僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

35
 午後1時20分。

 決勝のバスケットコートの周りには、すでにかなりの観客が集まっていた。
 ほかの二つの決勝より、どう見ても僕たちの試合がいちばん人が多い。

「あっ、いた!ヨルー!」

 ウォームアップ中、夢ちゃんの声が飛んできた。
 夢ちゃん、ツネ、ヒロの三人がそろっているのを見て、今日は清水は来ないのだと分かる。

 ほかにも、高木や他のメンバーを呼ぶ声があちこちから聞こえてきた。
 見覚えのない顔まで名前を叫んでいるあたり、みんなそれぞれ友達を呼んでいたらしい。
 
 自分の学校の行事でもないのに、二日連続で来てくれるなんて、なかなかの付き合いだ。

 試合前、コートの周りを見渡してみる。

 1年D組側には、紫(ゆかり)木(き)、小山、友子先生、D組のクラスメイトたち、それに夢ちゃんたちや他のメンバーの友人たち。
 2年A組側には、野球部の秋本先輩と矢野先輩、そして少し離れた場所に加藤の姿も見えた。

 コートの向こうには、各学年の生徒が思い思いに集まっていて、野球部の部員たちもほとんどがこっちへ来ていた。

「高木!やっちゃえ!」
「風(かぜ)!頼んだぞー!」
「望月ちゃん頑張れー!」
「羽冬(はねふゆ)くん!」
「高木、先輩の上から叩き込め!!」
「望月さん!」
「風(かぜ)!二連覇だ!」
「高木!風(かぜ)に見せつけろ!」
「望月、ユニフォーム可愛い!」

 望月への声援、僕より多い……

 ちなみに、僕たちがちゃんとしたユニフォームを着ているのは、高木が入学直後に作ろうと言い出したからだ。
 あの時は予選で負けたらどうするんだと思ったが、ここまで勝ち上がっただけでも十分元は取れている。

 青いユニフォームの胸には「Dragons」。D組らしくて悪くない。
 半袖の上にユニフォームを重ねているほかの女子と違って、望月はスポーツインナーの上にそのままユニフォームを着ていて、肩まわりがすっきり見えた。
 
 可愛すぎ!ま、まさにハニートラップだ!
 まあ、その策にはまったのは、同じチームの僕だけだ……

 2年A組のほうは、赤いユニフォームの胸には「Astronauts」。

「ピーッ!」

 笛が鳴り、試合開始。

 ジャンプボールは2-Aのものになり、僕はすぐ風(かぜ)に張りついた。

 僕らの作戦は、辛うじて風(かぜ)のスピードについていける僕がマンツーマンで風(かぜ)を追い続け、残り四人がスリーラインの内側で四角く守る、いわゆる「ボックス・アンド・ワン」を使っていた。

 しかも、風(かぜ)は実質、右手しか使わない。
 だから高木には、風(かぜ)が右へ切り込んできた時に真っ先に塞げる位置へ寄ってもらい、僕が抜かれてもすぐヘルプに入れるようにしてある。

「ボックス・ワンか。賢いね、羽冬。バスケ部の連中でもこんな守り方はしないのに。」
 風(かぜ)が楽しそうに話しかけてくる。

「バスケ部は先輩に勝てないって認めたくないからな。」
 僕らはプライドがない。勝ちたいだけだ。

「でもさ、羽冬。」
「ん?会話で気を散らす作戦ですか?」
「バスケ部がこれをしない理由はもう一つある。」
「……?」

「僕をマークする人が、そもそも追いつけないから。」

「しまった!」

 その瞬間、風(かぜ)が一気に加速した。

 いや、そんな中二病みたいな台詞を吐きながら本当に飛び出すなよ!

 味方からボールを受け取った時には、もう風(かぜ)はスリーラインの中へ入っていた。
 そのまま一歩前へ運び、高木の前で中央へターンしながらシュートフェイク。
 高木が反応して跳んだ瞬間、風(かぜ)は平然とそのまま空いたスペースへ流れ込み、きっちり決めてきた。

