僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

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 4月30日土曜。パンドラ祭一日目、文化祭。

 開会式は朝八時半からで、実行委員はその一時間前集合だ。

 校門に入る前から、まず目を引いたのは、荘(そう)厳(ごん)楼(ろう)の校門側に大きく掲げられた今年のメインビジュアルだった。

 黒を基調にした画面の中央には、月のように淡く光る白い円がある。
 コンセプトは、「希望」という白い光が世界の闇を照らすこと。
 周囲には赤を基調に、さまざまな役割の人々がその光と関わる形で描かれていた。

 野球選手は「希望」を打ち、また投げる。
 バスケ選手はそれをシュートし、サッカー選手は蹴り出す。
 直接円と関わりづらい役柄でも、勉強中の生徒ならペン先を中心へ弾くようにし、舞台の役者や歌手は身体そのものを中央へ向けている。調理中の料理人も、フライパンを振る動きの先が中心へ向かうようにした。

 全員が「希望」を囲む構図ではあるが、人物同士の比率はうまく調整されていて、多少重なっても、それぞれの動きや印象が潰れないようにしてある。

 全体の配色は野球部の赤・黒・白を参考にした。
 野球部は近年一番結果を出しているし、象徴として使うには分かりやすい。
 野球選手を二人描いたのも、特徴が出しやすくて画面を作りやすかった、というのが大きい。

 まあ、ここまで語るのは作り手である僕の自画自賛でしかないけど、一晩のひらめきから始まったわりには悪くない出来だったと思う。

 校内へ入ると、良見楼、二年校舎の「琢(たく)磨(ま)楼(ろう)」、三年校舎の「謹(きん)思(し)楼(ろう)」――それぞれの案内板や、飲食・舞台・ゲームごとの総合看板が並んでいた。
 クラス企画だけでなく、理科系や芸術系などの部活動も、それぞれ校内のあちこちに展示スペースを持っている。
 学校全体が、ひとつの博覧会みたいだった。

 朝6時半、僕はまずD組の教室へ入った。
 うちの模擬店「揚げろ茶葉たち」のロゴは、「AGERO OCHABATACHI」というローマ字が描く緑の円弧に、揚げ物みたいな黄金色の縦文字で書かれた「揚げろ茶葉たち」を合わせ、全体でD組の「D」を形作るデザインだった。
 右下には「揚げ物・茶類」と添えてあり、販売内容もひと目で分かる。

 このロゴは、校門前の案内板や各所の看板にも使われていたし、良見楼の入口にはメニュー付きの大きなポスターも掲示されて、他クラスのポスターと並んで展示されている。

 瀬戸は、このシンプルなロゴと、一緒に提出したポスターや店内メニューのデザインを見て、とても嬉しそうだった。

 7時15分ごろ、紫(ゆかり)木(き)がいつものように教室へ来た。

「おはよう、羽冬(はねふゆ)。」
「おはよう。今日はやけに元気そうだな。」
「そうかな?今朝は姉ちゃんと一緒に朝ごはん食べたから、いつもより早く頭が起きたのかも。」
「で、お姉さんに、服装チェックされた?」
「うっ……」

 図星らしい。
 今日は早く来ているクラスメイトも多かった。

「っていうか、お姉さん、なんでそんな早起きなんだ?」
「この二日、姉ちゃんもパンドラ祭を楽しみたいんだって!」

 嫌な予感しかしない。
 あの二人、まさか一緒に来るつもりじゃないだろうな。
 そんな僕の不安とは裏腹に、紫木は本気でうれしそうな顔をしていた。

 時間になり、僕と紫木は荘厳楼の会議室へ向かった。

「おはようございます、みなさん。ついに今日ですね。ちゃんと寝られましたか?」

 伊藤委員長はマイクを持ち、笑顔で全体を見渡す。

「ここまで準備を頑張ってくれたみなさんには、本当に感謝しています。細かな仕事はまだ少しありますが、全体の進行は生徒会が回します。二日間、思いきり楽しんでください!」

 僕と紫木は、開会式と最初の二時間だけ撮影担当だったので、デジタルカメラを渡された。
 主な撮影範囲は琢磨楼、つまり二年生のエリアだ。
 ある程度撮れたら、ほかの場所へ移ってもいいことになっている。

 開会式が始まり、校長と保護者会長の挨拶が終わると、伊藤委員長が壇上へ立つ。
 会議中の厳しさとは違い、今日はかなり明るく勢いがある。

「パンドラの希望たち~!もう待ちきれないよね!?」

 体育館が歓声で揺れた。

「容量なくなるぞ。撮りすぎ。」
 隣であちこちに向けて夢中でシャッターを切りまくっている紫木に、僕は小声で注意した。

「え、そっか。じゃあ……あと一枚だけ。」
 そう言いながら、紫木はカメラのレンズを自分のほうへ向けた。

「おい、何を――」

 次の瞬間、紫木が僕の袖をつかんで、ぐいっと引いた。
 いや、正確には、僕を動かしたというより、自分が僕の横へ勢いよく寄ってきた、に近い。

「カシャッ!」

「へへ、仕事仲間との記念写真。」

 その時の笑い方が、少しだけ紫木姉に似ていた。
 紫木はそう言いながら、撮れたばかりの写真をじっと見下ろしている。
 ……これ、最終的に生徒会に提出されて、全部チェックされるって理解してるか?

「うっ……」

 どうやら今気づいたらしい。

「消して、スマホで撮り直せば?生徒会に見られるぞ。」
「でも……羽冬の準備してない顔、ちょっと面白い。」

 画面を見せられると、たしかに妙な顔をしていて、ある意味記念にはなっていた。

「まあ、女子が友達と写真を撮るくらい普通だろ。あとで先輩たちとも撮っとけよ。」
「うん!」

 今日の紫木は、普段の優等生っぽい張りつめた感じが薄れて、いつも以上に浮き立って見えた。
 撮った写真を一枚ずつ確認している紫木を見ながら、今度は僕が一枚撮った。

「え?」
「仕事仲間のオフショット。」

 軽く笑ってそう説明すると、紫木は少しだけ目を丸くした。

 もし、こういう時間も、こういう関係も、こういう紫木も、このままずっと、こんなふうに純粋でいられたらいい。

 やがて壇上で、伊藤委員長が最後の掛け声を促した。
「それじゃあみんな、いくよ──!」
「パンドラの箱を──!」

「突き破れ、希望!!!!!!」

 全校生徒の叫びが体育館を満たし、青春そのものみたいな熱量とともに、文化祭がついに始まった。

 式が終わると、誰かが走り出し、誰かが大声で呼びかけ、笑い声と足音が雑然と混ざり合って広がっていく。
 僕と紫木も体育館を出たが、鼓膜はまだ水面みたいに揺れていて、なかなか静まらなかった。

「……やっぱ、僕には合わないな。」