「塩屋くんも歌ってよ」
「いや、俺はあまり歌知らないから」
「えー、じゃあなんの歌なら知ってるの?」
打ち上げの会場はカラオケだった。パーティルームはクラス全員が入れるほどに広く、座る場所が佐倉と離れてしまった。
隣に座っていた女子に歌ってほしいと言われ、断っても食い下がられた。いったい、どうしたらいいのか。
「そうだな……セブンスの虹色、とか?」
妹が推しているアイドルの曲だ。居間で妹が何回も歌番組を見ていたので、なんとなく覚えてしまった。
「えっ、やば、塩屋くんのセブンス聞きたい。歌ってよ!」
「わたしも聞きたい! 歌って!」
「いや、歌えるほど覚えてるわけじゃないから」
困惑しながら視線をさ迷わせていると、反対側の壁際に座っていた佐倉と目が合った。まわりを女子に囲まれている。顔が強張っているように見えて、大丈夫だろうかと心配していたら、すぐに視線を逸らされた。
――あれ、なんだこれ。
もやもやした。
佐倉が困っているように見えたから? 佐倉に視線を逸らされたから? 強引な女子たちに戸惑っているから? 心当たりはいくつかあったが、どれも正解ではない気がした。
一時間ほど経って、トイレに行くため部屋を出た。部屋へ戻る途中、ドリンクバーのあたりから声が聞こえてきて、片方が佐倉の声だとすぐに気づいた。通路の角を曲がって近づこうとしたが、聞こえてきた会話に思わず後ずさる。
「佐倉くんって、本当は塩屋くんとつきあってないでしょ」
佐倉と話している相手は同じクラスの関口だった。文化祭では同じ班で、何度か話したことがある。水原と仲のいい女子だ。
ここで俺が顔を出したら、面倒なことになるに違いない。通路の影に身を隠し、佐倉の返事を待った。
「どうしてそう思うの?」
「見てたらわかるよ。佐倉くんはともかく、塩屋くんは恋人といるときの顔じゃないもん」
俺のせいだった。だからと言って、恋人がいた経験のない俺には、恋人といるときの顔なんてできない。
「それで、なにが言いたいの?」
「あたしとつきあって」
「は?」
「塩屋くんが彼氏じゃないならフリーなんでしょ」
「悪いけど、好きな子いるから」
佐倉のことばに驚いた。
……どうして?
恋人のふりをするのは、どちらかに好きなひとができるまでという約束だった。それなのに、どうして佐倉は教えてくれなかったのか。
……話したいことって、好きなひとができたって話なのか?
ずっと気になっていた。
最近、佐倉がSNSに載せるのは自分の作ったお菓子の写真だけだった。俺とスイーツ巡りに行った店で何度も写真を撮っていたのに、それらの写真を一切載せていない。スイーツ巡りの最中、曇った表情を見せることも度々あった。
佐倉はもう、俺とスイーツ巡りに行きたくないと思っているのかもしれない。俺とではなく、好きなひとと行きたいから。
いっしょにスイーツ巡りに行きたいと言い出したのは佐倉だ。自分から言い出した手前、俺に気を使ってずっと言えなかったのかもしれない。佐倉はやさしいから。
……ばかだな、俺に遠慮なんてしなくていいのに。
佐倉にいろいろと我慢させていながら、まったく気づけなかった自分がなさけない。だれよりも佐倉のそばにいたのは俺だったのに。
……ばかなのは、俺だ。なにも気づいてやれなかった。
佐倉に遠慮されていたことが悲しくて、自分がなさけなくて、それからいまごろ自分の気持ちに気づいて胸が苦しくなった。
クラスメイトたちが騒いでいる部屋に戻る気になれなくて、ぼんやり佇んでいるとだれかが近づいてくる気配があった。
「どうしたの、塩屋くん。戻ってこないから心配になっちゃって」
もしかして佐倉かもしれないと思ってしまった自分がいやだった。
声をかけてきたのは水原だった。
「……いや、あんまりああいう場に慣れてないから」
「わかる。わたしも大人数はちょっと苦手だな」
ひとりになりたい気分だったが、水原は部屋に戻ってくれる様子がない。俺の隣に並んで壁に寄りかかった。
「あのね、わたし実は一年のころから朝の電車が塩屋くんといっしょなんだ」
