「……つまり、女子達がやたらと菅野を世話しようとしてきて大変だから、俺に『お世話係』を押しつけて、女子達から逃げたい、って話なわけか」
強引に菅野に連行された俺は、『お世話係』についての説明を受けた。
どうやら菅野は度重なる女子からのアプローチを厄介に思っており、自分に興味がなさそうな俺に『お世話係』を頼もうと考えたらしい。
「そう。あ、でも実際に神崎くんにいろいろやってもらおうってわけじゃなくて。女子達の前でだけ、お世話係って認めてくれればいいだけっていうか」
「……なるほど」
理屈は分かった。だが問題がある。
俺、実は女子達の誰にも負けないくらい菅野のオタクだからな!?
「だめかな? お礼もしようと思ってるよ」
「お礼?」
「うん。お礼っていうか、バイト代? 的な」
「はあ? 金なんて受け取れないって!」
むしろ俺が払う側だろ! 今だって推しとこんなに会話してるんだから!
「でも、神崎くんに悪いでしょ?」
申し訳なさそうな顔で菅野が俺の顔を覗き込んでくる。眉が少し下がった困り顔をしていて、見たことのない表情に胸が高鳴った。
俺の推し、顔が良すぎる。
「……あっ、えー、そ、そうだ! ほら、俺らクラスメートだろ。困ってるんだったら普通に助けるし……そ、そう! あくまでクラスメートとして! 当然っていうか!」
「いいの?」
「もっ、もちろん!」
「ありがとう。でも俺、クラスメートだから、っていうのはちょっと寂しいかな」
「え?」
ぎゅ、といきなり菅野が俺の手を握った。
いきなりの接触に悲鳴を上げそうになってしまい、全力で歯を食いしばって耐える。
「友達だから、って言ってほしい。だめかな、神崎くん?」
「だっ、だだ、だめ、じゃ、ないです……」
「なんで急に敬語なの?」
「い、いや! その! 陰キャで友達とかほとんどいないから驚いただけ!」
しまった。菅野が推しだという事実を隠そうとして、友達がいないつまらない奴だということを口にしてしまった。
……まあ、そんなのバレてるか。クラスメートだし。
「よかった。これからよろしくね、神崎くん!」
ああ、神様。
推しの笑顔が眩しくて、俺は今日も幸せです。
◆
「菅野くん、今日のお昼はどうするの!? よかったら学食で一緒に食べない?」
「私が買ってきたお弁当は? 好きなのがあるかと思って、三種類買ってきたの!」
「今から一緒にコンビニ行かない!?」
翌日。今日も昼休みに入るなり、女子達はあの手この手で菅野を昼食に誘おうとしていた。
いつもなら黙って見ていただけだが、今日からは違う。なにせ、俺は菅野から『お世話係』を頼まれたのだ。
ただのオタクには荷が重すぎるし、出しゃばりすぎだとは分かっている。
しかし推しから頼まれた以上、全力で仕事を全うするのもまた、オタクの務め。
「菅野。学食行くぞ」
立ち上がって声をかける。声が震えなかったのは、昨晩風呂上がりに100回ほど脳内シミュレーションを行ったおかげだ。
いきなり俺が菅野に声をかけたことで、女子達はぽかんとしている。しかし菅野は、笑顔で席を立った。
「うん! 行こっ、神崎くん!」
爽やかな笑みを浮かべつつ、明るい声で言うと、菅野はいきなり俺の腕をとった。
