砂糖は多めでお願いします。

 結局、俺はケーキ一個おごりの誘惑に勝てなかった。
 佐倉とふたり、素朴な木のテーブルを挟んで向かい合う。俺が戸惑っているあいだに佐倉がメニューを広げて、ひとつのメニューをふたりで覗き込んだ。水はセルフサービスで、佐倉がまとめて持ってきてくれた。

「塩屋はこの店来たことあんの?」
「いや、はじめてだ」
「オレも。なに食べるか決めてる?」
「チーズケーキは外せないな。もうひとつは、いちごタルトと抹茶ケーキで迷ってる。でも、チョコレートケーキも気になるな……」

 チーズケーキはこの店の看板商品なので絶対に外せない。イチゴタルトと抹茶ケーキは季節限定メニューで、チョコレートケーキは定番メニューだが、SNSでおすすめされていたので気になっている。

 メニューをじっと見つめているうち、佐倉が笑ったような気がして顔を上げると、思いのほか間近で視線が合った。

「奇遇すぎ。オレもまったく同じなんだけど。……それならさ、それぞれふたつずつ頼んで、四つのケーキをシェアするってのはどう?」
「え?」
「シェアとかいやじゃなかったらだけど」

 まさか、そんな提案をされるとは思いもしなかった。
 四つのケーキをシェアするということは、つまり四つのケーキを半分ずつ味わえるということだ。俺に断る理由なんてない。

「……いやじゃ、ない」

 ぽつりと落としたつぶやき声を聞いた佐倉がにっこり笑った。

「決まりだね。チーズケーキといちごタルト、抹茶ケーキ、チョコレートケーキ、でいい?」
「ああ」
「ドリンクは決めた?」
「俺はいいよ」

 さすがにドリンクまでは手が出ない。ドリンクを飲むくらいなら、その分のお金をほかのお菓子にあてたいのだ。

「了解。じゃあ、注文しようか」

 そう言って、佐倉は店員を呼び、俺の分までまとめて注文をしてくれた。
 ひとつ五百円以上もするケーキをおごると言っただけあって、佐倉はふところに余裕があるらしい。ケーキのほかにアイスティーも注文していた。
 身につけているピアスや指輪はそれなりに値段がするだろうし、根元まできれいに染まった茶髪を維持するのにも定期的な手入れが必要なはずだ。
 うちの学校は公立高校で進学校だが、髪色やアクセサリーに関する校則はゆるく、派手な生徒も多かった。でも、佐倉ほど似合っている生徒はいないように思う。

「なに? オレの顔、なんかついてる?」

 無意識にじろじろと見てしまったらしく、佐倉が笑いながら聞いてくる。
 不快に感じている様子がないのでほっとしたが、ぶしつけな視線を向けてしまったので決まりが悪い。あらぬほうを向きながら口を開いた。

「いや、べつに」
「心配しなくても、ケーキ一個おごるって約束は忘れてないよ」
「そんなこと思ってない」
「じゃあ、こいつなんで同席しようなんて言い出したんだろう、ただのクラスメイトでろくに話したこともないのに、って思ってる?」
「……それは、まあ……思ってる」
「はは、正直だなあ」

 正直なところ、特に仲がいいわけでもないクラスメイトと外食で同席しようと思うやつの気がしれない。どういうつもりで誘ったのかは疑問だった。ましてや、ケーキ一個をおごってまでなんて。

「言っとくけど、学校から塩屋のあとつけてきたわけじゃないよ。この店に来たのは本当にたまたま。でも、ケーキをおごってでも同席したかったのは、塩屋に確認したいことがあったからなんだ」
「確認したいこと……?」
「塩屋ってさ――」

 佐倉が言いかけたとき、店員がケーキとドリンクを運んできて話が途切れた。俺の意識が、四つのケーキへと完全に移行していく。

「美味しそうだね。写真撮っていい?」
「ああ。俺も撮りたい」

 いそいそとスマホを取り出し、四つのケーキが並ぶ魅力的な光景を写真に収める。特にSNSはやってないが、記録用にいつもスイーツの写真を撮っていた。

「塩屋、食べたいの勝手に選びなよ。オレも勝手に選ぶし。半分食べたら交換ね」
「わかった。――いただきます」

 最初に、いちごタルトを選んだ。半分食べたあとに佐倉のほうへと皿を押しやり、続いてチョコレートケーキに手をつける。それから、佐倉が半分食べた抹茶ケーキを食べ、最後にチーズケーキを食べた。

「……はあ……ごちそうさまでした」

 無言のまま四つすべてのケーキを食べ終えると、思わずため息がこぼれた。どれも美味しくて、すごく満たされた気持ちになった。
 フォークを置いたところではっと我に返って、向かいに佐倉がいたのをようやく思い出す。

「美味しかったね。土日行列になるのも納得だな。オレ、もうすでにリピートしたいかも」

 同意しかなかった。

「わかる。毎日食べたいくらいだ」
「こうなると、ほかのケーキも気になってきちゃうなあ。さすがに、カロリーオーバーだからまた今度にするけど」
「カロリーなんて気にしてるのか?」

 細すぎるわけではないが、少しも余計な肉はついてないように見える。

「オレ、昔から太りやすい体質なんだよね。塩屋って部活入ってないでしょ? どうやって体形維持してんの?」
「特別なことはしてない。毎晩走ってるくらいだな」
「いや、それをしてるって言うんだよ」

 屈託のない顔で笑う佐倉は、教室にいるときとは別人のように見えた。普段の澄ました表情や貼りつけたような笑みより、よっぽど好感が持てる。
 だからだろうか。こうして佐倉と話をするのが楽しいと思えるのは。

