俺の部屋に鳴り響いたのは、一時間ごとにセットしていたタイマーだった。
あまりに驚いたせいか、急いでタイマーを止めてもばくばくとやかましく鳴っている心臓が治まらない。
「もう昼か。塩屋は行きたい店あるんでしょ?」
机に広げていた問題集やノートを閉じて、佐倉が立ち上がる。俺も腰を上げ、佐倉を部屋の外へ促した。
「佐倉、さっきなにか言いかけなかったか?」
「え? なんだっけ、忘れちゃった」
そう言ったとき、佐倉はこちらを見ていなかった。ごまかされたように感じたのは気のせいだろうか。
「……そうか」
「そんなことより、早く店行こ。お腹すいちゃったよ。店ってここから遠いの?」
「いや、近いな。徒歩一分くらいか」
「へー、そんな近くに店あったんだ」
そんな話をしながら佐倉と一階に下りていき、ダイニングルームに通じるドアを進んでいく。佐倉は玄関へ向かわない俺を怪訝そうな顔で見やり、ドアの前で立ち止まった。
「着いたぞ」
「え?」
「そんなところに突っ立ってないで、中に入れよ」
「……うん」
「すぐに準備するから、座って待っててくれ」
「店ってもしかして……」
「俺の家のことだ。もちろん、おまえの分もあるからな」
「そっか、言ってくれたら自分の分買ってきたのに」
「言ったら、おまえはそうすると思ったから言わなかったんだ」
冷蔵庫からタッパーを取り出しているところで、佐倉がこちらへ近づいてきた。
「手伝っていい?」
「ああ、助かる。そこの鍋を使ってこれを温めてもらっていいか?」
佐倉にタッパーとヘラを渡し、鍋で温めてもらうことにした。そのあいだに、俺はつけあわせの準備を進めていく。
「いい匂い……カレーだ」
タッパーの中身を鍋に移していた佐倉は、子どもみたいに表情をゆるませていた。普段、お菓子作りをしているだけあって、さすがに手際がいい。
「きらいじゃなかったよな?」
「うん、好き」
冷蔵庫からべつのタッパーを出して、コンソメスープを鍋で温め、コールスローサラダを皿に盛りつけた。
「佐倉、ごはんの量はどうする?」
「少なめ……って言いたいところだけど、ふつうでよろしく」
「わかった。……このくらいでいいか?」
「うん、ありがと」
カレーが温まるころを見計らい、深皿にごはんを盛って佐倉に手渡す。佐倉にカレーをよそってもらい、トレーに皿を載せれば完成だ。
「こういうのいいね、新婚みたい」
「いきなり話が飛びすぎだ」
俺たちは恋人のふりをしているだけであって、本当の恋人ではない。ましてや、家でふりをする必要はない。
「じゃあ、同棲カップル?」
「なにも変わってないだろ」
「えー、全然違うよ。夢くらい見させてよ」
「なんだ夢って……」
佐倉の返事に首を傾げながらダイニングテーブルへトレーを運び、向かい合って昼食を摂った。
「どれもすごく美味しい。やっぱり、塩屋のお母さんは料理が上手だね」
「口に合ったならよかった。こないだ弁当のおかずを褒められたと言ったら、母さんがすごくよろこんでたよ。今回もおまえが来ると聞いて張り切ってくれた。夕食も期待してくれ」
佐倉が持っていたフォークから、サラダがぽとりと落ちる。佐倉はぽかんと口を開いていた。
「夕食? え、だめだよ。昼もごちそうになったのに、夕食までなんて」
「夕食もいっしょに食うって話だったよな」
佐倉が予定を入れてしまわないよう、先に約束しておいた。
「それとこれとは話がべつでしょ」
「言っておくが、もうおまえの分も食材を用意してあるし、母さんはおまえに手料理をふるまうのを楽しみにしてるんだ。帰るなんて薄情なこと言うなよ」
「……もう、ずるいな。そんな言い方されたら、帰れないじゃん」
佐倉は困惑しきった顔でそう言ったあと、じっと探るような視線を向けてきた。
「もしかして、このために家で勉強しようって言ったの?」
「ああ、おまえはお菓子の材料費を払うと言っても、スイーツ巡りでおごると言っても受け取らないだろう。なにかほかのもので返せないかと思ったんだ」
いっしょに試験勉強をすると決まった日、家に帰ってから母に相談した。俺が材料費を出すので、佐倉をもてなす食事を作ってもらえないかと。
佐倉にいつもお菓子を作ってもらっているのでお返しがしたい。佐倉はいつも外食ばかりで、毎日ひとりで夕食を摂っている。だから、うちで食事を楽しんでもらいたい。事情を伝えると、母はよろこんで協力してくれた。
「うちの家族といっしょだと気が進まないなら、夕食は俺の部屋に運んでもいい」
「ううん。オレが邪魔にならないなら、塩屋の家族といっしょに食べたい」
「邪魔なわけないだろ。みんな佐倉に会えるのを楽しみにしてるんだ」
「うん、オレも楽しみ」
