家に帰る電車の中、佐倉はいつになく口数が少なかった。俺が話しかけても、話を聞いているのかあやしいようなぼんやりとした返事が寄こされるばかりだった。
「話、するんだよな。どこでする?」
もう佐倉の最寄り駅が近い。店でできるような話ではないから、ふたりきりになれる場所を選ばないといけない。
俺の問いかけに、佐倉がはっとしたような顔でこちらを見た。
「疲れてるなら、べつの日にするか?」
早く話したほうが佐倉のためにはいいと思う。でも、さっきから佐倉は顔色が悪いように見える。
「……ううん。今日話したい。塩屋も俺に話あるでしょ」
「俺? あるにはあるが……」
気持ちを告げるつもりはないが、佐倉が俺を気遣うようなら背中を押してやるつもりだった。
「じゃあ、オレのうちに行こ」
「わかった」
佐倉の家に着くまで、俺たちは互いに無言だった。
「お茶淹れるね、ちょっと待ってて」
「いや、俺はいい。自分の分だけ淹れてくれ」
「……うん。じゃあ、オレもいいや」
やたらと大きなテーブルを挟んで、佐倉と向かい合ってソファに腰を下ろした。いつもなら隣に座ってくるのに、今日の佐倉は様子がおかしい。佐倉との距離を遠く感じる。
話をしたくない。佐倉の態度がそう告げていた。
「佐倉、やっぱりべつの日にしないか? 俺にはおまえが無理してるようにしか見えない」
「なんで……」
「なんでって、おまえの調子が悪そうだから」
「本当は、塩屋が早く話したいだけでしょ」
「確かに、早く話したほうがいいとは思ってるけど、おまえに無理させるくらいなら俺はいつでもかまわない」
「いいよ、オレに気を使わなくて。塩屋は早く恋人のふりやめたいんでしょ」
いまにも泣き出しそうな、苦しそうな顔で佐倉が言った。
そうじゃない、と言おうとして声が喉に引っかかった。本当はやめたくないなんて、佐倉には言えない。言ってはだめだ。
「オレと恋人のふりしてたら、好きなひとに勘違いされちゃうもんね」
「……もしかして、聞いてたのか? さっきの話」
こくりと頷いた佐倉は、そのままうつむいてしまった。
「そうか。……確かに、俺には好きな相手がいるけど、俺のことはどうでもいいんだ」
叶わない恋だ。佐倉に気持ちを伝える気がない以上、本当のことを言うわけにもいかない。
「それより、おまえの話を聞かせてくれ。おまえにも好きな相手がいるんだろう。悪い、さっきおまえが関口と話してるの、俺も聞いてた」
顔を上げた佐倉は、驚きに大きく目を見開いていた。
「好きな相手がいるから、俺と恋人のふりをやめようとしてたんじゃないのか? ずっと、俺とのスイーツ巡りが負担になってたんじゃないのか?」
「ちょっと待って。スイーツ巡りが負担ってどういうこと? なんでそう思ったの?」
「最近、スイーツ巡りの写真を上げてないだろ。俺に気遣う必要はない」
「違う、それは……」
佐倉はことばを詰まらせた。俺には言いづらい理由らしい。どうやら、俺の予想は当たっているようだ。
「佐倉がやめたいならもうやめよう。恋人同士のふりはどちらかに好きな相手ができるまでって約束だったし、スイーツ巡りだってひとりでしてたことだ」
「スイーツ巡りはオレとじゃなく、好きな子と行きたいってこと?」
「そうは言ってない」
かなうのならば、これからも佐倉と行きたいと思っている。
「嘘。じゃなかったらだれと行くの?」
「嘘じゃない。言っておくけど、俺は好きな相手とつきあう予定はないんだ」
「……は?」
「俺の片想いなんだ」
「……は? なにそれ」
「なにそれって言われても、しかたないだろう」
自分のほうを向いていない気持ちを、無理やり向けられるわけもない。佐倉は俺を好きにならない。
「塩屋をふったってこと?」
「いや、気持ちは伝えてない。相手には好きな子がいるんだ。伝えるつもりもない」
愕然とした顔で佐倉はこちらを見ていた。
「じゃあ、オレにしなよ」
佐倉がなにを言っているのかわからなかった。
「オレのこと好きになってよ。そんなやつに塩屋を渡したくない。渡せない」
「だから、俺の片想いだって言って…………いま、なんて言った?」
ことばの意味はわかるのに、どうしてそんなことを言われているのかがわからない。
「オレのこと好きになって、って言ったの。オレは塩屋が好きだよ」
……しおや? しおやって俺のことか?