「はじめは妹に言われて走ってただけだ。最近はすっかり習慣になって、走らないと落ちつかないけどな」
「妹に?」
「ああ。そんな甘いものばっかり食べて、俺が太ったらスイーツ巡りつきあってあげない、って言われて」
「ふはっ、妹につきあってもらってんだ?」
「こういう店に男ひとりだと目立つだろ。やたらと見られるから落ち着かないんだ」

 先ほどまではケーキにばかり夢中になっていたので気づかなかったが、いまもまわりの客から視線を感じる。ひそひそとなにかを言われているのがわかった。俺と佐倉以外は女性客ばかりだ。

「それは男だからって言うより……」

 じっとこちらを見据える瞳がなにか言いたげだった。

「なんだよ、似合わないって言うんだろ。こんな顔で、図体で、塩屋のくせに甘いものが好きで悪かったな」
「たしかに名前とのギャップすごいよね。……って、そうじゃなくて、塩屋がまわりから見られるのは、かっこいいからだよ」
「はあ?」
「それに、甘いもの食って笑ってるときはなんか、かわ……」
「かわ?」
「いや……その顔面偏差値で、背が高くて、ガタイよくて、どう見てもかっこいいよ」
「……おまえに言われても……」

 佐倉は見た目が整っていて、俺よりも少し背が高く、細身ながら筋肉がついている。顔はきれいだが、なよなよした印象はない。
 こうして向かい合ってよく顔を見てみれば、やたらとまつげが長くて、ひとつひとつのパーツが整っている。かっこいいというよりは美形と言ったほうが適切かもしれない。それでいて芸能人かと思うような常人離れした雰囲気をまとっていた。
 体育の時間なんて、佐倉が動くたびに女子たちからきゃあきゃあと悲鳴が上がるので、まるでアイドルのコンサートだ。休み時間はまわりにひとが群がっていて、男子だけでなく必ず女子が何人もいる。あれをモテると言わずして、なんと言うのか。
 今日だって、佐倉といっしょのせいか、いつも以上に視線を感じるような気がした。

「オレも塩屋みたいに男前な顔に生まれたかったな。男のオレから見てもかっこいいもん。女子にモテるでしょ? もしかして、自覚ないの?」
「モテたことなんて一度もない」
「一度も?」
「だから、一度もないって」

 どうして、そんなに怪訝そうな顔をしているのか。実際に、女子に呼び出されたことも、手紙をもらったことも、たった一度としてない。

「あ、彼女いるから?」
「彼女? なんの話だ?」
「一時期すごい噂になってたよ。塩屋に他校の彼女がいるって。女子が騒いでた」
「はあ? どうして、彼女なんて……」

 もちろん、彼女がいたことなんて一度もない。

「つまり、彼女はいないってこと?」
「ああ、いない」
「つきあうまでいかなくても、いっしょに遊んだ子とか、いい感じになった子とかも?」
「いない」

 最初から否定しているのに、しつこく何度も聞いてくる意味がわからない。佐倉の言う「いい感じ」もどういう感じなのかさっぱりわからない。

「あー、もしかして塩屋が妹といるところ見て彼女だと思ったのかも。妹って塩屋と似てる?」
「いや、似てないな」

 俺は母親似だが、妹は父親似だ。

「だったら、可能性高いね。話ずれたけど、塩屋はかっこいいから安心しなよ。――おねえさんもそう思いますよね?」

 あろうことか、佐倉はこちらを見ていた隣の席の女性客に同意を求めた。突然話しかけられた女性は、慌てたような顔でこくこくと頷き、「はい、思います」と答えた。無理やり言わせた感がすごい。

「噂否定したいなら、オレが説明しとこうか? そしたら、告白されまくりになるかもよ」
「いや、いい。妹とも最近は出かけてないし、そのうち噂もなくなるだろ」

 今年、妹は中学三年生になった。部活も忙しそうだし、受験勉強があるので、休みの日に連れ出すのはなるべく控えている。妹におごってやったり、電車代を出したりするのはかまわないのだが、毎週となると財布的に厳しい。妹も友達とのつきあいもあるのか、最近はあまりいい返事をもらえていなかった。

「彼女欲しくないの?」
「興味ないな」

 正直、スイーツ巡りに夢中なので、彼女が欲しいとは思わなかった。余計な出費を増やす余裕なんてない。でも、彼女がいれば店に入りやすくなるのか?
 そう考えたところで、佐倉がやや身を乗り出してくる。

「じゃあさ、オレと行こ」
「え?」
「今日みたいに、食いたいもの迷ったときにシェアできるの、よくない?」
「……それは、いいと思う、けど……」

 それは、魅力的な誘いだった。
 妹は甘党ではないので、カフェやレストランに入っても食事系のメニューを選ぶ。甘いものを分け合ったのは、佐倉がはじめてだった。

「実は、ずっと塩屋のこと気になってたんだよね。席が前後だったとき、たまたま塩屋のスマホの画面見ちゃってさ。パフェ専門店の写真だった」
「でも、彼女がいるって噂聞いたときは、彼女のために調べてるだけかもって思ってた。昼休みはどっかいなくなるし、ほかの休み時間はいつも真剣にスマホ見てるから、邪魔しちゃ悪いかと思って、なかなか話かけられなくて」

 昼休みは、いつも一年のときに同じクラスだった友人ふたりと昼飯を食べている。スマホを見ていたのはスイーツの情報を調べていただけで、まわりからそんなふうに見られていたとは思いもしなかった。

「もしかして、さっき言ってた確認したいことっていうのは……」
「うん。塩屋も甘いもの好きなの? って、ずっと聞きたかった。オレも甘いもの好きだからさ」

 ケーキ四個食べたくせにいまさらだよね。そう言って佐倉は笑った。