「……菅野。これ、差し入れ」
部活の休憩中。スポーツドリンクを持って現れた俺を見て、菅野は目を丸くした。
「神崎くん? なんで?」
「お世話係なんだろ。俺を理由に部活の差し入れも断ってたんだから、俺が差し入れ持っていってないと不自然じゃん」
「……あ」
しまった、みたいな顔をして菅野が大きく目を開いた。驚いた顔も当たり前のように格好良くて、なんでもないふりをしながら必死に目に焼き付けておく。
「ごめん。確かにそうだった。神崎くんにそこまで迷惑かけるつもりなかったのに」
「別に。俺、どうせ放課後は図書室で勉強してるから。休憩がてら、自分のジュース買うついでだし」
完全に嘘だ。俺は毎日図書室で勉強して帰るほど真面目じゃない。
ただ、高校二年生になってこれからはちゃんと勉強をしなくてはと思っていたから、いいタイミングではあった。
――なんて嘘で、ただ、菅野と話す機会を増やしたかっただけなんだけど。
お世話係にしてもらったからといって、図々しく距離を詰めたりはしない。でも、お世話係として菅野の役に立ちたいし、その結果喋る機会が増えるのは、正直嬉しい。
「神崎くん、ありがとう」
爽やかな笑みを浮かべた菅野が、俺の手からするりとペットボトルを受け取る。
「休憩が終わったら試合形式の練習なんだ。よかったら見ていってくれない? 俺、神崎くんが見ててくれたら、いつもより頑張れそう」
「……っ!?」
いきなり出てきた少女漫画みたいな台詞に驚く。
さすがに、推しにこんなことを言われたら平静を保ってはいられない。
い、いやでも、ここで俺が騒いだら、せっかく友達だって言ってくれた菅野に悪いだろ……っ!
必死に唇を噛んでにやけるのを堪える。俯きながら、絞り出すようにして返事をした。
「……ちゃ、ちゃんと見てるから、頑張れ」
うん。なんとかなったはずだ。
「ありがと、神崎くん」
いつもより甘い声に、俺はもう倒れそうだった。
◆
「うーん。今日はなに食べようかなあ」
食券機の前で悩んだ後、菅野は肉うどんを選択した。ちなみに、俺は弁当だ。
俺は週に三回は学食や購買で、周に二回は弁当が基本スタイル。パート勤めの母親が、仕事がない日に弁当を作ってくれるからである。
菅野って、毎日学食だよな。俺と一緒に飯食うようになるまでは、購買とかコンビニの日もあったけど、弁当を持ってきてるところは見たことない。
「神崎くん? そんなにじーっと俺のこと見てどうかした? もしかして見惚れてた?」
「はっ、はあっ!? ち、違うから! いくら菅野がイケメンだからって、見惚れたりしないし!」
「はは、ありがと。神崎くんも俺のこと、イケメンだと思ってくれてるんだ」
「そ、そりゃあ、常識的に考えて……」
お前がイケメンじゃなかったら、この世界で誰がイケメンなんだよ! と怒鳴りたい衝動を抑え、顔を背ける。
「で、じゃあなんで、俺のことじっと見てたの?」
「えーっと、その……菅野、いつも学食だなって、その、思って……」
弁当を持ってこないのは、きっと両親が忙しいからだ。分かっているのに口にするのは気が引けたけれど、つい言ってしまった。
オタクは身の程をわきまえるべきだって分かってるのに、菅野のことが知りたくてしょうがないのかもしれない。
「あー、まあね。うちの両親共働きで、しかもどっちも忙しくてさ。だから、手料理なんて何年も食べてないかも」
「えっ、夕飯は?」
驚いて、つい身を乗り出してしまう。
「基本、お弁当。宅配サービスがあるんだよ。栄養バランスのいいお弁当を届けてくれるやつ。不味いってわけじゃないけど……ちょっと薄味なんだよね、健康志向でさ」
菅野が、少し寂しそうな顔をしている気がした。
栄養バランスのいい弁当を毎日ちゃんと用意してくれるのだから、きっと菅野の両親はしっかりとした人なのだろう。
けれどそれと、菅野が寂しくないことは別問題なわけで。
「……たまには俺も、誰かの手料理食べてみたいなって思うよ」
切なげにそんなことを呟かれたら、俺は黙っていられなかった。
「俺! 俺でよかったら明日、弁当作ってくるけど……」
「本当? 神崎くん、料理できるの?」
「たまに母親の手伝いで料理とかするし、余裕だから」
嘘だ。俺は家庭科の授業以外で料理なんてしたことない。
でも、菅野に手料理を食べてほしいと思った。上手く作れないかもしれないのに。
「神崎くん、ありがとう。めちゃくちゃ楽しみにしてるね!」
無邪気に笑う菅野のためなら、俺はなんだってやってやりたいと思ってしまうらしい。
どくん、と胸が高鳴る。その瞬間、俺の中に一つの疑問が生まれた。
――これって、ちゃんと『オタクとしての好き』なんだよな?
