素直になってよ、神崎くん

「……これ、どうなんだ……?」

 できあがった弁当を覗き込み、うーん……と首を傾げる。
 手料理が食べたいと言っていたから、冷凍食品や総菜は使わず、自分が作ったものを中心に弁当箱を埋めてみた。

 一段目はおにぎりだが、単なる白米ではなく、鮭おにぎり、高菜おにぎり、明太子おにぎりと味を変えた小ぶりのおにぎりを一つずつ。
 二段目はおかずで、手作りの生姜焼きと卵焼きを入れ、いろどりを意識してミニトマトも添えてみた。

 悪くはない気がするが、母親が作ってくれる弁当に比べると、やはりクオリティーが低く見える。
 入っているものはいいのだが、卵焼きが少し焦げていたり、おにぎりの握り方が歪だったりと、料理慣れしていない感が満載なのだ。

 余裕と言ってしまった以上、できればクオリティーの高いものを作りたかったが、仕方ない。

「……やっぱり作れませんでした、よりマシだろ、たぶん」

 言い聞かせるように呟いて、俺は弁当箱を丁寧に弁当袋へ入れた。





「これ、本当に俺に作ってきてくれたんだよね?」

 弁当袋を受け取るなり、菅野はきらきらと目を輝かせた。ただでさえ宝石みたいに眩しい瞳をしているくせに、いつにも増して眩しすぎる。

 今日は俺も菅野も弁当だから、食堂じゃなくて空き教室に入った。弁当二人でも食堂を利用することは可能だが、なんとなく、食堂を利用する場合はグループのうち誰か一人でも注文する、という暗黙のルールがあるのだ。

「……まあ、そう」
「ありがとう。本当に嬉しい」

 弁当箱を開けると、菅野はわあ……! と声を漏らした。俺が作った弁当を見つめて、本当に幸せそうな顔をしている。
 こんな顔を見られるなら、早起きして頑張った甲斐があるというものだ。

「美味しそう! 食べていい?」
「ああ」
「いただきます!」

 丁寧に手を合わせ、菅野はまず卵焼きを口へ運んだ。一口食べた瞬間、美味しい……! と食レポをするテレビタレントのように大袈裟に呟く。
 けれど大袈裟なリアクションも全く嫌味がなくて、それどころか、嬉しくなってしまう。

「神崎くんって、本当に料理上手なんだね」
「……それはよかった」
「だって俺、こんなに美味しいお弁当食べたことないもん」

 100%の出来とは言えないものを褒められると、なんだかむずがゆい。
 でも、菅野が満足してくれてよかった。

「それに、こんなに静かに昼飯食べるのも、久しぶりかも」
「……確かに」

 学食で二人席に座っている時も、周囲の席が争奪戦になるほど菅野は人気だ。
 モテて羨ましいよな、と言う男子達はいるけれど、四六時中騒がれたら、大変に決まっている。

「嫌味に聞こえるかもしれないけど、俺、昔から女子達に囲まれること多くてさ」
「……別に、嫌味になんて思わない。事実だし」
「そう? ならよかった。それで、なんていうか……だからって男子から嫌われるとかはないけど、こう、普通に過ごすのは難しくて。だから、こうやって神崎くんと二人でご飯食べるのが、すごく楽しいんだ」

 俺の目をまっすぐに見つめて、菅野がにっこりと笑った。

 心臓に悪すぎる笑顔と、モテすぎるがゆえの菅野の苦悩。
 砂糖と塩を同時に食べたみたいな気分になって、俺はどんな顔をしていいか分からなくなる。

「……菅野が、俺に声かけてくれたからだろ。お世話係になってほしいって」
「はは、冷静に考えたら俺、なに言ってんだって感じだよね。あの時の俺、実はだいぶ限界でさ」

 笑いながら、菅野は生姜焼きを食べた。一口一口、丁寧に丁寧に食べてくれるから、作ってよかったなと何度も思ってしまう。

「なんていうのかな。女子達が見てるのって、俺であって俺じゃないっていうか。みんな、『理想の菅野玲』を見てるんだよね。だから案外、俺の好みとかは覚えてないんだ」

 言われてみれば、確かに女子達にそういう傾向はあるかもしれない。
 まあ、菅野がはっきりと好みを口にすることが少ない、というのも原因の一つだろうけれど。

 俺が菅野の細かい好みを把握しているのは、菅野の些細な表情の違いから読み取っているから。つまり、めちゃくちゃ菅野を見ているからなのだ。

「でも、神崎くんは違う。だから、神崎くんに頼んだんだよ」

 ありがとう、と笑みを向けられて、心臓がきゅっと締めつけられた。
 きっと菅野は、俺が菅野に興味がないと思っていたから俺に声をかけたのだろう。

 でも、実際は違う。女子達の比じゃないくらい菅野を見てるし、興味ありまくりだ。

 ……菅野に嘘をついてる、ってことだよな、俺。

 俺が女子達と同じように菅野のオタクなんだって知ったら、菅野はどう思うんだろう。がっかりするんだろうか。

「神崎くんといると俺、ありのままの自分でいられるっていうか。だから、これからも一緒にいてくれたら嬉しい」

 こてん、と菅野がいきなり俺の肩に頭を乗せてきた。慌ててどこうとすると、腰に腕を回される。

「……だめ?」
「だっ、だめとか、じゃない、です……」
「まーた変なタイミングで敬語になってる」

 くすくすと笑う菅野は、ちっとも俺から離れようとしない。
 このままじゃ、俺がどきどきしていることが菅野に伝わってしまうんじゃないだろうか。

「……と、友達なんだから、一緒にいるのは当たり前だろ」

 そう口にした瞬間、ちくりと胸が痛んだ。
 菅野に嘘をついているからだろうか。それとも――。

 脳が違う答えを導き出してしまいそうで、慌てて頭を振る。
 きっと、今は考えない方がいい。せっかく菅野が、友達として俺を信頼してくれるようになったんだから。

「弁当、明日も作ってこようか?」
「……いいの?」
「俺も、落ち着いたところで飯食うの、いいなって思ったし」

 教室や食堂にいる時と比べて、今の菅野はすごくリラックスしているように見える。
 たぶん、普段はすごく気を張っているのだろう。
 本当の菅野は、俺や周りが思っているよりも繊細な人間に違いない。

 ちょっぴり寂しがり屋で、手料理に飢えていたり、ありのままの自分を見てほしがったり。
 みんなの理想の王子様じゃなくて、菅野玲という一人の人間なのだ。

「じゃあ、神崎くんに甘えちゃおうかな」
「……ああ」

 そしてどうやらオタクのはずの俺は、この、ありのままの菅野玲にずいぶんと惹かれてしまっているらしい。