「ちょ、ちょま、こ、こんなのシミュレーションしてない……っ!」
「シミュレーション?」
「な、なんでもない……」
せめて女子達に動揺を悟られぬよう、とりあえず俯いて顔を隠した。
100回のシミュレーションも、本物の菅野を前にすると役立たずになってしまうのかもしれない。
「ごめんね、みんな。俺、今日から昼休みは神崎くんと一緒にご飯食べることにしたから、みんなとは食べられないんだ」
菅野がそう言うと、女子達からめちゃくちゃ睨まれた。
「あと、部活の差し入れとかも受け取れないかも」
えっ!? と女子達が大声で驚く。
「専属お世話係の神崎くんが、全部面倒見てくれることになったから」
女子達の悲鳴を背に、俺は菅野に連れられて教室を出た。がっつり手を掴まれているから、廊下を歩くたびに他クラスの女子達も悲鳴を上げる。
今まで、菅野が特定の誰かと親しくしていたことはない。だから、相手が男の俺であっても、みんなからすれば大事件なのだろう。
「神崎くん、ありがとう。神崎くんのおかげで、久しぶりにゆっくりお昼ご飯を食べられそう」
耳元で菅野が囁いた。耳に残る低音の甘い声。俺の推しは声まで完璧なのだ。
「……べっ、別に。俺からすれば、友達と飯食うだけだし」
「ありがとう、神崎くん!」
ああ、一生守りたい、この笑顔。
菅野の笑顔を守られるなら、どれだけ女子に睨まれようが構わない。お世話係として、精一杯菅野の平穏な学校生活を守ってやろう。
◆
食堂に到着すると、菅野は食券機の前で立ち止まった。
「ねえ、神崎くん。A定食とB定食頼んで、半分こしない?」
定食メニューは日替わりで内容が変わり、基本的にA定食が肉系、B定食が魚系だ。今日はA定食がチキン南蛮で、B定食が鯖の味噌煮らしい。
「……いいけど」
「やったー! いつも結構迷ってて、半分こしてくれる友達がいたらいいなと思ってたんだよね」
「……そ、それはよかった」
「だから、一緒にいてくれてありがとう、神崎くん」
いきなり菅野が俺の手を握った。
こいつ、あまりにも距離が近すぎないか!?
「……別に」
不愛想でよくないと思いつつも、そう答えるのが精一杯だった。
お世話係としての生活は始まったばかりなのに、俺の心臓は既に爆発寸前である。
深呼吸をしてそっと菅野の横顔を盗み見る。あまりにも嬉しそうに食券ボタンを押していて、その無邪気な笑顔に俺の鼓動はまた加速したのだった。
強引に菅野に連行された俺は、『お世話係』についての説明を受けた。
どうやら菅野は度重なる女子からのアプローチを厄介に思っており、自分に興味がなさそうな俺に『お世話係』を頼もうと考えたらしい。
「そう。あ、でも実際に神崎くんにいろいろやってもらおうってわけじゃなくて。女子達の前でだけ、お世話係って認めてくれればいいだけっていうか」
「……なるほど」
理屈は分かった。だが問題がある。
俺、実は女子達の誰にも負けないくらい菅野のオタクだからな!?
「だめかな? お礼もしようと思ってるよ」
「お礼?」
「うん。お礼っていうか、バイト代? 的な」
「はあ? 金なんて受け取れないって!」
むしろ俺が払う側だろ! 今だって推しとこんなに会話してるんだから!
