31
階段を上がっている途中、二階で一人でいる夢ちゃんを見つけた。
「夢ちゃん。」
「あ、ヨル。」
「清水は?」
「うん……ちょっと気分悪いから、一人になりたいって。どこか行っちゃった。でも、たぶんそのうち戻ってくると思う。」
さっきから同じ場所をうろうろしていたように見える。
「一緒に回るか?一年の出し物、まだちゃんと見てないし。」
「うん!行く!」
大丈夫だとは思うが、今の僕はなぜか、さっきまで休んでいたはずの、そして今ごろは小山に無理やり店員服を着せられているであろう誰かのためにも、夢ちゃんをD組のほうへ近づけないほうがいい気がした。
そんな妙な考えを抱えたまま、僕は夢ちゃんを連れて三階へ向かった。
「清水には、ヒロが来るって言ってたのか?」
「言ったよ。でもその時は、『実際会っても他人のふりすればいいし』って言ってたの。まさかこんな空気になるとは思わなかった。」
僕とツネなんて、清水が来る可能性をヒロに一言も伝えていなかったけど。
「素直じゃないところは、あの二人ちょっと似てるよな。」
「そうね。」
夢ちゃんは少しだけ前を見たまま、柔らかく続けた。
「でも、みんなそうじゃない?自分が何を気にしてて、何が怖くて、何が嫌なのかって、時々、自分にすら素直に認められないことあるし。」
「そうなのか?」
返した途端、夢ちゃんはぱっと別の方向を見て声を上げた。
「あ、ヨル見て。あれ、ウケる格好。」
G組のお化け屋敷だった。そういえば、G組って――
「羽冬?」
そうだ、加藤はG組だ。メイクと衣装からして、たぶんヴァンパイア役らしい。
「加藤。お疲れ。」
「知り合い?」
「うん。この人も野球部のマネージャー。」
「こんにちは。」
加藤は僕らをじろじろと眺めた。
その視線が下から上に戻ってきた時、どうにも嫌な予感がした。
風みたいに、余計なことを言われる前に、さっさと料金を払って口を封じる。
「加藤、これ面白そうじゃん。夢ちゃん、入るか。」
「いいよ!」
「遊ぶの?」
どうやら加藤の意識は、すんなり客のほうへ移ったらしい。
「一応言っとくけど、外の見た目はふざけてるけど、中はかなり怖いよ。」
「大丈夫!ヨル、こういうの平気だから!」
いや待て。平気なのはジェットコースターであって、お化け屋敷の耐性まで勝手に追加するな。
「ヨル?」
どうやら僕の名前を忘れていたらしい。
「羽冬『夜』良。」
「ああ、なるほど!」
やっぱり加藤の目には、かっこいい風先輩しか映っていないらしい。
「平気ってことだから。みんな、この二人は特別丁寧にお願いね!」
「ちょ、待っ――」
「はい、どうぞ~」
バタン、と扉が閉まる。
中は、外と別世界だった。
教室の中は黒い布で複雑な通路が作られ、RPGのダンジョンみたいに、低く不気味なBGMが流れている。
明かりも薄暗いキャンドル程度で、全体としてかなり不穏だ。
しかも一度扉が閉まると、外の喧騒もほとんど聞こえない。
……うちの学校の教室、こんなに防音よかったのか?
「きゃああっ!」
前のほうで誰かが悲鳴を上げた。
「ヨ、ヨル……」
隣を見ると、夢ちゃんは少し怯えた様子で僕の後ろに寄ってきた。
怖いなら、さっき外であんな適当なこと言うなよ。
「腕、つかんでもいい?」
そう言った直後には、もう左手が僕の右腕に絡み、右手が袖をつかんでいた。
待て、ち、近すぎる。危険だろ、これ!もし今これを君の彼氏に見られたら殺されるんだ。
あ、でも……いい匂い……右腕には、平らに近い、かすかな柔らかさまで伝わってくる。
本当に細いな。少し力を入れただけで折れてしまいそうなくらいだ。
「行くか。」
そのまま進んでいく間、夢ちゃんは何かに驚かされるたび声を上げて、僕の腕を強く握った。
お化け屋敷の仕掛けなんて、正直ほとんど覚えていない。
意識の大半は夢ちゃんのほうへ持っていかれていた。
「お疲れさまでした!楽しんでいただけましたか!」
出口まで着くと、ゾンビ役の女子が扉を開けてくれる。
教室を出たあともしばらく、夢ちゃんは僕の腕から離れなかった。
「もう終わったぞ。」
少しだけ肘を動かした。
「あ、ごめん、ヨル。」
ここまで僕に触れることを嫌がらないとは、少し意外だった。
もっとも、これまでも何かにつけて、それとなく僕の反応を探っていたような気もする。
直近だと、ウォーターパークのスライダーに乗る時、「一緒に滑ろうよ?」なんて言ってきたのもそうだ。
友達の線を越えないように気をつけろ、梧原夢美!