唐突な話題になって、思わず水原のほうを向いてしまった。
「ずっと塩屋くんのこと気になってて、二年生になって同じクラスになれてうれしかった。佐倉くんとつきあってるって知ってショックだったけど、佐倉くんと電車で話してるの聞いて、塩屋くんが甘いもの好きなんだってわかってうれしかったけど複雑な気持ちだった。ごめんね、勝手に話聞いて」
「いや……」
ここまで聞けば、いくら鈍い俺でもなんの話かはわかった。
水原は関口と仲がいいから、俺と佐倉が本当はつきあっていないことをもう知っているのかもしれない。俺を心配して来たと言っていたが、あまりにもタイミングがよすぎた。
「塩屋くんのことが好きです。わたしね、お菓子作るのも食べるもの好きなんだ。好きなひとに自分の作ったお菓子を食べてほしいし、いっしょに甘いものを食べ歩きたい。わたしとつきあってください」
きっと、この先俺は佐倉とスイーツ巡りができなくなる。毎日の登下校も、特別教室で昼休みを過ごすのも、休日に会うのも、きっとできなくなる。完全にはなくならなくても、いまのようにはいっしょにいられない。いろんなことにおいて、佐倉はつきあう相手を優先するようになる。
水原は俺とつきあいたいと言う。俺とスイーツ巡りをしてくれて、お菓子を作ってくれると言う。
……でも、俺は佐倉がいい。
いっしょにスイーツ巡りをするのも、お菓子を作ってくれるのも、佐倉がいい。そばにいる相手は佐倉がいい。
……俺は、佐倉が好きだから。
「ごめん、好きなやつがいるんだ」
そう言うと、水原は「そんな気がしてた」と言って笑い、部屋に戻っていった。
気持ちを伝えれば、きっとまた佐倉を気遣わせてしまう。だから、俺の気持ちは伝えないほうがいい。
俺にできるのは、友人として佐倉の話を聞いて、佐倉の望みを受け入れることだ。
恋人のふりはやめて、佐倉の恋を応援してやろう。
佐倉に、好きなひとのそばで笑ってほしいから。
「いや、俺はあまり歌知らないから」
「えー、じゃあなんの歌なら知ってるの?」
打ち上げの会場はカラオケだった。パーティルームはクラス全員が入れるほどに広く、座る場所が佐倉と離れてしまった。
隣に座っていた女子に歌ってほしいと言われ、断っても食い下がられた。いったい、どうしたらいいのか。
「そうだな……セブンスの虹色、とか?」
妹が推しているアイドルの曲だ。居間で妹が何回も歌番組を見ていたので、なんとなく覚えてしまった。
「えっ、やば、塩屋くんのセブンス聞きたい。歌ってよ!」
「わたしも聞きたい! 歌って!」
「いや、歌えるほど覚えてるわけじゃないから」
困惑しながら視線をさ迷わせていると、反対側の壁際に座っていた佐倉と目が合った。まわりを女子に囲まれている。顔が強張っているように見えて、大丈夫だろうかと心配していたら、すぐに視線を逸らされた。
――あれ、なんだこれ。
もやもやした。
佐倉が困っているように見えたから? 佐倉に視線を逸らされたから? 強引な女子たちに戸惑っているから? 心当たりはいくつかあったが、どれも正解ではない気がした。
一時間ほど経って、トイレに行くため部屋を出た。部屋へ戻る途中、ドリンクバーのあたりから声が聞こえてきて、片方が佐倉の声だとすぐに気づいた。通路の角を曲がって近づこうとしたが、聞こえてきた会話に思わず後ずさる。
「佐倉くんって、本当は塩屋くんとつきあってないでしょ」
佐倉と話している相手は同じクラスの関口だった。文化祭では同じ班で、何度か話したことがある。水原と仲のいい女子だ。
ここで俺が顔を出したら、面倒なことになるに違いない。通路の影に身を隠し、佐倉の返事を待った。
「どうしてそう思うの?」
「見てたらわかるよ。佐倉くんはともかく、塩屋くんは恋人といるときの顔じゃないもん」
俺のせいだった。だからと言って、恋人がいた経験のない俺には、恋人といるときの顔なんてできない。
「それで、なにが言いたいの?」
「あたしとつきあって」
「は?」
「塩屋くんが彼氏じゃないならフリーなんでしょ」
「悪いけど、好きな子いるから」
佐倉のことばに驚いた。
……どうして?