「でも、神崎くんに悪いでしょ?」
申し訳なさそうな顔で菅野が俺の顔を覗き込んでくる。眉が少し下がった困り顔をしていて、見たことのない表情に胸が高鳴った。
俺の推し、顔が良すぎる。
「……あっ、えー、そ、そうだ! ほら、俺らクラスメートだろ。困ってるんだったら普通に助けるし……そ、そう! あくまでクラスメートとして! 当然っていうか!」
「いいの?」
「もっ、もちろん!」
「ありがとう。でも俺、クラスメートだから、っていうのはちょっと寂しいかな」
「え?」
ぎゅ、といきなり菅野が俺の手を握った。
いきなりの接触に悲鳴を上げそうになってしまい、全力で歯を食いしばって耐える。
「友達だから、って言ってほしい。だめかな、神崎くん?」
「だっ、だだ、だめ、じゃ、ないです……」
「なんで急に敬語なの?」
「い、いや! その! 陰キャで友達とかほとんどいないから驚いただけ!」
しまった。菅野が推しだという事実を隠そうとして、友達がいないつまらない奴だということを口にしてしまった。
……まあ、そんなのバレてるか。クラスメートだし。
「よかった。これからよろしくね、神崎くん!」
ああ、神様。
推しの笑顔が眩しくて、俺は今日も幸せです。
◆
「菅野くん、今日のお昼はどうするの!? よかったら学食で一緒に食べない?」
「私が買ってきたお弁当は? 好きなのがあるかと思って、三種類買ってきたの!」
「今から一緒にコンビニ行かない!?」
翌日。今日も昼休みに入るなり、女子達はあの手この手で菅野を昼食に誘おうとしていた。
いつもなら黙って見ていただけだが、今日からは違う。なにせ、俺は菅野から『お世話係』を頼まれたのだ。
ただのオタクには荷が重すぎるし、出しゃばりすぎだとは分かっている。
しかし推しから頼まれた以上、全力で仕事を全うするのもまた、オタクの務め。
「菅野。学食行くぞ」
立ち上がって声をかける。声が震えなかったのは、昨晩風呂上がりに100回ほど脳内シミュレーションを行ったおかげだ。
いきなり俺が菅野に声をかけたことで、女子達はぽかんとしている。しかし菅野は、笑顔で席を立った。
「うん! 行こっ、神崎くん!」
爽やかな笑みを浮かべつつ、明るい声で言うと、菅野はいきなり俺の腕をとった。
「ちょ、ちょま、こ、こんなのシミュレーションしてない……っ!」
「シミュレーション?」
「な、なんでもない……」
せめて女子達に動揺を悟られぬよう、とりあえず俯いて顔を隠した。
100回のシミュレーションも、本物の菅野を前にすると役立たずになってしまうのかもしれない。
「ごめんね、みんな。俺、今日から昼休みは神崎くんと一緒にご飯食べることにしたから、みんなとは食べられないんだ」
菅野がそう言うと、女子達からめちゃくちゃ睨まれた。
「あと、部活の差し入れとかも受け取れないかも」
えっ!? と女子達が大声で驚く。
「専属お世話係の神崎くんが、全部面倒見てくれることになったから」
女子達の悲鳴を背に、俺は菅野に連れられて教室を出た。がっつり手を掴まれているから、廊下を歩くたびに他クラスの女子達も悲鳴を上げる。
今まで、菅野が特定の誰かと親しくしていたことはない。だから、相手が男の俺であっても、みんなからすれば大事件なのだろう。
「神崎くん、ありがとう。神崎くんのおかげで、久しぶりにゆっくりお昼ご飯を食べられそう」
耳元で菅野が囁いた。耳に残る低音の甘い声。俺の推しは声まで完璧なのだ。
「……べっ、別に。俺からすれば、友達と飯食うだけだし」
「ありがとう、神崎くん!」
ああ、一生守りたい、この笑顔。
菅野の笑顔を守られるなら、どれだけ女子に睨まれようが構わない。お世話係として、精一杯菅野の平穏な学校生活を守ってやろう。
◆
食堂に到着すると、菅野は食券機の前で立ち止まった。
「ねえ、神崎くん。A定食とB定食頼んで、半分こしない?」
定食メニューは日替わりで内容が変わり、基本的にA定食が肉系、B定食が魚系だ。今日はA定食がチキン南蛮で、B定食が鯖の味噌煮らしい。
「……いいけど」
「やったー! いつも結構迷ってて、半分こしてくれる友達がいたらいいなと思ってたんだよね」
「……そ、それはよかった」
「だから、一緒にいてくれてありがとう、神崎くん」
いきなり菅野が俺の手を握った。
こいつ、あまりにも距離が近すぎないか!?
「……別に」
不愛想でよくないと思いつつも、そう答えるのが精一杯だった。
お世話係としての生活は始まったばかりなのに、俺の心臓は既に爆発寸前である。
深呼吸をしてそっと菅野の横顔を盗み見る。あまりにも嬉しそうに食券ボタンを押していて、その無邪気な笑顔に俺の鼓動はまた加速したのだった。