「楽しかった?」
外にいた加藤が、わざわざ様子を見に来た。
楽しかった、か。
幼なじみに腕を抱え込まれながら最後まで歩いたって、まあ、たぶん楽しかったな。
返事に詰まっていると、加藤がまたあの妙な笑みを浮かべた。
「じゃあ次は、奏ね――」
「ああ、夢ちゃん。あっちの食べ物、なんか美味しそうじゃないか?行くか。」
「いいよ!」
風の悪影響でも受けたのか?女版の風かよ。勘弁してくれ。
そのあと、三階の四つクラスの出し物を一通り見終わった頃、夢ちゃんのスマホが鳴った。
「もしもし?……うん、今どこ?……うん。……うん。じゃあね。」
通話を終えて、こちらを見上げた。
「若希、もう大丈夫みたい。」
「一緒に行くか?」
「ううん。今は男に会いたくないって。特に、ヨルたち三人には。」
あ、嫌われたな。
「そっか。」
夢ちゃんは少し先に歩き出してから、ふと思い出したように振り返った。
「ヨル。」
金色の大きな目で、まっすぐ僕を見た。
「付き合ってくれてありがとう。」
うっ……可愛すぎる。
「ちゃんと一緒にいてやれよ。帰る時、電話かメッセージだけ入れといて。」
「は~い。」
ふと、さっきのお化け屋敷でのことを思い出す。
「今度、加藤に何かおごるか。」
階段を上がっている途中、二階で一人でいる夢ちゃんを見つけた。
「夢ちゃん。」
「あ、ヨル。」
「清水は?」
「うん……ちょっと気分悪いから、一人になりたいって。どこか行っちゃった。でも、たぶんそのうち戻ってくると思う。」
さっきから同じ場所をうろうろしていたように見える。
「一緒に回るか?一年の出し物、まだちゃんと見てないし。」
「うん!行く!」
大丈夫だとは思うが、今の僕はなぜか、さっきまで休んでいたはずの、そして今ごろは小山に無理やり店員服を着せられているであろう誰かのためにも、夢ちゃんをD組のほうへ近づけないほうがいい気がした。
そんな妙な考えを抱えたまま、僕は夢ちゃんを連れて三階へ向かった。
「清水には、ヒロが来るって言ってたのか?」
「言ったよ。でもその時は、『実際会っても他人のふりすればいいし』って言ってたの。まさかこんな空気になるとは思わなかった。」
僕とツネなんて、清水が来る可能性をヒロに一言も伝えていなかったけど。
「素直じゃないところは、あの二人ちょっと似てるよな。」
「そうね。」
夢ちゃんは少しだけ前を見たまま、柔らかく続けた。
「でも、みんなそうじゃない?自分が何を気にしてて、何が怖くて、何が嫌なのかって、時々、自分にすら素直に認められないことあるし。」
「そうなのか?」
返した途端、夢ちゃんはぱっと別の方向を見て声を上げた。
「あ、ヨル見て。あれ、ウケる格好。」
G組のお化け屋敷だった。そういえば、G組って――
「羽冬?」
そうだ、加藤はG組だ。メイクと衣装からして、たぶんヴァンパイア役らしい。
「加藤。お疲れ。」
「知り合い?」
「うん。この人も野球部のマネージャー。」
「こんにちは。」
加藤は僕らをじろじろと眺めた。
その視線が下から上に戻ってきた時、どうにも嫌な予感がした。
風みたいに、余計なことを言われる前に、さっさと料金を払って口を封じる。
「加藤、これ面白そうじゃん。夢ちゃん、入るか。」
「いいよ!」
「遊ぶの?」
どうやら加藤の意識は、すんなり客のほうへ移ったらしい。
「一応言っとくけど、外の見た目はふざけてるけど、中はかなり怖いよ。」
「大丈夫!ヨル、こういうの平気だから!」
いや待て。平気なのはジェットコースターであって、お化け屋敷の耐性まで勝手に追加するな。
「ヨル?」
どうやら僕の名前を忘れていたらしい。
「羽冬『夜』良。」
「ああ、なるほど!」
やっぱり加藤の目には、かっこいい風先輩しか映っていないらしい。
「平気ってことだから。みんな、この二人は特別丁寧にお願いね!」
「ちょ、待っ――」
「はい、どうぞ~」
バタン、と扉が閉まる。
中は、外と別世界だった。
教室の中は黒い布で複雑な通路が作られ、RPGのダンジョンみたいに、低く不気味なBGMが流れている。
明かりも薄暗いキャンドル程度で、全体としてかなり不穏だ。
しかも一度扉が閉まると、外の喧騒もほとんど聞こえない。
……うちの学校の教室、こんなに防音よかったのか?
