砂糖は多めでお願いします。

 俺、塩屋和真(しおやかずま)にとって、放課後は趣味を楽しむための時間だ。

 授業が終わって学校を出たら、まっすぐ駅へ向かう。もちろん、部活には入っていない。背が高く、体格もいいのでいろんな運動部から勧誘されたこともあるが、高校二年になったいまでも帰宅部を貫いている。

 なにせ、俺の趣味は金がかかるのだ。土日は時給が上がるのでなるべくバイトを入れたいし、平日の学校帰りだって趣味にバイトにと忙しい。休みなく部活のある運動部なんてもってのほかだった。

 同じ制服の学生で混み合う電車に乗って、三つ隣の駅に移動した。ちなみに、ここは自宅の最寄り駅ではない。俺の家はもっと何駅も先にある。途中下車したのは、行きたい店があるからだ。

 駅から徒歩十分。その店に行くのははじめてだったが、昨夜のうちに調べていたので迷わずたどりついた。

 ……うわ、いい匂い。

 入り口のドアを開けると、すぐに甘い匂いが漂ってくる。それだけで、俺の胸は期待にふくらんだ。

 客が十人入ればいっぱいになってしまいそうなほどに狭い店内。正面に大きなショーケースがあって、窓際には木製の低い棚が置かれている。
 それらに並べられているのは、色とりどりのケーキと焼き菓子だ。

 ……やっぱりケーキだよな。でも、焼き菓子も捨てがたい。いやでも、今月ちょっと予算オーバーだからな。

 俺は、甘いものが好きだ。なによりも、好きだ。
 いわゆる、スイーツ男子である。

 放課後は、いつも洋菓子店や和菓子店、デパ地下、コンビニなど、スイーツが売っている場所へ買いにいく。バイトをしているとはいえ、本業は学生の身。なにを買うかはいつも厳選している。

 この世界には食べたいスイーツがいくらでもあるのに、使える金が限られているのはものすごくもどかしい。
 大学生になったら、貯めた金でスイーツの旅に出るのが目標だった。いずれは海外にも行ってみたい。

 ……よし、ケーキと焼き菓子ひとつずつにするか。

 店内に並ぶ商品をひととおり吟味したあと、奥にあるイートインスペースを覗いてみると、六席あるうちの半分が空いていた。
 この店では扱っているケーキをイートインスペースで食べることができる。いっしょにドリンクの注文も可能だ。

 ……いまならここで食べていけそうだな。

 喫茶店やファミレスなど、持ち帰りができない店はともかく、スイーツはできる限り家に持ち帰って楽しむほうが多かった。

 図体のでかい男が甘いものを食べている姿はかなり目立つらしい。必ずと言っていいほどじろじろと見られる。
 近くの席の女性客からなにかこそこそと言われ、笑われることも多かった。せっかくのスイーツなのだから、落ち着いた状況で堪能したいのに。

 ドアの前に置かれたメニュー表を睨みつけ、十分ほど悩んでから店員に声をかけようと一歩進み出た。

「すみません」
「すみませーん」

 俺の声は、すぐそばから聞こえてきた声にぴったりと重なった。隣を見た途端、間延びした声の持ち主と視線が合う。

 やたらときれいな顔の男が立っていた。身長が一七三センチある俺よりも、数センチ背が高い。
 無造作に跳ねた髪は明るい茶色で、金色に近かった。つりあがった目の色素は薄く、茶色に見える。ついでに肌も白い。

 男が着ているのは、紺色のブレザーにチェック柄が入ったグレーのスラックス。斜めストライプのネクタイ。俺が着ている制服とまったく同じだった。
 違うのは、こいつがネクタイをゆるめ、ブレザーのボタンを全開にしている点。それから、アクセサリーを身につけている点。つまりは着こなしの差くらいだ。

 ……あれ、こいつって。

「塩屋?」

 俺がそいつの名前を思い出すより、そいつが俺の名前を呼ぶほうが早かった。

「佐倉(さくら)……」

 ……佐倉圭介(さくらけいすけ)、だったか。

 同じ学校。しかも同じクラスの生徒だ。
 佐倉はクラスで目立つ存在だった。それどころか全学年を通しても有名らしい。ものすごく顔が整っていてスタイルもいいから、人気がある。

 基本、ひとりで教室にいる俺とは関わり合いのない相手だ。「塩屋」と「佐倉」で出席番号が並んでいて、二年生に進級してすぐのころは席も前後だったが、一ヶ月経ったいまは席替えしたので遠く離れている。
 佐倉は、派手でちょっとガラの悪いやつらとつるんでいて、いつもまわりが騒がしかった。

 その反面、本人は物静かな印象を受けた。授業で指されたとき以外で声を発しているのをほとんど聞いたことがない。席が近かったときでさえ、プリントを回す際も無言のやり取りで済ませていたので、まともに喋った記憶がなかった。

 俺と佐倉が顔を見合わせているうちに店員がやってきて、用件を聞いてくる。

「お先にどうぞ」と佐倉がジェスチャーで示してきたので、遠慮なく先に言わせてもらうことにした。この場はさっさと立ち去りたい。

「すみません、イートインお願いします」
「かしこまりました。二名様でよろしいですか?」

 俺と佐倉は同じ制服を着ている。店員が勘違いするのも当然だ。

「いえ――」
「はい、二名でお願いします」

 俺が「違います」と言い切る前に、佐倉がはっきりとした声で言った。

 ……なにを言い出すんだ、こいつは?

「おい」
「オレもイートインなんだよね。どうせならいっしょに食べようよ」
「どうして」

 冗談じゃない。佐倉とふたりでなんて、落ち着いて食べられるわけがない。せっかくのスイーツタイムを邪魔されたくないのに。

 ――やっぱり、持ち帰りにします。

 そう言おうと口を開いた瞬間、佐倉の発言に声が引っ込んだ。

「ケーキ一個おごるからさ」

 ケーキ一個分の代金が浮くのなら、もう一個ケーキを食べた上で焼き菓子が買える。ケーキがふたつも選べるということだ。あまりにも魅力的な提案に、こいつは俺の心が読めるのか? と一瞬本気で考えた。

 黙り込んでいる俺を見て、佐倉がにっと得意そうに笑う。俺が睨みつけてもまったく気にせず、あろうことか俺の肩へ手を置いてきた。
 そして、手をピースの形にして二本の指を店員に見せる。

「二名でお願いします」