素直になってよ、神崎くん

 菅野に毎日弁当を作るようになって、一週間。
 さすがにもう、俺と菅野が一緒に行動することが日常になってきた。

「幸せすぎてやばいんじゃないのか、蒼汰」

 からかうように声をかけてくるのは亮也だ。急に昼食を一緒に食べられなくなったことを謝った時は、『気にしなくていいから』と優しく言ってくれた。
 いい奴だなと改めて思っていたが、俺と食事ができなくなったことを口実にして、気になっていた先輩の女子を昼に誘うようになったらしい。

「……俺にもいろいろあるんだよ」

 菅野はまだ教室にきていない。それでも一応、声を潜めて返事をする。

「へえ? そりゃあ意外だな。毎日浮かれてるのかと思ってた」

 笑いながら亮也が肩に腕を回してくる。お前なあ、と文句を言おうとした瞬間に、菅野が教室に入ってきた。
 自然に目が合う。いつもなら爽やかにおはよう、と言ってくれるのに、なぜか一瞬、菅野の目が鋭く細められた。

「おはよう。相変わらず仲がいいんだね?」

 いつも通りに戻った菅野が、微笑みながら俺と亮也の間に入ってくる。

「お、おはよう、菅野」

 そろそろ慣れてもいい頃なのに、朝の菅野にはなかなか慣れることができない。
 こんなイケメンが朝から俺の目の前にいるなんて、一生かかっても慣れない可能性すらある。

「……あ。菅野、寝癖ついてる」

 菅野の髪の毛はふわふわで、いつもより遅く学校へきた日は寝癖がついていることが結構ある。
 前までは女子が指摘するのを眺めていただけだけれど、友達になった今は、こうして指摘できるようになった。

「え、どこ?」
「右のとこ。あっ、そっちじゃなくて、ごめん、俺から見て右って意味だった」
「えー? 分かんないから、神崎くん、ちょっとなおしてくれない?」

 菅野は身を屈めると、上目遣いで俺を見つめてきた。

「菅野くんっ! 私、クシ持ってるよ!」
「私ヘアオイルとヘアスプレーもあるよ! ワックスも!」
「私なんてヘアアイロンまであるから!」

 女子達が競い合うように周りにきても、菅野の視線は俺から動かない。

 ……そうか。女子達になおされるのが嫌だから、俺に頼んだのか。

 寝癖を放置していたら、いつものように女子達が菅野の周りにやってくる。きっと、菅野はそれが面倒なのだ。
 だったら、俺がなおしてやるしかない。

「……ここ」

 右手を伸ばし、そっと菅野の寝癖を整える。ふわふわの髪は、すぐに俺の言うことを聞いてくれた。

「ありがと、神崎くん」

 立ち上がった菅野が、ぽん、と俺の頭に手を置いた。
 撫でられたのはたった一瞬。
 それなのに俺の心臓は、馬鹿みたいにうるさく騒ぎ出してしまった。





「ごめん、神崎くん。委員会の集まりがあるから、ちょっと待っててくれない? たぶん、10分もかからないと思うから」

 昼休みになると、申し訳なさそうに菅野が言ってきた。
 菅野は体育委員だ。体育祭も近いし、その関連の集まりがあるのだろう。

「分かった。焦んなくていいから」
「ありがと。急いで戻ってくるね」

 菅野は早足で教室を出ていった。別に菅野が早く行ったからといって、集まり自体が早く終わるわけじゃないだろうに。

 でもまあ、俺との昼休みを楽しみにしてくれてる……ってことだもんな。

 にやけそうになるのを我慢し、鞄から数学の問題集を取り出す。待っている間、勉強をしておこうと思ったのだ。
 最近、菅野の部活に合わせて放課後図書室で勉強をしているから、俺の成績は向上しつつある。
 勉強なんて好きじゃないと思っていたが、結果が出ればそれなりに楽しくなってきて、勉強自体のモチベーションも上がってきた。

 しばらく問題集に集中していると、ねえ、と声をかけられた。
 顔を上げると、三人組の女子グループが俺を睨んでいた。

「……なに?」
「なんで最近、アンタばっかり菅野くんと一緒にいるの? 専属お世話係とか、意味分かんないんだけど」

 前まで、菅野はなんやかんや女子達の相手をしていることが多かった。だが最近は昼休みも放課後も俺と過ごしている。
 女子達が不満を抱くのは当然かもしれない。

「菅野くんが優しいからって、迷惑かけてるのが分からないの?」

 どう答えたらいいのか分からず、じっと見つめ返す。すると盛大な舌打ちを返されてしまった。
 俺みたいな陰キャが菅野といるのが気に入らないのだろう。
 釣り合わないのは分かっているけれど、こんな風に責められると、改めて傷つく。

「……迷惑とかじゃないって、菅野が言ってくれてるから」

 菅野は、俺と過ごす時間を楽しみにしてくれている。ここで女子達の圧に屈することは、菅野のためにもならない。

「そんなわけないでしょ!」
「ていうか、お弁当作ってきてるんでしょ? 見たって子いるもん。手作りの弁当とか作ってきたら、そりゃあ優しい菅野くんは断れないじゃん!」

 口々に不満を述べた後、彼女達は綺麗なお弁当箱を席から持ってきた。

「私達で菅野くんにお弁当作ってきたの。今日は菅野くんに、私達のお弁当食べてもらうから」

 挑発するように言って、三人のうち一人が見せつけるように弁当箱を開けた。
 いろどりもよく、美味しそうで、ボリュームたっぷりの弁当。
 俺の弁当とは圧倒的にクオリティーの差がある。

「菅野くんはみんなのものなの。独り占めするなんて許さないんだから!」
「――誰がみんなのものだって?」

 教室に響いた菅野の声は、普段からは想像もつかないほど冷ややかなものだった。