僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

37
 すべての競技が終わり、少しの休憩を挟んで、いよいよ閉幕パフォーマンスが始まった。

 ダンスも歌も演劇もちょうどよく、祭りの終わりが近づく寂しさの中でも、最後までみんなが一緒にいてくれるような時間だった。

 ……なのに、なんで風(かぜ)がまたエレキギターを背負ってステージに上がるんだよ。
 最後の演目がバンド演奏なのは聞いていたけど、ボーカルが風だなんて一度も聞いてないぞ!
 
 さっきのブザービーターもあって、風(かぜ)はますます人気者になっていた。
 歓声のほとんどが、もう彼一人に向けられている。

 歌ったのは、『NARUTO -ナルト- 疾風伝』の主題歌「シルエット」だった。

 ……この曲、普通にキー高いだろ。

「大事にしたいもの持って大人になるんだ
 どんな時も離さずに守り続けよう
 そしたらいつの日にか
 なにもかもを笑えるさ
 ひらりとひらりと舞ってる
 木の葉が飛んでゆく」

「WO-OH! WO-OH! WO-OH!」

 歌い終えた瞬間、会場はまた大きな拍手と歓声に包まれた。

「ありがとうございましたー!」

 風(かぜ)がステージを降りようとした時、あちこちから声が上がる。
「アンコール!アンコール!アンコール!」

 その波はすぐに会場全体へ広がった。
 風(かぜ)は横にいた伊藤委員長のほうを見て、ヘッドマイク越しに何か相談していた。
 少しして、伊藤委員長が小さくうなずいた。

「さっき、伊藤委員長から許可をもらいましたー!みんな、まずは伊藤委員長にも歓声をあげようか!」
「おおおおおおお!」

 巻き込まれた伊藤委員長は、苦笑しながら手を振っていた。

「ただし、さっきのメンバーは僕のために特別に出演してくれた人たちなので、もう一曲やるならギャラが必要です。なので今から、新しい即席バンドを組みます。そのために、友達ひとりの力を借ります。」

「1年D組の―羽冬(はねふゆ)夜(よる)良(ら)くん!」

 ......?

 その瞬間、周りの人たちが一斉に僕を避け、妙に目立つ空間ができた。
 事情をまだ分かっていないまま隣に立っていた紫(ゆかり)木(き)と僕だけが、やけに目立つことになった。
 その状況に気づいた紫木は、すぐに僕の前にいた小山の隣へ逃げていった。

 おい、風仙(かぜせん)よ。
 僕、決勝の敗北者だぞ!なにをするつもりだよ!

「まず前に来てー!」

 ほんと、殴りたい。
 僕とステージのあいだにいた紫木や小山たちも、妙に行儀よく道を開けてくれる。

「羽冬……」

 歩き出したところで、紫木が小さく僕を呼んだ。
 少しだけ視線を向けて、苦笑った。

「また面倒なことに巻き込まれたな。まったく。」
「頑張って!羽冬ならきっと大丈夫!」

 言ったあとで声が大きすぎたと気づいたのか、紫木は慌てて口を押さえた。
 
 ちょうど近くにはクラスメイトばかりいる。僕と紫木がこういう距離感なのは、もう慣れているはずだ。
 別のクラスの人に見られたら、また騒ぎになりそうだけど。
 
 相変わらず、ちょっと抜けてるんだよな。
 
 急ぎ足でステージの裏へ回ると、ヘッドマイクを外した風(かぜ)が待っていた。

「で、今度は何をさせたいんですか。」

 風(かぜ)はいつもの自信満々な笑みを浮かべた。

「人集めてくれ。キーボード、ドラム、ベースを一人ずつ。あと、君は僕と一緒に歌って。」

「は?僕が歌えるって知ってるんですか?」

 自慢じゃないけど、僕は自分の音痴さには自信がある。

「まあまあ、そのへんはあとで。とりあえず人、探せる?」
「いや……友達少ないから……見つかるか分からないぞ。」

 言いながら、頭の中に薄い交友関係の名簿をめくり始める。

「ヨル。」

 その時、夢ちゃんがこっちへ駆け寄ってきた。
 少し息が上がっている。たぶん走ってきたんだろう。
 彼女はゆっくり僕の隣まで来たあと、ツネとヒロがようやく遅れてやって来た。

 さっきまで三人は人混みの中に入るのを避けて別行動していたが、どうやら近くで最後の演目は見ていたらしい。

「何か手伝える?」

 夢ちゃんがそう言うと、風(かぜ)はすぐに反応した。

「いいね。お嬢さんは見るからに音楽やってそうです。見た目は――」

「駄目です。彼女は駄目。」

 必要な楽器を思った瞬間、中二の十一月、夢ちゃんが泣きすぎて声も出ないほど掠れた声で打ち明けた言葉が脳裏をよぎり、僕は反射的に遮っていた。

 僕に断られた夢ちゃんは、一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべる。
 ヒロとツネも少し遅れて状況を察したようだった。

