砂糖は多めでお願いします。

 話し合いの結果、ベビーカステラの提供方法は俺と佐倉のパフェ案が採用された。

 ほかには、入れる容器自体をデコレーションしたり、チョコでベビーカステラをコーティングしたり、串で差してあんこを載せただんご風にしたり、チョコペンで絵を描いたりと魅力的な案も多かったが、手間と見栄えの両方を考慮して選ばれた。
 提供班のほかのメンバーも、クラスメイトたちも不満そうな様子はなく、俺たちの案を絶賛してくれた。

 ミニゲームや内装についても次々と決まっていき、本格的な文化祭の準備がはじまった。食材や資材の手配、当日の手順についての話し合い、盛りつけの練習。班内で役割分担して進めていきながら、手が空けば内装の手伝いもしていく。

 結局、佐倉は正式に提供班のリーダーになった。俺が手伝えることは率先して手伝っているが、班のメンバーへの連絡など、俺が見ていないときに雑事を済ませてしまうことも多かった。
 きっと、佐倉のことだから少しでも俺の負担を減らそうとしているのだろうが、頼ってもらえないのはさみしくも思う。

 文化祭の準備が進み、昼に特別教室が使えなくなって、俺たちは教室でお昼を食べるようになった。そうして、ほかのクラスメイトと話す機会が増えると、佐倉のことが心配になってきた。最近は、平井や高田たちと佐倉が話をしているのをたびたび見かけるからだ。
 登下校は相変わらず俺と合わせているし、休み時間も教室移動も俺とふたりだが、必ずいっしょにいるわけでもない。

「ねえ、佐倉。これわかんないんだけど、教えて」
「いま行くから、ちょっと待って」

 放課後、内装の手伝いをしていると、佐倉が間宮に声をかけられていた。以前、佐倉とつるんでいた女子のひとりだ。
 そもそも佐倉は内装班ではないのだが、手先が器用でなんでもこなすし、面倒見がいいのでほかのクラスメイトからたびたび頼りにされている。

「ごめん、塩屋。ちょっと行ってくるね」
「いちいち謝らなくていい。行ってこい」

 俺の返事に苦笑を浮かべた佐倉が腰を上げ、「おまたせ」と言って間宮のところへ近づいていく。

 机に座ってもくもくと色画用紙を切っている最中、近くで同じ作業をしていた水原が話しかけてきた。同じ提供班で部活に入っていないので、俺たちのように内装班の手伝いに借り出されている。
 水原とは同じ班なのに、いままであまり話したことがなかった。俺の場合、あまり話したことのないクラスメイトのほうが多いのだが。

「佐倉くんってすごいよね」

 最初に佐倉の話題を出すあたり、この子も佐倉のことが好きなのかもしれない。さっきまで話しかけてこなかったのは、佐倉本人がいて緊張していたからだろうか。

「そうだな。あいつは器用だから、あちこち頼まれて大変そうだ。俺が器用だったら手伝ってやれるんだけどな。役に立たなくてもどかしいよ」

 水原は意外そうな顔になって、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。

 佐倉のことを話せる相手なんていままでいなかったから、思わず本音が飛び出した。引かれただろうか。

「いきなりのろけられるとは思わなかった」
「え?」
「ううん。塩屋くんって、意外と器用じゃないほうなんだ?」

 遠慮したのか遠回しな言い方がおかしかった。

「意外か? ものすごく不器用だよ」
「そんなふうに見えないよ。なんでもできそうなのに」
「まさか。料理なんてまったくできないしな。包丁使ったら危なっかしいって言われて、取り上げられるくらいだ」
「えー、本当に?」

 俺の話が大げさに聞こえたのか、水原がくすくすと笑う。

「楽しそうだね。なんの話してんの?」

 突然、肩に重みがかかったと思ったら、佐倉が背後から圧しかかっていた。肩に顔が載っていて、長い両腕が俺の身体の前側に回ってくる。佐倉をおんぶしてるような格好だった。

「おい、佐倉。はさみ使ってるんだから危ないだろ」
「ちゃんとはさみ置いたタイミングで抱き着いたでしょ。それで、なんの話?」
「べつに大した話じゃ――」

 言いながら後ろを振り向いて、驚くほど間近で視線が合った。驚いたのはそれだけじゃない。
 佐倉は笑っていた。にっこりとやわらかな笑みを浮かべていた。でも、本当に笑っていなかった。うわべだけの笑みだった。佐倉は怒っている。