菅野の顔が好きで、気づけば見惚れてしまって、俺は自他共に認める隠れ菅野オタクになった。
でも今、世話係として菅野と一緒に時間を過ごすようになって、菅野のことを前よりも知って、俺はどんどん菅野を好きになっている気がする。
「神崎くんのおかげで俺、明日がめっちゃ楽しみ!」
他のクラスメートや女子達に囲まれている時の笑い方と、俺といる時の笑い方は少し違う。
菅野は、俺の前では子供みたいに無邪気な顔で笑ってくれるようになった。
その顔が一番好きだ……と思ってしまう俺は、ただのオタクを超えようとしてしまっているのではないだろうか。
部活の休憩中。スポーツドリンクを持って現れた俺を見て、菅野は目を丸くした。
「神崎くん? なんで?」
「お世話係なんだろ。俺を理由に部活の差し入れも断ってたんだから、俺が差し入れ持っていってないと不自然じゃん」
「……あ」
しまった、みたいな顔をして菅野が大きく目を開いた。驚いた顔も当たり前のように格好良くて、なんでもないふりをしながら必死に目に焼き付けておく。
「ごめん。確かにそうだった。神崎くんにそこまで迷惑かけるつもりなかったのに」
「別に。俺、どうせ放課後は図書室で勉強してるから。休憩がてら、自分のジュース買うついでだし」
完全に嘘だ。俺は毎日図書室で勉強して帰るほど真面目じゃない。
ただ、高校二年生になってこれからはちゃんと勉強をしなくてはと思っていたから、いいタイミングではあった。
――なんて嘘で、ただ、菅野と話す機会を増やしたかっただけなんだけど。
お世話係にしてもらったからといって、図々しく距離を詰めたりはしない。でも、お世話係として菅野の役に立ちたいし、その結果喋る機会が増えるのは、正直嬉しい。
「神崎くん、ありがとう」
爽やかな笑みを浮かべた菅野が、俺の手からするりとペットボトルを受け取る。
「休憩が終わったら試合形式の練習なんだ。よかったら見ていってくれない? 俺、神崎くんが見ててくれたら、いつもより頑張れそう」
「……っ!?」
いきなり出てきた少女漫画みたいな台詞に驚く。
さすがに、推しにこんなことを言われたら平静を保ってはいられない。
い、いやでも、ここで俺が騒いだら、せっかく友達だって言ってくれた菅野に悪いだろ……っ!
必死に唇を噛んでにやけるのを堪える。俯きながら、絞り出すようにして返事をした。
「……ちゃ、ちゃんと見てるから、頑張れ」
うん。なんとかなったはずだ。
「ありがと、神崎くん」
いつもより甘い声に、俺はもう倒れそうだった。
◆
「うーん。今日はなに食べようかなあ」
食券機の前で悩んだ後、菅野は肉うどんを選択した。ちなみに、俺は弁当だ。
俺は週に三回は学食や購買で、周に二回は弁当が基本スタイル。パート勤めの母親が、仕事がない日に弁当を作ってくれるからである。
菅野って、毎日学食だよな。俺と一緒に飯食うようになるまでは、購買とかコンビニの日もあったけど、弁当を持ってきてるところは見たことない。
「神崎くん? そんなにじーっと俺のこと見てどうかした? もしかして見惚れてた?」
「はっ、はあっ!? ち、違うから! いくら菅野がイケメンだからって、見惚れたりしないし!」
「はは、ありがと。神崎くんも俺のこと、イケメンだと思ってくれてるんだ」
「そ、そりゃあ、常識的に考えて……」
お前がイケメンじゃなかったら、この世界で誰がイケメンなんだよ! と怒鳴りたい衝動を抑え、顔を背ける。
「で、じゃあなんで、俺のことじっと見てたの?」
「えーっと、その……菅野、いつも学食だなって、その、思って……」
弁当を持ってこないのは、きっと両親が忙しいからだ。分かっているのに口にするのは気が引けたけれど、つい言ってしまった。
オタクは身の程をわきまえるべきだって分かってるのに、菅野のことが知りたくてしょうがないのかもしれない。
「あー、まあね。うちの両親共働きで、しかもどっちも忙しくてさ。だから、手料理なんて何年も食べてないかも」
「えっ、夕飯は?」
驚いて、つい身を乗り出してしまう。
「基本、お弁当。宅配サービスがあるんだよ。栄養バランスのいいお弁当を届けてくれるやつ。不味いってわけじゃないけど……ちょっと薄味なんだよね、健康志向でさ」
菅野が、少し寂しそうな顔をしている気がした。
栄養バランスのいい弁当を毎日ちゃんと用意してくれるのだから、きっと菅野の両親はしっかりとした人なのだろう。
けれどそれと、菅野が寂しくないことは別問題なわけで。
「……たまには俺も、誰かの手料理食べてみたいなって思うよ」
切なげにそんなことを呟かれたら、俺は黙っていられなかった。
「俺! 俺でよかったら明日、弁当作ってくるけど……」
「本当? 神崎くん、料理できるの?」
「たまに母親の手伝いで料理とかするし、余裕だから」
嘘だ。俺は家庭科の授業以外で料理なんてしたことない。
でも、菅野に手料理を食べてほしいと思った。上手く作れないかもしれないのに。
「神崎くん、ありがとう。めちゃくちゃ楽しみにしてるね!」
無邪気に笑う菅野のためなら、俺はなんだってやってやりたいと思ってしまうらしい。
どくん、と胸が高鳴る。その瞬間、俺の中に一つの疑問が生まれた。
――これって、ちゃんと『オタクとしての好き』なんだよな?
菅野の顔が好きで、気づけば見惚れてしまって、俺は自他共に認める隠れ菅野オタクになった。
でも今、世話係として菅野と一緒に時間を過ごすようになって、菅野のことを前よりも知って、俺はどんどん菅野を好きになっている気がする。
「神崎くんのおかげで俺、明日がめっちゃ楽しみ!」
他のクラスメートや女子達に囲まれている時の笑い方と、俺といる時の笑い方は少し違う。
菅野は、俺の前では子供みたいに無邪気な顔で笑ってくれるようになった。
その顔が一番好きだ……と思ってしまう俺は、ただのオタクを超えようとしてしまっているのではないだろうか。



