素直になってよ、神崎くん

「……マジで普通の家だろ、俺の家」

 放課後。俺は、菅野を連れて家へ戻った。
 幸いなことに今日は母親もパートだし、妹も部活だからゆっくりはできる。とはいえ、菅野を招くような家ではないことは自覚済みだ。

 卑下するつもりはないけれど、どこにでもある一般的な家。
 大豪邸に住んでいる、なんて噂もある菅野を連れてくるのは、少々気が引けた。

「そんなことないよ。綺麗なところだと思う」
「さすがにそれは褒めすぎ」
「違うって。あと、俺はマンション暮らしだから、一軒家に憧れあるしね」
「……マンションなんだ」
「もしかして神崎くん、俺が大豪邸に住んでるなんて噂信じてた?」
「……ちょっとだけ」

 あはは、と菅野は明るく笑った。

「みんなが思うほど、俺って特別な家に住んでないよ。両親の仕事もいろいろ噂されてるけど、両親そろって官僚なだけ。凄いと思うし尊敬してるけど、大豪邸に住むような大金持ちじゃない」
「……ごめん。なんか、噂とか、勝手に信じてて」
「ううん。神崎くん、がっかりしちゃった?」

 しゃがんで菅野が俺の顔を覗き込んでくる。質問する時、いちいち距離が近すぎるのは菅野の癖なんだろうか。

「全然。別に、そこに期待とかしてないし」
「あ、そうなんだ?」
「親とか家とか関係なく、菅野は菅野だろ」

 そもそも俺は、金持ちって噂があるから菅野のオタクになったんじゃなくて、単純な顔ファンから始まったわけだし。
 ……まあそれも、菅野からすると嫌なのは分かってるから、隠してるんだけど。

「とりあえず、リビングでちょっと待っててほしい。部屋、片付けたいから」

 玄関の扉を開け、菅野を中に入れる。母がまめに掃除をしてくれるおかげで、玄関やリビングはいつも綺麗なのだ。
 靴箱の上には俺が小学生の時に図工で作った花瓶がおいてあって、いつも季節の花が入っている。

 リビングの扉を開け、テレビの前のソファーに菅野を誘導する。大きい身体をきゅっと縮めて、菅野は行儀よく座った。

「寝転んだりしてていいから。どうせ俺しかいないし」
「えっ、誰もいないの?」
「うん」
「そ、そっか。二人きりなんだ……」

 なぜか一瞬、菅野が緊張したように見えた。今さら俺と二人きりだって事実に緊張するはずもないし、勘違いだろうけれど。

「じゃあ、ちょっと俺片付けてくる」

 菅野をリビングに残し、階段を上がって自室へ移動する。
 床に散らばった漫画や机の上の勉強道具をてきぱきと片付け、最大の問題であるアイドルグッズの前に立った。

 棚に並べられているグッズは、いずれも男性アイドルのもの。
 妹の影響で、俺はそれなりにアイドルが好きなのだ。
 菅野の顔ファンになったのも、そもそもアイドルオタクだったからである。

 まあ、現実にこんな最高のイケメンがいるんだって分かってからは、あんまりアイドルは見なくなっちゃったんだけど……。

 とはいえ、集めていたグッズは大事なものだ。傷をつけないように丁寧に集め、ベッドの下の収納箱に入れておく。

 二十分くらいで、なんとか部屋の片づけを終わらせることができた。


◆


「菅野、待たせてごめん」

 リビングへ行くと、菅野はソファーに座って本を読んでいた。横顔の綺麗さに改めてびっくりしていると、神崎くん、と嬉しそうに菅野が顔を上げる。

 この顔も、マジで狡いんだよなあ……。

 俺が声をかけると、菅野はやたらと嬉しそうな顔をしてくれる……気がするのだ。
 特別扱いされているみたいで、いつも嬉しくなってしまう。

「部屋、まだちょっと散らかってるかもだけど」
「ううん。っていうか、本当は散らかってる神崎くんの部屋も見てみたいし」

 よく分からないことを言いながら菅野が立ち上がる。そのまま俺の部屋に案内すると、菅野は部屋に入った瞬間目を輝かせた。

「すごい! ここが神崎くんの部屋かぁ……」
「すごいことなんもないだろ。むしろ、殺風景だし」

 本来は落ち着いた部屋の中でアイドルグッズが存在感を放っていたわけだが、アイドルグッズを片付けた今、俺の部屋は本当に特徴がない。

「でも、それも神崎くんらしさでしょ」
「……ま、まあ」

 ちくり、と胸が痛む。
 菅野のファンだってことは伝えずとも、せめてアイドルオタクだという趣味は打ち明けるべきだったのだろうか。
 けれどそれを言ってしまったら、菅野のオタクだってことも芋づる式にバレてしまいそうで、結局両方を隠すことにしたのだ。

 菅野は両親のこととか、自分のこととか、いろいろちゃんと話してくれるのに。

「神崎くん? どうかした?」
「いっ、いや、なんでも。そうだ! なんか飲む? お茶とかジュースとか。ついでにお菓子もあれば持ってくるし!」
「いいの? じゃあ、冷たいお茶とか飲みたいな。喉渇いちゃったから」
「了解!」

 誤魔化すようにいつもより明るい声で言って、飲み物とお菓子を取るために部屋を出た。


◆


「お待たせ、菅野」
「うん、待ってた」

 俺を見つめて、菅野が悪戯っぽく笑う。ほんのりと色気が滲んだその笑い方も最高に格好良くて、俺は心のシャッターを夢中で何度も押した。

「お菓子、ポテチしかなかったんだけど、食べる?」
「うん、食べる食べる。わっ、しかも俺の好きな味だ」

 安心してポテチの封を開ける。はい、と差し出すと、なぜか菅野は口を開いた。

「神崎くん。あーん、して?」
「はっ!?」
「神崎くんに食べさせてほしいな」

 だめ? と甘えるように言う菅野は、絶対断られると思ってない。それくらい俺にも分かる。

 そして俺は、当然ながら断れない。

「……あーん」

 菅野の口に、ポテトチップスを一枚運ぶ。半分ほどかじって、菅野は唇を少しだけぺろりと舐めた。

「……っ!?」

 至近距離で見る菅野の顔面に圧倒され、つい声が出そうになる。慌てて両手で顔を隠したせいで、右手に持っていた残り半分のポテトチップスを落としてしまった。

「神崎くん? 落ちたよ……って、なに、これ?」

 いつの間にか、ポテトチップスを拾うために菅野は床に手をついていて、視線の先にはベッドの下があった。
 そこには、俺が慌てて隠したアイドルグッズがある。収納箱は透明だから、外から見てもなんとなくなにが入っているかは分かってしまうはずだ。

「そ、それは……っ」

 見ないでくれ、と言うよりも先に、菅野が収納箱をベッド下から出してしまった。
 中に入っているのは、アイドルの生写真やうちわ。要するに、一目でアイドルグッズだと分かってしまうものが中心である。

「……神崎くんって、アイドル好きなの?」

 この状況で、これ以上嘘を重ねられるはずがなく。

「……はい」

 蚊の鳴くような声で、俺は肯定するしかないのだった。