恋人のふりをするのは、どちらかに好きなひとができるまでという約束だった。それなのに、どうして佐倉は教えてくれなかったのか。
……話したいことって、好きなひとができたって話なのか?
ずっと気になっていた。
最近、佐倉がSNSに載せるのは自分の作ったお菓子の写真だけだった。俺とスイーツ巡りに行った店で何度も写真を撮っていたのに、それらの写真を一切載せていない。スイーツ巡りの最中、曇った表情を見せることも度々あった。
佐倉はもう、俺とスイーツ巡りに行きたくないと思っているのかもしれない。俺とではなく、好きなひとと行きたいから。
いっしょにスイーツ巡りに行きたいと言い出したのは佐倉だ。自分から言い出した手前、俺に気を使ってずっと言えなかったのかもしれない。佐倉はやさしいから。
……ばかだな、俺に遠慮なんてしなくていいのに。
佐倉にいろいろと我慢させていながら、まったく気づけなかった自分がなさけない。だれよりも佐倉のそばにいたのは俺だったのに。
……ばかなのは、俺だ。なにも気づいてやれなかった。
佐倉に遠慮されていたことが悲しくて、自分がなさけなくて、それからいまごろ自分の気持ちに気づいて胸が苦しくなった。
クラスメイトたちが騒いでいる部屋に戻る気になれなくて、ぼんやり佇んでいるとだれかが近づいてくる気配があった。
「どうしたの、塩屋くん。戻ってこないから心配になっちゃって」
もしかして佐倉かもしれないと思ってしまった自分がいやだった。
声をかけてきたのは水原だった。
「……いや、あんまりああいう場に慣れてないから」
「わかる。わたしも大人数はちょっと苦手だな」
ひとりになりたい気分だったが、水原は部屋に戻ってくれる様子がない。俺の隣に並んで壁に寄りかかった。
「あのね、わたし実は一年のころから朝の電車が塩屋くんといっしょなんだ」
唐突な話題になって、思わず水原のほうを向いてしまった。
「ずっと塩屋くんのこと気になってて、二年生になって同じクラスになれてうれしかった。佐倉くんとつきあってるって知ってショックだったけど、佐倉くんと電車で話してるの聞いて、塩屋くんが甘いもの好きなんだってわかってうれしかったけど複雑な気持ちだった。ごめんね、勝手に話聞いて」
「いや……」
ここまで聞けば、いくら鈍い俺でもなんの話かはわかった。
水原は関口と仲がいいから、俺と佐倉が本当はつきあっていないことをもう知っているのかもしれない。俺を心配して来たと言っていたが、あまりにもタイミングがよすぎた。
「塩屋くんのことが好きです。わたしね、お菓子作るのも食べるもの好きなんだ。好きなひとに自分の作ったお菓子を食べてほしいし、いっしょに甘いものを食べ歩きたい。わたしとつきあってください」
きっと、この先俺は佐倉とスイーツ巡りができなくなる。毎日の登下校も、特別教室で昼休みを過ごすのも、休日に会うのも、きっとできなくなる。完全にはなくならなくても、いまのようにはいっしょにいられない。いろんなことにおいて、佐倉はつきあう相手を優先するようになる。
水原は俺とつきあいたいと言う。俺とスイーツ巡りをしてくれて、お菓子を作ってくれると言う。
……でも、俺は佐倉がいい。
いっしょにスイーツ巡りをするのも、お菓子を作ってくれるのも、佐倉がいい。そばにいる相手は佐倉がいい。
……俺は、佐倉が好きだから。
「ごめん、好きなやつがいるんだ」
そう言うと、水原は「そんな気がしてた」と言って笑い、部屋に戻っていった。
気持ちを伝えれば、きっとまた佐倉を気遣わせてしまう。だから、俺の気持ちは伝えないほうがいい。
俺にできるのは、友人として佐倉の話を聞いて、佐倉の望みを受け入れることだ。
恋人のふりはやめて、佐倉の恋を応援してやろう。
佐倉に、好きなひとのそばで笑ってほしいから。