「やられたな。」
 高木が言った。

「ゴメン。」
「いや、俺も釣られたし。最初からそう簡単に止められるとは思ってない。」

 ん?高木、これまでの試合ではもっと適当なテンションだったのに、今日は少しだけ本気度が高い気がする。

「ヨル!」
 コートの外から、ヒロの声が飛んだ。

「諦めるの早すぎ。さっきだって一回はついていけてただろ。悪い癖なんだよ、本当に。」

 うわ。まさかここでもヒロに怒られるとは。

 僕たちの作戦はある程度機能していて、2-Aの攻撃効率は明らかに落ちていた。
 第一クォーター終了時点で[14:18]。四点差で追う展開になる。

 ベンチに戻ると、みんなで自然に円になる。
 ヒロとツネも、いつの間にか控え組と普通に打ち解けていて、そのまま作戦会議の輪に入ってきた。

「35号、マジで速いな。」
 ツネが感心したように言ったあと、ヒロはすぐに僕を見た。

「ヨル、35号はたしかに俺より少し速い。でも左手使えないなら、怖がる必要はない。右しか行かないって分かってるなら、まず右を潰せ。」
「分かった。」

「それと、えっと……高木、だっけ?」
「よう。」

 ヒロ、完全にコーチみたいになってるな。さ、さすが天才バスケ少年。

「身長がお前の武器だ。ヘルプの時、早く飛びすぎ。リングとの間に入ることだけ意識して、35番の両足が完全に離れたのを見てから跳べばいい。あいつの身長はヨルと同じくらいだろ。後からでも十分間に合う。」
「了解。」

 ヒロがそこまで言い切ったところで、ちょうど二分のインターバルが終わる。

 第二クォーター。いよいよ望月のショータイムだ。

 2-Aには、背番号29号の女子バスケ部員がいる。
 当然、ここまで1試合平均15得点を挙げている望月とのマッチアップになった。
 身長はほとんど同じだが、体格は29号のほうががっしりしている。

 だが望月は左右どちらでもドリブルもレイアップもでき、ジャブステップも上手い。
 何度もきれいに抜いて得点していく。

 ヒロも、望月のプレーを見て一瞬言葉を失って、僕とツネに言った。

「……あいつ、男子だったら普通にお前ら二人より上だな。」

「うっ……」
「おい、それはさすがに認めたくねえ!」

 ツネだけは抵抗していた。

 ただ、望月も29号を止めきれない。
 結局、お互いに相手を止めきれず、点を取り合う展開になる。

 第二クォーターの途中、ヒロが再び声をかけた。

「ヨル。高木にはさっきもう言った。次、もしまた35番に一歩で抜かれたら、そのまま前に走れ。35号の攻撃が終わったら、高木がリバウンドでもスローインでも、すぐお前にロングパス入れるから。」
「分かった。」

 この先のオフェンスまで考えてくれて、やっぱりヒロを呼んで正解だった。

 その後、不意に背もたれが小さく揺れ、右耳の少し後ろから夢ちゃんの声がした。

「ヨル。」
「どうしたの?」

 夢ちゃんに振り返った。

「さっきずっと35号に抜かれてたけど、それでも必死なヨルはかっこよかったよ。」

 うっ、だからそういうまっすぐを投げるなよ、梧(ご)原(はら)夢(ゆめ)美(み)!今試合中だ!

 動揺を隠すため、適当に別のことを聞いた。

「ブレスレットって、ちゃんと預かってくれてるか?」
「持ってるよ~試合終わったら返してあげる。」

 そう言って夢ちゃんは僕の後ろにしゃがみ込んだ。
 その仕草が妙に可愛くて、少し見つめてしまう。
 夢ちゃんもそれに気づいたのか、じっとこっちを見返してくる。

 最後には、二人きりの時にだけ浮かぶ笑みを交わしていた。

 そこから視線をコートへ戻そうとした時、ふと紫木の姿が目に入った。
 選手たちにペットボトルの水を配りながら、少しずつこちらへ近づいてきていた。

「あ、ちょうどもう残りこれだけだったから。」

 僕の前で立ち止まり、手元の最後の一本を見て、「しれっと嘘をつく」という、いつの間に覚えた新しいスキルを発動した。

「おい。」
「なんてね。はい!頑張ってね。」

 実に晴れやかに笑っていた。
 後ろにいた夢ちゃんには気づいていただろうに、もうまったく見せなかった。

 第二クォーター終了前、望月がスリーラインの外から迷いなく放った一投。
 29号は完全に反応が遅れ、ブザーと同時に、ボールがきれいにリングを通った。

「うおおおおお!」

 第一クォーター終了時よりも、明らかに大きな歓声がコートを包む。
 スコアは[32:31]。
 
 望月が、本当にほとんど一人で試合をひっくり返してみせた……