素直になってよ、神崎くん

「俺、みんなのものになった覚えはないんだけど」

 口角は上がっているのに、菅野はちっとも笑っていなかった。
 足音を立てて俺の席に近づいてくると、威圧するように女子達を順番に見つめていく。

「それと俺、意外と潔癖症なの。だから、手作りは神崎くんのしか食べられないから」
「はっ!?」
「行こ、神崎くん。お昼休み終わっちゃう」

 そう言って、菅野はいきなり俺の腕を掴んだ。慌てて二人分の弁当を手に持ち、そのまま菅野についていく。
 向かった先はいつもの空き教室だ。菅野の態度に驚いたのか、女子達は追ってこなかった。

「……神崎くん、ごめんね。迷惑かけちゃって」
「あっ、いや、全然……。っていうか、菅野こそよかったのかよ」
「俺?」
「……わざわざ俺を理由に女子達の誘いを断ろうとしてたくらいだし、気遣ってたんだろ、今まで」

 菅野がはっきりと拒めば、女子達だって毎日のように菅野を取り囲んで騒ぐことはなかったはずだ。
 菅野が優しく対応していたから女子達の行動はエスカレートしていったんだろうし、菅野は彼女達を直接的に拒みたくはないのだと思っていた。

 しかし先程の菅野は、怖いほどはっきりと、彼女達を拒んでいた。

「まあ、今まではね。どうせ騒がれるなら、こっちだって愛想よくしてた方がお得じゃん」
「……菅野」
「あー、今の発言、さすがにちょっと腹黒すぎた?」

 あはは、と菅野が笑う。いつもの王子様めいた微笑みでも、俺に見せてくれる無邪気な笑みでもないけれど、なぜだか菅野らしい笑顔だと思った。

「確かに神崎くんの言う通りだよ。でも、あの子達、神崎くんのこと馬鹿にしてたでしょ」
「……それは、まあ」
「俺はそれが許せなかったの。神崎くんは俺にとって、大事な友達なのに」

 友達。その言葉にやはり、少しだけ息が詰まりそうになる。
 でも間違いなく、菅野がその言葉を俺に使ってくれることは嬉しい。

「あと、潔癖気味で、神崎くんのお弁当しか食べたくないのは本当」

 そう言うと、菅野は俺の手から弁当箱を奪い、いつもの調子で『いただきます』と手を合わせた。

 俺の弁当しか食べたくないって、なんだよ……。

 俺のために女子達に怒って、俺の弁当だけを食べようとして。
 あからさまな特別扱いに、どうしたって胸が高鳴ってしまう。

「神崎くん? 食べないの?」
「……食べる」

 俺も手を合わせ、弁当を開ける。だんだんと上達しているけれど、やはりまだ完璧とは言えない出来栄えだ。

「ねえ、神崎くん」
「……なに?」
「いつも絶対、綺麗に焼けた方の卵焼きを俺のお弁当に入れてくれるでしょ」
「……人に渡すんだから、そりゃあ、そうだろ」
「俺はさ、そういうことが全部、すっごく嬉しいわけ」

 箸を一度置くと、菅野は真剣な顔で俺を見つめてきた。

「さっきだって、女子達にきつく言い返さなかったのは俺のためでしょ? こうやって仲良くなる前もさ、俺が教室で寝てた時、女子が声かけようとしたら必死に止めてくれてたじゃん」
「おっ、お前、気づいてたのかよ……っ!」

 菅野はたまに授業間の休み時間に眠っている。しかし女子達は遠慮なく声をかけようとするため、しばしば俺はそれを止めていたのだ。

 疲れている菅野に、無理をさせたくなかったから。

「気づいてたよ。神崎くんが、ずっとちゃんと俺を見てくれてたこと」
「……べ、別に、普通だろ。クラスメートなんだし」

 苦し紛れの言い訳を口にすると、菅野は楽しそうに笑った。

「その『普通』が、俺は嬉しかったんだよ」
「菅野……」

 ごめん、という言葉を必死に飲み込む。
 菅野を見てたのは俺も菅野のオタクだったからで、菅野をただのクラスメートとして見たことは一度もない。
 初めて見た瞬間から、ずっと菅野は俺の中で特別だった。

 そんなこと知ったら、きっと、気持ち悪いよな。


◆


 昼休み終了五分前を告げるチャイムが鳴った。菅野が溜息を吐いて、俺の肩にもたれかかる。

「……今日の昼休み、短すぎる」
「まあ、菅野は体育委員の集まりもあったし」
「俺、もっと神崎くんと一緒にいたいのに」
「おっ、お前なあ……」
「なーに? あ、神崎くん照れてる? 顔赤いよ」

 からかうように笑って、菅野は俺の頬をつついてきた。
 なんだか最近、日に日に距離が近くなっている気がする。仲良くなるとパーソナルスペースが狭くなるタイプなのだろう。

「……そういう言い方、あんまりやると誤解を招くぞ」
「しないよ、神崎くん以外には」

 俺もだめだろ! と言いたいところだが、そんなことを叫べば俺がめちゃくちゃどきどきしていることがバレてしまう気がする。
 心を落ち着かせるために深呼吸をしていると、菅野がそうだ! と手を叩いた。

「今日、部活休みだし、神崎くんと遊びたいな」
「……それは全然、いいけど。どこ行く?」
「俺、ずっと前から行ってみたかった場所があって」
「どこだよ?」
「神崎くんの家」
「……は?」

 聞き間違えかと思ったけれど、菅野はとびきりの笑みを浮かべて繰り返した。

「神崎くんの家」

 二回も言われたらさすがに、現実として受け止めるしかない。

「ねえ、神崎くん。だめ?」
「……俺の家、めっちゃ普通だし、別に面白いものとかないけど」
「それでも行きたいの。だめ?」
「……部屋の前でちょっと待ってくれるなら。今、俺の部屋散らかってて」
「全然待つ! 三十分でも一時間でも!」
「いやさすがにそんなに汚くないから!」

 誤解されたくなくて大声で否定すると、菅野も声を上げて笑った。