僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

30
 撮影の仕事を終えて次の組にカメラを渡したあと、僕と紫(ゆかり)木(き)は「揚げろ茶葉たち」へ戻った。
 思ったより、かなり並んでるな。意外と人気あるんだな。

 ちょうど今は、望月が入口で呼び込みをしていた。
 いや。望月、こういう店員姿が似合いすぎるだろ。この行列、かなりの割合で望月目当ての男子だろ。

「羽冬(はねふゆ)、紫木さん、おかえり!お疲れさま!みなさんすみません、この二人はうちのクラスの人なので、先に通しますね!」

 そう言うと、並んでいた男子たちが妙に素直に道を開けた。
 あ、ありがとうな。これ、本当に男ばっかりじゃないか。

「羽冬、私ちょっと疲れたから、先に奥で休んでくるね。」
「ああ、お疲れ。」

 紫木は普段、相手にしているのが教科書と問題集ばかりだ。
 ここ最近は人と話す機会が急激に増えていたし、そりゃ疲れるのも当然だろう。

 カーテンで仕切られた奥へ入っていく紫木を見送ってから店内を見回すと、ツネとヒロが座っていた。

 近づくなり、ヒロがすぐそう言った。

「お前、ここにいるって言ってたのに、さっきどこ行ってたんだよ。」
「いや、撮影の仕事終わったら戻るって言っただろ。11時ごろ戻るって言って、今11時7分。誤差みたいなもんだろ。」
「ん?そうだっけ、デブ?」
「ちょっと待って、俺もうダイエット始めてるんだけど。」

「見えない。」
 僕とヒロの返答がきれいに重なる。

「好きに言えよ、俺は構わん。」

 ああ、久しぶりのセリフ。

「そうだ。お前の姉、今日来るのか?」

 ヒロがそう聞いた瞬間、ツネまで急に目を見開いてこっちを見た。

「何する気だよ?」
「久しぶりに見たいじゃん。」

 ヒロが先に返事。

「なぜ?」
「姉はめっちゃ美人じゃん!」
「節度を覚えろ、ツネ。」

 姉さんの行動パターンを考えると――

「たぶんもう校内にはいると思う。あとでここ来るんじゃないか。」
「じゃあ、ここで待つ。」
「食べ終わったらさっさと出てけ。うちの営業を邪魔するな。」

 二人は僕の強引な要求に押され、渋々席を立った。

「望月、この二人追い出したから、次の客、すぐ中入れてやって。」

 望月にそう声をかけてから振り返った瞬間......

「あ。」

 夢ちゃんと清水......タイミングが悪すぎ......
 周囲は賑やかなのに、この五人の間だけ妙に静まり返っている。

 僕と夢ちゃんとツネは、それぞれ微妙に視線を泳がせながら、互いの顔色をうかがっている。
 たとえ半秒でも、誰もヒロや清水に視線を向けようとしなかった。

 視界の端で、清水がほんの少し後ずさったのが見えた。

「やあ、夢(ゆめ)美(み)。そっちも来てたんだ。」

 最初に沈黙を破ったのはヒロ自身だった。

「あっ、うん!こんにちは、祐(ひろ)太(た)。霜(しも)目(め)も!」

 うっ……地面に穴があったら入りたかった。
 金をくれても体験したくない場面だ。

「俺たちはもう食べたし、これから他を回るとこ。ここ、普通にうまかったから安心していいよ。」

 そう言って、ヒロはツネを置いて一人で歩き出した。

「お、追う?」

 僕はツネを見る。

「え、あ……どうだろ。」

 いや、何でツネに判断を求めたんだ僕は。
 夢ちゃんに目配せすると、彼女はすぐ察して清水を連れて列へ並んだ。
 一階へ駆け下り、トラックとバスケコートのほうへ向かう。
 しばらくして、ようやくヒロの背中を見つけた。

