素直になってよ、神崎くん

 深呼吸をしてから、気合を入れて教室に入る。
 今日はもう、菅野になにを思われても、素直に話をすると決めているのだ。

 中に入ると、菅野はもうきていた。今日は朝が早かったのだろう。
 いつもなら菅野からの『おはよう』を待つけれど、今日は俺から声をかけると決めている。

「菅野! お、おはよう」

 振り向いた菅野が、俺を見て大きく目を見開いた。そして、にっこりと笑う。

「おはよう、神崎くん」

 いつも通りの爽やかで明るい笑顔だ。でも、この笑顔に流されて昨日のことをなかったことにするのはだめだ。
 そんな風に誤魔化していたら、これ以上菅野との距離を縮めることはきっとできないから。

 なにより、俺はもう覚悟を決めてきたのだ。

「ちょっと話があって……ホームルームの前に、ちょっと時間もらってもいいか?」
「いいよ」

 すぐに立ち上がり、菅野は俺と一緒にきてくれた。


◆


 向かう先は、いつも昼飯を食べている空き教室だ。昨晩何度もシミュレーションはしたけれど、いざ本人を前にすると緊張する。

 ……寂しそうにしてたこととか、全部俺の勘違いかもしれないし。

 それを抜きにしても、いきなり『お前の顔が実は大好きだ』なんて伝えるのだ。気持ち悪がられてもおかしくない。
 でも、これからも一緒にいるために、もっと仲良くなるために、これ以上嘘をつき続けるのは無理だと思ったから。

「これ、見てくれ」

 菅野に差し出したのは、俺のスマホ。
 液晶にタップすると、表示されるのは菅野の写真だ。

「……え?」
「待ち受け、菅野にした。それと……」

 スマホをひっくり返す。透明なスマホケースの中に入っているのは、昨晩俺が自作した菅野のトレカである。

「裏にも菅野を入れた」
「……えっ?」

 どういうこと? と混乱した様子の菅野に向かって、覚悟を決めて告げる。

「昨日はああ言ったけど、実は俺、菅野の顔が世界で一番好みなんだ。黙ってたし、嘘ついてごめん。お前に興味ない、妹がファンってのも嘘。最初からお前には興味しかない。俺、お前のオタクだから」

 隠していたことを一気にぶちまける。恥ずかしくて顔が熱いし、気持ち悪いと思われたらどうしよう、という恐怖で全身が震える。

 でも、ちゃんと言えた。伝えられた。

「……ふっ、ふはっ、ちょ、ごめん待って、神崎くん。さすがに斜め上すぎて笑いとまんない……っ!」

 いきなり、菅野が声を上げて笑い出した。しかも、苦しそうに腹までおさえている。

「……菅野?」
「いやさ、だって、待ち受けはまだしも、トレカまで自作してくるとか思わなかったから……神崎くん、面白すぎるんだけど……」
「はあっ!?」

 予想外の反応につい俺も大声が出てしまう。

 っていうか、この反応はどうなんだ? 引かれてはないってことでいいのか?

「あとね、神崎くん」

 笑うのをやめた菅野が俺の肩に手を置いた。その上菅野がしゃがんだせいで、目の前に菅野の顔がある。
 近くで見ても粗なんて一つもなくて、完璧に、最高に俺好みの顔だ。

「俺、最初から知ってたよ」
「……は?」
「だって、神崎くんって俺のことずーっと見てたし。興味ないとか、さすがに嘘なのバレバレだって」
「はっ!? は、え!? じゃ、じゃあ、なんで昨日……」
「神崎くんが全然素直になってくれないから、俺、ちょっと演技しちゃった」

 はは、と笑って、菅野は悪戯っぽくウインクしてみせた。わざとらしすぎる上にあざとすぎるのに、菅野がやると絵になってしまう。

「ごめんね?」

 この顔に謝られたら、責める気になんてなれない。
 なにより、菅野を傷つけたわけじゃなかったんだ、という事実に安心する。

「それは別にいいけど……でも」
「でも?」
「じゃあなんで、俺にお世話係とか頼んだんだよ」

 最初から菅野に興味津々だったことがバレていたのなら、なぜ俺が選ばれたのかが分からない。この機会に聞いてしまおうと尋ねると、ああ、と菅野はあっさり答えを教えてくれた。

「神崎くんはずっと、めちゃくちゃ俺を見てくれてたじゃん」
「……え?」
「他の子達と違って『理想の俺』でも『イケメンの人気者』でもなく、ずっと、ちゃんと俺を見てくれてたでしょ」
「それは……まあ……」

 菅野の顔が好きで、一目惚れするみたいにオタクになってしまった。
 でも、だからこそ、俺は菅野を変に理想化することはなかった。
 推しのことはなんでも知りたいし、気になる。その一心で、ひたすら菅野のことを見ていただけなのだ。

「だから俺、ずーっと神崎くんと仲良くなりたかったの。で、チャンスを待ってたってわけ」
「……初めて知った」
「うん、初めて言ったからね」

 微笑むと、菅野はいきなり俺の手を握ってきた。しかも、よりにもよって恋人繋ぎだ。

「ねえ、神崎くん」
「ひっ……!」
「ちょっと、悲鳴ってどうなの。分かりやすいから、嫌がられてるわけじゃないって分かるけど」

 菅野の目に映る俺は、情けないくらいに真っ赤だった。
 オタクだってことはもう隠す必要はない。けれどこんな風に近づかれたら、他の感情まで暴かれてしまいそうで、気が気じゃない。

「神崎くんはさ、俺のただのオタクなの? それで、満足してる?」

 急に、菅野は俺の耳元に口を寄せた。囁くようにそんなことを問われ、全身が震えてしまう。

 まずい。まずい。このままでは、非常にまずい。

「神崎くんはさ、本当は俺のこと、恋愛的な意味でもう、好きになっちゃったんじゃない?」
「そっ、そんな、こと……」

 違う、とは言えなかった。
 だって俺は、菅野と素直に向き合うって決めたから。

 ――つまり俺は、菅野のことを……。

「どうなの、神崎くん?」
「え、えっと、それは……」

 嘘はつきたくない。だけど、菅野に気持ちがバレて、拒まれるのが怖い。

「俺のこと、好きなら好きって言ってよ」
「……菅野」
「素直な気持ち、ちゃんと聞かせて?」

 どう答えるべきなのかも分からないし、距離が近すぎる。
 頭が沸騰寸前になった俺を救ったのは、ホームルーム開始を告げるチャイムだった。

「かっ、菅野! とりあえず教室戻るぞ、遅刻になるから!」
「……仕方ないなぁ。今日のところは、ここまでで勘弁してあげる」

 俺から離れると、菅野はやれやれ、とでも言いたげに溜息を吐いた。
 でもすぐに、俺をじっと見つめてくる。

「神崎くん」
「な、なんだよ」
「これから、覚悟しといてね。神崎くんが素直になってくれた以上、俺も素直にいくって決めたから」
「……は?」

 菅野の顔が再び近づいてくる。そして、とびきり甘い声で、菅野が言葉を続けた。

「好きだよ、神崎くん」

 それってどういう意味――と、尋ねる暇もなく、菅野は俺の手を引っ張って空き教室を出た。

「これ以上はまた今度ね。遅刻、したくないんでしょ?」

 ああもう、なんて狡い男なのだろう、菅野は。

 どうやら俺はこれから、今まで以上に菅野に振り回されることになりそうだ。