「ヨルのためなら、大丈夫だ。」

 ああ。
 なんと優しい。いつもそうだ。
 でも、次の瞬間に、別の方法を思いついた。

「夢ちゃん、たしか今、ドラムをやってるよな?」
「え?うん。」
「じゃあドラムは彼女で。」
「お、いいじゃん。」

 風(かぜ)は、人さえそろえば細かい事情はどうでもいいらしい。
 次に、キーボードを頼むため、望月にLINEで電話をかけた。

「えっ、羽冬、なんで知ってるの?」
「自己紹介でピアノ弾けるって言ってただろ。」
「……あ。」

 一拍置いてから、望月が笑う。

「そうだね。私も忘れてた。いいよ、今すぐ行くよ。」

 残るはベースか……候補はいるけど、あの女が今どこにいるか分からない。

「ヨル?どうしたの?まだ学校にいるでしょう?」

 家にいるらしい。たぶんもう買い物からは戻ってた。

「姉さん、今からベースを持って学校に来られる?手伝ってほしいんだ。」

 電話の向こうで、ほんの一瞬だけ沈黙が落ちる。

「かなり急ぎっぽいね。」
「まあ、うん。」
「いいよ~姉さんはこんなに優しいからね。まだ化粧を落としてないこと、ありがたく思いなよ。で、何の曲?今から出るから、スピーカーにして相談しよう。」

 通話をスピーカーに切り替えたところで、ちょうど望月も駆け込んできた。

「よし、これで現場のメンバーはそろったな。」
 風が満足そうに手を打つ。

「みんな、先輩の無茶ぶりに付き合ってるだけだ。よく伊藤先輩が許しました。」

「伊藤が僕に借りがあるからだよ。じゃなきゃ、なんで野球部のキャプテンが在校生代表なんてやると思う?まあ、学年一位だからって理由でも不自然ではないけど。」

「じゃあ曲決めるよ。野球部関係者が三人もいるし、たぶんそっちのお嬢さんと羽冬さんに聞けば通じるはず。『心絵』って分かります?」

 電話の向こうで、姉さんがすぐ反応する。

「『メジャー』の?『タンタンタンタンタンタンタン』って、こんな感じ?」
 最初のメロディを口で確認してくる。

「それです。」
「超好き!全然いけますよ~」
「お嬢さんは?」

 風(かぜ)が夢ちゃんに向き直った。

「聴いたことあります。今、もう一回確認できれば大丈夫です。完璧に同じようにはできませんけど。」
「え?その声、夢ちゃん?」

 電話越しに姉さんが反応した。

「あ、悠(ゆ)月姉(づきねえ)!私です!」

 うん、やっぱりその呼び方のほうが自然だ。

「よし、時間がないから、姉さん、早く来てよ。」
「はい~」

 通話を切って、僕は改めて望月を見た。

「望月も、いけるか?」
「もちろん。私、羽冬に『メジャー大好き』って言ったでしょ?」

 ようやく風(かぜ)の残した面倒ごとを片づけて、僕は深く息をついた。

「じゃあ、先に行くよ。」
「待って。どこ行くの?」

 風(かぜ)が引き止める。スマホで「心絵」を確認していた夢ちゃんまで、ぴたりと動きを止めた。

「いや、この曲って合唱曲じゃないだろ? 先輩一人でいいじゃないですか。そもそも、なんで急に僕を巻き込むんですか?」

 そう言うと、風は少しだけふざけた色を消した。

「負けて落ち込んでる後輩を、少しくらい元気づけたいって思っても悪くないだろ?」

 ステージ裏の空気が一瞬固まった。

「先輩......そういうキャラなんですか。」
「まあ、そういうことにしといてよ。ほら、早くパート決めよう。」

 その一言だけで、さっきまで抱いていた風(かぜ)への不満は消えてしまった。
 言葉の力って、本当に不思議だ。

「だから本当に音を外すって。」
「大丈夫だよ、ヨル。」

 いや、夢ちゃん。君がそう言うと余計にややこしい。

「そうだろ。この曲カラオケで毎回歌うじゃん。わりと上手いし。」
「いけるいける、お前なら何とかなるって。」

 ヒロとツネまで横から乗っかってくる。

 はあ……なんで高校入ってまだ一か月ちょっとなのに、こんなに何度も前線へ押し出されてるんだ。

「最初のキーをください。」
「よし。」

 その時、姉さんの声を聞いた。

「はい~お待たせ~!」

 姉さんが到着し、伊藤委員長にも確認が取れると、僕らの即席バンドは正式にステージへ上がった。
 歓声が落ち着くと、夢ちゃんがドラムでカウントを入れる。
 目を閉じて深く息を吸い、それから目を開いた。

「描いた夢と ここにある今
 二つの景色 見比べても
 形を変えて ここにあるのは
 確かな一つのもの」

 演奏しながら、音楽に数えきれないほどの時間と心血を注いできた彼らを、心の底からすごいと思った。
 初めて合わせたはずなのに、曲への慣れと鋭い耳だけで、事前に合わせていないとは思えないほど息が合っている。
 僕はただ、必死に音を外さないようついていくだけで精一杯だ。

 それでも歌ううちに、少しずつ認めざるを得なくなる。
 あの負け方は悔しい。すごく悔しい。

 でも、自分で言っていたように、これはただの体育祭だ。
 これもまた、僕たちの青春なんだ。

 こんな形でパンドラ祭を締めくくれるのは、悪くない。

 ただ、これはみんなにとっての句点にすぎない。
 僕には、このあと向き合わなければならないことがまだ一つある。

「我がゆくえ 迷いながらも
 描きかけの今
 刻む 証 この手で」