 振り返りもせず、ヒロが言う。
「ダサいな。まさか真っ先に逃げるとか。」

 さすがトップアスリート、運動神経だけじゃなくて周囲の気配に気づくのも異常に早い。

「大丈夫か?」
「別に。平気。」

 そう言いながらも、声はどこか乾いていた。

「覚えてるだろ。小学校の時、俺と夢美が付き合ってたの。振ったの、あっちだから。」
「なんとなくは。」
 
 何だ急に。自慢か、おい。

「その時決めたんだ。次は絶対、自分から終わらせる側になるって。」
「君、最低だな。」

 僕は苦笑して言った。

「うん。その通り。」
「そのくだらない意地のせいで、清水も傷つけたし、俺も傷ついた。」

 少し間を置いてから、ヒロはまた言った。

「相性がよくなかったとしても、春休みの時点では、まだ本当に終わりってほどじゃなかったんだ。」
「ただ、あの時に切らなかったら、最後はまた俺が置いていかれる側になる気がして。」

 空を見上げたまま、ぽつりと続ける。

「その感じ、嫌なんだよな。」

 振ったことも、振られたこともない。あんまり共感できない。

「結局、まだ好きな相手に自分から別れを切り出しても、つらいのは自分なんだ。」
「そうか。」

 ずっとこちらを向かないから、ヒロの顔は見えない。

「でも、次は同じことをしなければいいんじゃないか?」
「どうだろうな~たぶん俺、ずっとこういう最低なやつかも。」

 急にこの軽い言い方って、反省するなら最後までちゃんとしろ!
 そこへ、ようやくツネが追いついてきた。

「ヒロ~大丈夫か……ぶふっ!」

 近づきすぎたせいで、ヒロの反射的な拳が丸い腹にめり込んだ。いい音がした。

「まあいい。兄弟みたいなお前らがいればいい。」
「そう?ならいいけど。」

 少し考えてから、姉さんに電話した。

「姉さん、今どこ?」
「ん?私?いま琉香と一緒に、部活の展示を見てる。けっこう面白いよ~そのうちそっち行くつもりだったけど。」
「ちょっと今忙しいから、ヒロとツネの相手してくれない?」
「え~?別にいいけど、琉香も一緒だよ?」

 その言葉で、ヒロは一秒で顔つきが変わり、ツネは期待に満ちた目になった。

「それならちょうどいい。今から連れてってもいい?」
「いいよ~ほんと、なんて優しいお姉さんなんだろ。琉香、あとで若い男の子紹介してあげるよ。ヨルのお友達。」

 向こうから、「へえ?それは面白そうだね」みたいな、いかにも紫木姉らしい声がした。

「いま化学研究部の展示エリアにいるから、ここで待ってね。」
「了解。」

 通話を切ってから、二人を軽蔑の目で見た。

「満足か?しかも美人がもう一人ついてくるぞ。」
「案内しろ!」

 もしこれでヒロの気が少しでも晴れるなら、だいぶ単純で助かる。
 姉さんたちと合流すると、ヒロとツネはぎこちなくも嬉しそうに姉さんと話し始めた。
 その横で、紫木姉がすっと僕の近くへ寄ってくる。

「ねえ、あのヒロって男、けっこうかっこいいじゃん。」
「クズ男ですけど。」
「へえ~あんたより?」

 横目で悪い笑みを浮かべていた紫木姉を見た。

「それで、今は順調?」
「何の話ですか。」
「忘れた、なんて言わないよね?」

 わずかに背伸びして、僕の耳元へ顔を寄せる。
 甘やかすようでもあり、からかっているようでもある声で、ひとつひとつ区切るように囁いた。

「わ・た・し・の・お・願・い。」

 そんな言い方されなくても、忘れるわけがない。

「できる限りは。」
「そう?頼りない返事ね。」

 ヒロとツネは姉さんたちに任せたあと、僕は一人、ゆっくりと良(りょう)見(けん)楼(ろう)へ戻った。
 惚れるなよ、二人とも。紫木姉は、今まで会った誰より危険だ。