「佐倉、ちょっとこっち来い」
「え、ちょっと。塩屋?」
「悪い、水原。俺たちちょっと抜けるから」

 茫然とこちらを見ている水原が返事をするのも待てず、佐倉をひとけのない裏庭まで引っ張っていった。

「急にどうしたの、塩屋」
「どうしたの、じゃない。おまえ、無理してるんじゃないのか?」
「なんのこと?」
「さっき、笑ってたのに笑ってなかった」
「ごめん、意味わかんない」

 へらりと佐倉が笑う。佐倉がごまかしているとわかったから、いやな気持ちになった。

「最近、いろんなやつと話してるだろ。班のリーダーもやってるし、無理してるんじゃないかと心配したんだ。さっきも笑ってなかったから、いやなことがあったのかと思った。なにかあるなら話してほしい。俺は頼りないかもしれないが、少しでもおまえの力になりたい」

 俺のことばに目を丸くしていた佐倉は、深いため息を吐き出したかと思うと、その場にしゃがみこんでしまった。

「佐倉? おい、大丈夫か?」
「本当、塩屋って……」
「俺が、なんだ?」
「どうにかなりそう」
「おい、具合が悪いのか?」

 慌ててしゃがみこんでも、伏せられた佐倉の顔は見えない。だれかに先生を呼んでもらおうとまわりを見回しても、裏にはひとっこひとりいなかった。

「ちょっと待ってろ、いま先生呼んでくるから」

 佐倉をひとりで置いておくのは心配だったが、ひとまず校舎の中に戻ればだれかしらがいるはずだ。そう思って校舎に向かって走り出そうとしたとき、腕をつかまれた。

「待って、違うから。具合悪くないよ」
「だったらどうした?」

 突然しゃがみこんでよくわからないことを言うから、てっきり具合が悪いのだと思ってしまった。違うなら、なんだと言うのか。

「塩屋がかっこよすぎるのと、すごいうれしかったのと、罪悪感と、あまりにも自分がかっこ悪すぎるのとでぐちゃぐちゃになった」
「……悪い。意味がよくわからないんだが」
「わかんないだろうね」

 佐倉が困ったように笑う。でも、それはごまかしたわけでも、突き放すような言い方でもなかった。

「あとね、無理はしてないよ。あいつら無理言わなくなったし、もしいやなことされたらはっきり言うし」
「……本当に、大丈夫なんだな?」
「うん。心配してくれてありがとう」
「だったら、さっきはなんで怒ってたんだ?」
「うーんと、あれはね。本当かっこ悪いし、引かれるかもしれないから言いたくないんだけど……いつか話すよ」

 俺が佐倉をかっこ悪いと思うことなんてないと思うし、引くこともないと思うが、いつか話してくれると言うのなら、そのときを待とうと思った。

「ねえ、塩屋。約束覚えてる?」
「約束? なんの話だ」
「塩屋といっしょに登校するようになってから、もう一ヶ月過ぎてるんだよ」
「あ……」

 ――じゃあ、一ヶ月早起きできたら褒めてくれる?

 佐倉があのとき言った子どもみたいなことばを思い出した。
 ふたりで登下校するのがあたりまえになっていて、すっかり忘れていた。

「忘れてたって顔してる」
「……悪かった。おまえはすごいよ。毎日がんばっててえらいな」

 朝が苦手なのに毎日早起きして、趣味のお菓子作りには研究熱心で、最近は料理の練習もして、学業も手を抜いていない。だれにでもできることじゃない。

 頭を撫でながら言うと、佐倉は数秒黙り込んだ。

「……違ったか?」
「ううん、破壊力すごくてびっくりした」

 佐倉の耳が赤い。
 破壊力の意味はわからないが、小学生を褒めるようなことば選びになってしまったので、現役高校生としては言われて恥ずかしかったのかもしれない。

「ごほうびもらっていい?」
「褒めるだけじゃないのか?」
「いまのもごほうびみたいなもんだけど……だめ?」

 佐倉は毎日がんばっている。ことばだけでは足りない。俺が渡せるものなら、あげてもかまわない。

「なにがほしいんだ?」
「ありがと。文化祭の二日目、終わったあとに塩屋の時間ちょうだい。話したいことあるから」

 まさか、そんなお願いをされるとは思わなかった。
 当然ながら、いつものように佐倉と帰るつもりだったので拍子抜けした。

 ――つまり、それだけ大事な話ってことだよな。

 いつか話すと言っていた件だろうか。

 なんとなく、佐倉の話を聞いたら自分たちの関係がなにか変わってしまうような気がして、落ち着かない気持ちになった。