「きゃああっ!」
前のほうで誰かが悲鳴を上げた。
「ヨ、ヨル……」
隣を見ると、夢ちゃんは少し怯えた様子で僕の後ろに寄ってきた。
怖いなら、さっき外であんな適当なこと言うなよ。
「腕、つかんでもいい?」
そう言った直後には、もう左手が僕の右腕に絡み、右手が袖をつかんでいた。
待て、ち、近すぎる。危険だろ、これ!もし今これを君の彼氏に見られたら殺されるんだ。
あ、でも……いい匂い……右腕には、平らに近い、かすかな柔らかさまで伝わってくる。
本当に細いな。少し力を入れただけで折れてしまいそうなくらいだ。
「行くか。」
そのまま進んでいく間、夢ちゃんは何かに驚かされるたび声を上げて、僕の腕を強く握った。
お化け屋敷の仕掛けなんて、正直ほとんど覚えていない。
意識の大半は夢ちゃんのほうへ持っていかれていた。
「お疲れさまでした!楽しんでいただけましたか!」
出口まで着くと、ゾンビ役の女子が扉を開けてくれる。
教室を出たあともしばらく、夢ちゃんは僕の腕から離れなかった。
「もう終わったぞ。」
少しだけ肘を動かした。
「あ、ごめん、ヨル。」
ここまで僕に触れることを嫌がらないとは、少し意外だった。
もっとも、これまでも何かにつけて、それとなく僕の反応を探っていたような気もする。
直近だと、ウォーターパークのスライダーに乗る時、「一緒に滑ろうよ?」なんて言ってきたのもそうだ。
友達の線を越えないように気をつけろ、梧原夢美!
「楽しかった?」
外にいた加藤が、わざわざ様子を見に来た。
楽しかった、か。
幼なじみに腕を抱え込まれながら最後まで歩いたって、まあ、たぶん楽しかったな。
返事に詰まっていると、加藤がまたあの妙な笑みを浮かべた。
「じゃあ次は、奏ね――」
「ああ、夢ちゃん。あっちの食べ物、なんか美味しそうじゃないか?行くか。」
「いいよ!」
風の悪影響でも受けたのか?女版の風かよ。勘弁してくれ。
そのあと、三階の四つクラスの出し物を一通り見終わった頃、夢ちゃんのスマホが鳴った。
「もしもし?……うん、今どこ?……うん。……うん。じゃあね。」
通話を終えて、こちらを見上げた。
「若希、もう大丈夫みたい。」
「一緒に行くか?」
「ううん。今は男に会いたくないって。特に、ヨルたち三人には。」
あ、嫌われたな。
「そっか。」
夢ちゃんは少し先に歩き出してから、ふと思い出したように振り返った。
「ヨル。」
金色の大きな目で、まっすぐ僕を見た。
「付き合ってくれてありがとう。」
うっ……可愛すぎる。
「ちゃんと一緒にいてやれよ。帰る時、電話かメッセージだけ入れといて。」
「は~い。」
ふと、さっきのお化け屋敷でのことを思い出す。
「今度、加藤に何かおごるか。」