「……おまえ、好きな子がいるって」
「だから、それは塩屋のことだよ。結構わかりやすくアピールしてたつもりだったんだけど、やっぱりわかってなかったんだ」
わかるわけがない。俺たちは恋人同士のふりをしていて、佐倉のふるまいはまわりを騙すための演技だと思っていた。でも、いま思えばふたりきりのときにも佐倉の態度は変わらなかった。
「……じゃあ、写真を載せなかったのは?」
「あー、あれはね……かっこ悪いから言いたくなかったんだけど、スイーツに嫉妬してた」
「スイーツに嫉妬? 悪い、なにを言ってるのかまったくわからない……」
数秒黙り込んでいた佐倉は、あきらめたようにため息を吐き出した。
「オレがSNSに写真アップしたら、塩屋が見てスイーツの味思い出して笑ったりするんだろうなって思ったら、ちょっと面白くなくて。……引いた?」
どちらかと言えば戸惑いのほうが大きかった。説明されてもやっぱり理解はできない。
「いや……引いてないが、スイーツは人間じゃないぞ」
「でも、塩屋はスイーツが大好きでしょ。むしろ、愛してるでしょ」
確かに俺はスイーツを愛してるが、ふつうスイーツを恋敵と認定するだろうか。
茫然と黙り込む俺を見て、佐倉は苦笑を浮かべた。
「塩屋はオレのことやさしいって言ってくれたけど、全然そんなことないんだよ。むしろ、めちゃくちゃ心狭いからねオレ。塩屋がオレ以外の作ったスイーツ食べて笑ってるの見ると、ものすごく複雑な気分になる。塩屋といっしょに美味しいもの食べられてうれしいって気持ちと、塩屋を笑顔にしてるのはオレじゃないんだって悔しい気持ちでぐちゃぐちゃになる」
佐倉がこの頃スイーツ巡りの写真をSNSに載せなかった理由も、スイーツ巡りの最中に元気がなかった理由もわかった。
「文化祭で班のリーダーになったのも、ほかのやつらが塩屋に近づかないよう上手く誘導できるかなって思ったからだし、塩屋はオレと平井たちの関係を心配してくれたけど、オレがあのとき怒ってたのは塩屋が水原と仲よくしてるの見て嫉妬してたからだよ」
文化祭の準備で、水原と話していたとき戻ってきた佐倉が不機嫌だったのはそういう理由だったらしい。
俺はあまりにも見当違いの心配をしていたようだ。
「話、するんだよな。どこでする?」
もう佐倉の最寄り駅が近い。店でできるような話ではないから、ふたりきりになれる場所を選ばないといけない。
俺の問いかけに、佐倉がはっとしたような顔でこちらを見た。
「疲れてるなら、べつの日にするか?」
早く話したほうが佐倉のためにはいいと思う。でも、さっきから佐倉は顔色が悪いように見える。
「……ううん。今日話したい。塩屋も俺に話あるでしょ」
「俺? あるにはあるが……」
気持ちを告げるつもりはないが、佐倉が俺を気遣うようなら背中を押してやるつもりだった。
「じゃあ、オレのうちに行こ」
「わかった」
佐倉の家に着くまで、俺たちは互いに無言だった。
「お茶淹れるね、ちょっと待ってて」
「いや、俺はいい。自分の分だけ淹れてくれ」
「……うん。じゃあ、オレもいいや」
やたらと大きなテーブルを挟んで、佐倉と向かい合ってソファに腰を下ろした。いつもなら隣に座ってくるのに、今日の佐倉は様子がおかしい。佐倉との距離を遠く感じる。
話をしたくない。佐倉の態度がそう告げていた。
「佐倉、やっぱりべつの日にしないか? 俺にはおまえが無理してるようにしか見えない」
「なんで……」
「なんでって、おまえの調子が悪そうだから」
「本当は、塩屋が早く話したいだけでしょ」
「確かに、早く話したほうがいいとは思ってるけど、おまえに無理させるくらいなら俺はいつでもかまわない」
「いいよ、オレに気を使わなくて。塩屋は早く恋人のふりやめたいんでしょ」
いまにも泣き出しそうな、苦しそうな顔で佐倉が言った。
そうじゃない、と言おうとして声が喉に引っかかった。本当はやめたくないなんて、佐倉には言えない。言ってはだめだ。
「オレと恋人のふりしてたら、好きなひとに勘違いされちゃうもんね」
「……もしかして、聞いてたのか? さっきの話」
こくりと頷いた佐倉は、そのままうつむいてしまった。
「そうか。……確かに、俺には好きな相手がいるけど、俺のことはどうでもいいんだ」
叶わない恋だ。佐倉に気持ちを伝える気がない以上、本当のことを言うわけにもいかない。
