寄り駅とその隣は住宅街がメインの地域で、スイーツの店はほぼ制覇済みだ。
「あ、ねえ。連絡先交換しよ、ライム――」
そう言って、佐倉が自分のスマホをポケットから取り出したときだった。
「ふたりでこそこそなんの話してんの?」
「てか、なんで急に塩屋くんと仲よくなってんの、佐倉」
「そう、それ」
ベランダにやってきたのは、いつも佐倉のまわりにいる女子ふたりだった。確か、高田と間宮だ。返事を待っているあいだもお喋りをやめず、けらけらと笑っている。一気に騒がしくなった。
「なんでもないよ。もう中に戻るから」
教室に続く引き戸を開けて、佐倉がふたりを促す。そのまま彼女たちのあとをついていき、教室に入る直前でこちらを振り返った。
「ごめんね」
……おまえは悪くないだろ。
俺がそう言う前に、佐倉は背中を向けて行ってしまった。
「ごめんね」と言った佐倉の顔がやたらとさみしそうに見えて、どうにも気になってしまった。