俺も、夕食がますます楽しみになってきた。
あまりに驚いたせいか、急いでタイマーを止めてもばくばくとやかましく鳴っている心臓が治まらない。
「もう昼か。塩屋は行きたい店あるんでしょ?」
机に広げていた問題集やノートを閉じて、佐倉が立ち上がる。俺も腰を上げ、佐倉を部屋の外へ促した。
「佐倉、さっきなにか言いかけなかったか?」
「え? なんだっけ、忘れちゃった」
そう言ったとき、佐倉はこちらを見ていなかった。ごまかされたように感じたのは気のせいだろうか。
「……そうか」
「そんなことより、早く店行こ。お腹すいちゃったよ。店ってここから遠いの?」
「いや、近いな。徒歩一分くらいか」
「へー、そんな近くに店あったんだ」
そんな話をしながら佐倉と一階に下りていき、ダイニングルームに通じるドアを進んでいく。佐倉は玄関へ向かわない俺を怪訝そうな顔で見やり、ドアの前で立ち止まった。
「着いたぞ」
「え?」
「そんなところに突っ立ってないで、中に入れよ」
「……うん」
「すぐに準備するから、座って待っててくれ」
「店ってもしかして……」
「俺の家のことだ。もちろん、おまえの分もあるからな」
「そっか、言ってくれたら自分の分買ってきたのに」
「言ったら、おまえはそうすると思ったから言わなかったんだ」
冷蔵庫からタッパーを取り出しているところで、佐倉がこちらへ近づいてきた。
「手伝っていい?」
「ああ、助かる。そこの鍋を使ってこれを温めてもらっていいか?」
佐倉にタッパーとヘラを渡し、鍋で温めてもらうことにした。そのあいだに、俺はつけあわせの準備を進めていく。
「いい匂い……カレーだ」
タッパーの中身を鍋に移していた佐倉は、子どもみたいに表情をゆるませていた。普段、お菓子作りをしているだけあって、さすがに手際がいい。
「きらいじゃなかったよな?」
「うん、好き」
冷蔵庫からべつのタッパーを出して、コンソメスープを鍋で温め、コールスローサラダを皿に盛りつけた。
「佐倉、ごはんの量はどうする?」
「少なめ……って言いたいところだけど、ふつうでよろしく」
「わかった。……このくらいでいいか?」
「うん、ありがと」
カレーが温まるころを見計らい、深皿にごはんを盛って佐倉に手渡す。佐倉にカレーをよそってもらい、トレーに皿を載せれば完成だ。
「こういうのいいね、新婚みたい」
「いきなり話が飛びすぎだ」
俺たちは恋人のふりをしているだけであって、本当の恋人ではない。ましてや、家でふりをする必要はない。
「じゃあ、同棲カップル?」
「なにも変わってないだろ」
「えー、全然違うよ。夢くらい見させてよ」
「なんだ夢って……」
佐倉の返事に首を傾げながらダイニングテーブルへトレーを運び、向かい合って昼食を摂った。
「どれもすごく美味しい。やっぱり、塩屋のお母さんは料理が上手だね」
「口に合ったならよかった。こないだ弁当のおかずを褒められたと言ったら、母さんがすごくよろこんでたよ。今回もおまえが来ると聞いて張り切ってくれた。夕食も期待してくれ」
佐倉が持っていたフォークから、サラダがぽとりと落ちる。佐倉はぽかんと口を開いていた。
「夕食? え、だめだよ。昼もごちそうになったのに、夕食までなんて」
「夕食もいっしょに食うって話だったよな」
佐倉が予定を入れてしまわないよう、先に約束しておいた。
「それとこれとは話がべつでしょ」
「言っておくが、もうおまえの分も食材を用意してあるし、母さんはおまえに手料理をふるまうのを楽しみにしてるんだ。帰るなんて薄情なこと言うなよ」
「……もう、ずるいな。そんな言い方されたら、帰れないじゃん」
佐倉は困惑しきった顔でそう言ったあと、じっと探るような視線を向けてきた。
「もしかして、このために家で勉強しようって言ったの?」
「ああ、おまえはお菓子の材料費を払うと言っても、スイーツ巡りでおごると言っても受け取らないだろう。なにかほかのもので返せないかと思ったんだ」
いっしょに試験勉強をすると決まった日、家に帰ってから母に相談した。俺が材料費を出すので、佐倉をもてなす食事を作ってもらえないかと。
佐倉にいつもお菓子を作ってもらっているのでお返しがしたい。佐倉はいつも外食ばかりで、毎日ひとりで夕食を摂っている。だから、うちで食事を楽しんでもらいたい。事情を伝えると、母はよろこんで協力してくれた。
「うちの家族といっしょだと気が進まないなら、夕食は俺の部屋に運んでもいい」
「ううん。オレが邪魔にならないなら、塩屋の家族といっしょに食べたい」
「邪魔なわけないだろ。みんな佐倉に会えるのを楽しみにしてるんだ」
「うん、オレも楽しみ」
俺も、夕食がますます楽しみになってきた。