「それより、おまえの話を聞かせてくれ。おまえにも好きな相手がいるんだろう。悪い、さっきおまえが関口と話してるの、俺も聞いてた」
顔を上げた佐倉は、驚きに大きく目を見開いていた。
「好きな相手がいるから、俺と恋人のふりをやめようとしてたんじゃないのか? ずっと、俺とのスイーツ巡りが負担になってたんじゃないのか?」
「ちょっと待って。スイーツ巡りが負担ってどういうこと? なんでそう思ったの?」
「最近、スイーツ巡りの写真を上げてないだろ。俺に気遣う必要はない」
「違う、それは……」
佐倉はことばを詰まらせた。俺には言いづらい理由らしい。どうやら、俺の予想は当たっているようだ。
「佐倉がやめたいならもうやめよう。恋人同士のふりはどちらかに好きな相手ができるまでって約束だったし、スイーツ巡りだってひとりでしてたことだ」
「スイーツ巡りはオレとじゃなく、好きな子と行きたいってこと?」
「そうは言ってない」
かなうのならば、これからも佐倉と行きたいと思っている。
「嘘。じゃなかったらだれと行くの?」
「嘘じゃない。言っておくけど、俺は好きな相手とつきあう予定はないんだ」
「……は?」
「俺の片想いなんだ」
「……は? なにそれ」
「なにそれって言われても、しかたないだろう」
自分のほうを向いていない気持ちを、無理やり向けられるわけもない。佐倉は俺を好きにならない。
「塩屋をふったってこと?」
「いや、気持ちは伝えてない。相手には好きな子がいるんだ。伝えるつもりもない」
愕然とした顔で佐倉はこちらを見ていた。
「じゃあ、オレにしなよ」
佐倉がなにを言っているのかわからなかった。
「オレのこと好きになってよ。そんなやつに塩屋を渡したくない。渡せない」
「だから、俺の片想いだって言って…………いま、なんて言った?」
ことばの意味はわかるのに、どうしてそんなことを言われているのかがわからない。
「オレのこと好きになって、って言ったの。オレは塩屋が好きだよ」
……しおや? しおやって俺のことか?
「……おまえ、好きな子がいるって」
「だから、それは塩屋のことだよ。結構わかりやすくアピールしてたつもりだったんだけど、やっぱりわかってなかったんだ」
わかるわけがない。俺たちは恋人同士のふりをしていて、佐倉のふるまいはまわりを騙すための演技だと思っていた。でも、いま思えばふたりきりのときにも佐倉の態度は変わらなかった。
「……じゃあ、写真を載せなかったのは?」
「あー、あれはね……かっこ悪いから言いたくなかったんだけど、スイーツに嫉妬してた」
「スイーツに嫉妬? 悪い、なにを言ってるのかまったくわからない……」
数秒黙り込んでいた佐倉は、あきらめたようにため息を吐き出した。
「オレがSNSに写真アップしたら、塩屋が見てスイーツの味思い出して笑ったりするんだろうなって思ったら、ちょっと面白くなくて。……引いた?」
どちらかと言えば戸惑いのほうが大きかった。説明されてもやっぱり理解はできない。
「いや……引いてないが、スイーツは人間じゃないぞ」
「でも、塩屋はスイーツが大好きでしょ。むしろ、愛してるでしょ」
確かに俺はスイーツを愛してるが、ふつうスイーツを恋敵と認定するだろうか。
茫然と黙り込む俺を見て、佐倉は苦笑を浮かべた。
「塩屋はオレのことやさしいって言ってくれたけど、全然そんなことないんだよ。むしろ、めちゃくちゃ心狭いからねオレ。塩屋がオレ以外の作ったスイーツ食べて笑ってるの見ると、ものすごく複雑な気分になる。塩屋といっしょに美味しいもの食べられてうれしいって気持ちと、塩屋を笑顔にしてるのはオレじゃないんだって悔しい気持ちでぐちゃぐちゃになる」
佐倉がこの頃スイーツ巡りの写真をSNSに載せなかった理由も、スイーツ巡りの最中に元気がなかった理由もわかった。
「文化祭で班のリーダーになったのも、ほかのやつらが塩屋に近づかないよう上手く誘導できるかなって思ったからだし、塩屋はオレと平井たちの関係を心配してくれたけど、オレがあのとき怒ってたのは塩屋が水原と仲よくしてるの見て嫉妬してたからだよ」
文化祭の準備で、水原と話していたとき戻ってきた佐倉が不機嫌だったのはそういう理由だったらしい。
俺はあまりにも見当違いの心配をしていたようだ。
