僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

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 4月28日、木曜放課後。1年D組教室。

『【お知らせ】
 明日は会議なしです。ここしばらく本当にお疲れさまでした。今日からゆっくり休んで、明後日は朝七時半に会議室集合でお願いします。これから始まるパンドラ祭、しっかり楽しみましょう!』

 全体グループの伊藤委員長からのメッセージ。
 明日からゴールデンウイークだから、わざわざみんなに伝えてくれた。

 この二週間は、体育祭の各競技と実行委員会議であっという間に過ぎた。
 進行が順調だったおかげで、祭り前日になってようやく少し息をつける。

 しかも当日は大半を生徒会が回すので、僕と紫(ゆかり)木(き)もクラスの模擬店を手伝う余裕はありそうだった。

「よし、みんな!文化祭の準備始めるよ!まずは机を指定の位置まで動かして、そのあと店の飾りつけ!」

 放課後のチャイムが鳴り、教師が教室を出ていくや否や、瀬戸(クラス委員長)がすぐ教壇へ立って指示を飛ばし始めた。

「今日は勉強して残るのは無理そうだな。」

 立ち上がって、後ろの紫木に声をかける。

「勉強?ああ、今日はいいかな~」

 紫木は一瞬きょとんとしたあと、やけに軽い口調で言った。

「いよいよパンドラ祭だし。さすがに私だって、今日はわくわくして勉強どころじゃないもん。」

 たしかに、一日くらい自分に休みをやるのも悪くない。

「じゃあ荷物まとめよう。手伝うから。」
「大丈夫、私できる!」

 そう言って机を持ち上げようとした紫木だったが、上がったのは机の脚二本だけだった。

「んぐ……」

 まあ、そりゃそうだ。
 普段運動していないし、教科書も机の中に入れっぱなしならそうなる。

「はいはい、そこまで。僕がやるから、紫木は椅子持って。」

 手をひらひらさせると、紫木は少し食い下がりたそうにしつつ、しぶしぶ手を離した。

「……分かった。ありがと。」

 少し頬を膨らませながら、紫木は椅子を持って後ろへ向かった。
 と言っても、たかだか三、四歩だ。

 そのあと、僕が自分の机と椅子を持とうとした瞬間、紫木が椅子を先に奪った。

「何してるんだ?」
「『はいはい、私がやるから。羽冬(はねふゆ)は机持って~』」

 僕は呆れた目で紫木を見た。

「真似するなら、全然似ていないよ。」
「えー!今の、かなり似てたよ!?」
「全然。」

 公平にしたいのか?一人一回ずつ手伝って、おあいこにしたいらしい。
 椅子なんて何の負担にもならないけど。
 だから手伝いとして釣り合っているかと言われたら微妙だ。でも男として、そこをいちいち言うのも野暮だろう。

 机と椅子を所定の場所に置いて振り返ると、ちょうど紫木と目が合った。
 そしてなぜか、二人同時に吹き出す。

「いよいよ始まるね。」
 紫木がしみじみと言う。
「ああ。」
「こんなに真面目に学校行事に参加するの、私たぶん初めて。」
「僕も。」

 小山の余計なおせっかいが始まりだったな。
 少なくとも以前の僕なら、こんな面倒事に自分から首を突っ込むことはなかった。
 でも、実行委員をやっているこの時間は、何というか。
 
 「羽冬(はねふゆ)夜(よる)良(ら)が、ちゃんとこの世界で生きてるんだ」って感じがする。
 
「理香ちゃ~~ん」

 ……ほら来た。名前を思い浮かべた途端に本人が現れるの、何なんだ。

「真衣、どうしたの?」
「いやあ、ごめんねえ?二人のいちゃいちゃタイムを邪魔しちゃって。」
「真衣!変なこと言わないで!」
「でも最近、理香ちゃんずっと羽冬くんと一緒じゃん。私もちょっと、うぅ、さみしいんだよ~」

 いや、仕事だから。

「だから理香ちゃん、ポスター貼るの手伝って!私、背が低くて上届かないから!」
「わっ、真衣!引っ張らないで!ちゃんと行くから!」

 泣き声も嗚咽も、全部わざとらしい。
 ポスターか。瀬戸が完成版をみんなに見せた時、クラスの反応はかなり良かった。
 
―「羽冬すごっ、これ一人で描いたの?」
―「羽冬ってそういう感じだったんだ。」
―「Oh~ちっちゃなアーティスト羽冬夜良~」(これは誰の発言か、考えるまでもない)
―「次も頼むわ、羽冬!」

 褒められて悪い気はしない。
 ただ、どこか自分のことじゃないみたいな感覚がまだある。

 この数日、僕と紫木はバスケの記録係もこなしていた。
 僕が正式な記録表、紫木が個人スタッツ担当。
 最初は得点以外が苦手だった紫木も、三日目、四日目には「○番、リバウンド」「アシスト入るよね」と言えるようになり、五日目には雑談しながら記録できるまで成長していた。

 さすが優等生、吸収が早すぎる。
 本人は「意外と簡単だったかも!」なんて言っていたが、正式な記録表を書きながら紫木の内容まで確認していたこっちは、全然楽ではなかった。

 バスケは運も実力も噛み合い、1年D組は本当に決勝まで進んだ。
 高木は準々決勝で速攻ダンクまで決め、会場の歓声をさらっていた。
 背が高いなんてやっぱいいな。

 ただ、決勝の相手は、風(かぜ)のいる2年A組だ。

 他の競技は、バレーもサッカーも敗退。
 四百メートルリレーは転倒者が出て決勝進出ならず。
 クラス対抗リレーだけは何とか決勝へ残った。

 僕自身は、100メートルと200メートルで決勝進出。
 走高跳と走り幅跳びでは入賞できなかった。

「ただいま。」

 帰ると、姉さんが台所で夕飯を作っていた。

「おかえり、ヨル。ご飯よそっといて~あと一品だから。」
「分かった。お茶いる?」
「ほしい~」

 茶葉は相変わらず大量にある。全部売り払ったとしても消費しきれない気がするくらいだ。
 だから最近は、また何かにつけてお茶を淹れて飲む習慣を復活させつつあった。

 しばらくして姉さんは炒めた青菜を皿に移し、そのままそれを持って向かいに座った。

「土曜はパンドラ祭なんだっけ?」
「うん。やっと会議地獄から解放される。」

 ほんと疲れた。

「へえ~じゃあ紫木さんと一緒にお仕事するのも、これでおしまいなんだね~」

 僕は黙って目だけ細めて抗議する。

「何時から始まるの?」

 その無言の圧など完全に無視して、姉さんは聞いてくる。

「九時。どうしたの?」
「別に~六時ごろには出るの?」

 あまりに何でもないふうを装っているせいで、逆に怪しい。

「……姉さん、まさか来る気?」
「教えない~ヨルだって、夢ちゃんたちは誘ってるんでしょ?」

 まあ……そうだけど。

 家の食卓でこうして普通に話せるようになったのは、実はここ最近だ。
 外で一緒に食べるのは平気でも、家の中だと不思議なくらい沈黙ばかりだった。
 そういうのを少しずつ乗り越えて、今はようやく、自然に家族らしく話せる。

 もちろん、家族と呼べる相手は姉さんだけだ。

「で、明後日、みんな来るのか?」

 食器を片づけて自室に戻ったあと、電話でツネに確認した。

「行くよ。かなり前から言ってたし、その二日間はみんな予定空けてる。」
「そっか。」
「……あ、でも聞いた話だと、梧(ご)原(はら)が清水も誘ったらしいけど。」
「え?そうなの?でも、ヒロが来るのは知ってるよな。」

 ウォーターパーク以来、清水とは一度も会っていない。
 ヒロと別れたあとの流れを考えれば、僕は完全にヒロ側だから、清水若希という存在は、もう自然に自分の生活から消えていくものだと思っていた。

「さあな。」