僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

24
「ヨ~ル~」

 ……まだ終わらないのかよ、今日。
 玄関で鍵を探していると、中から姉さんが飛び出してきた気配がした。

「……」

 姉さんの呼びかけを無視して部屋に入ろう。

「ちょ、なんだよ!」
はい、計画失敗。姉さんにあっさり襟首をつかまれた。

「私に、何か言うことない?」

 自分とよく似た輪郭の青い目でまっすぐ見られると、何もかも見透かされている気分になる。
 あの心の奥まで見抜いてくる感じは、紫(ゆかり)木(き)姉とそっくりだった。

「えっと……ただいま?」
「あっ、おかえり~じゃなくて!」

 見事に罠へ落ちたな。

「今夜、何か予定ある?一緒にごはん行かない?」
「それ、玄関で待ち伏せして言うことか?」
「だってここ二日、夢ちゃんのために帰り遅かったり、クラスの女の子とご飯行って朝まで帰らなかったり……さすがのお姉さんも寂しくて、うぅ……」

 どう見ても嘘泣きだが、妙に演技が細かい。

「まず、一昨日はヒロたちとバスケだし。それに、昨日の件については、姉さん自身が一番よく分かってるだろ。どうせ、根掘り葉掘り聞きたいだけだろ。」

 姉さんは顔を覆っていた手を少しずらし、指の隙間からこちらを覗いた。

「バレちゃった~」
「分かりやすすぎる。」

 鞄を置き、姉さんと外へ出た。
 風(かぜ)の部屋の前を通った時、姉さんは僕より先に風(かぜ)がパンドラの生徒だと知っていたことを思い出した。

「……姉さんと風(かぜ)、最近どうなの?」
「なになに~?急にお姉さんの恋バナが気になるようになったの?」
「別に、そういうんじゃ……いや、まあ、少し気にしてはいる。」

 正直に言うと、姉さんは少し目を丸くして、それから柔らかく笑った。

「うれしい。ヨルが自分から私のこと気にしてくれるの、久しぶりだね。」
「そ、そうか?」

 そんなことを真正面から言われると、こっちが妙に照れる。
 ……たぶん、紫木姉妹の空気に当てられたせいだ。

「まあ、ほんと雑談程度だよ~私、年下に興味ないし~」

 姉さんは前を向いたまま、気のない口調で返す。

「でも野球部入ったんでしょ?あの人ってどんな人?」
「話は合うけど、ちょっと中二病だけ。」
「っ、ふははははは!」

 姉さんはこらえきれず、結局声を上げて笑った。

「な、何だよ。」
「それ、自分も中二病ですって言ってるようなものじゃん。」

 ……あ。たしかにそうなるな。

「じゃあ姉さんは、昔その中二病にちょっとでも興味持ってたってことか。」
「え~それは別。」

 適当にラーメン屋で晩飯を済ませたあと、姉さんは商店街でも少し歩こうと提案した。
 「昨夜は琉香にあれだけ付き合ったんだから、今日は私にも付き合ってよ~」と言って。

 三十分ほどぶらついて、飲み物を買って振り返った時、夢ちゃんとその彼氏、松田誠に出くわした。
 普段ならすぐ声を掛け合うはずの二人が、その瞬間だけぴたりと固まった。

「あ、夢ちゃん。こんばんは。」

 先にその妙な空気を破ったのは姉さんだった。

「よ、羽冬(はねふゆ)と、羽冬さん、こんばんは!」

 夢ちゃんの声色はいつも通りのようでいて、どこか微妙に違った。

 姉さんは一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、それも本当に一瞬だった。

 次、僕は松田へ向かって軽く会釈した。
 夢ちゃんのほうには、もう挨拶のタイミングを逃した気がして、無難な一言を選んだ。

「買い物か。」
「うん、そうだね。」
「じゃあ、先に行くよ~また。」
「バイバイ!」
「あっ、ヨル、待って!まだね、梧(ご)原(はら)さん!」

 ほんの小さなことだ。だよな。

 姉さんが追いついてきたあと、何か言われるかと思ったが、しばらくは何も言わずに隣を歩いていた。

「そういえば、姉さん。昨夜のこと、全然聞いてこないんだな。」

 姉さんは少し遅れて、ようやく思い出したようにこちらを見る。

「あ、そうそう。話したいの?いいよ!じゃ、琉香、どうだった?私とどっちが綺麗?」

 聞きたいの、そこなのか。

「当然、姉さんのほうが綺麗。」

 少しだけ考えてから答えると、姉さんの視線が一気に冷たくなる。

「今、ちょっと間があったよね?世の中には、姉さんより綺麗な人がいるわけがないでしょう?」
「いや、世界一綺麗な姉さんにこんなことを確認されて、驚いただけだよ。」
「よろしい。」

 どうやら、さっきの夢ちゃんとの微妙な空気について追及するつもりはないらしい。

「で?本当に聞かなくてよかったのかよ。」
「ん~だいたい知ってるし。」

 ……やっぱりか。情報の回り方を甘く見ていた。

「それにヨルって、私からあれこれ聞かれるの、あんまり好きじゃないでしょ。まあ、追及されて困ってる顔は可愛いけど。」

 か……可愛い?

「だからね、何でも聞きたいけど、たまにはただ隣にいてあげるだけでいいのかなって。今日誘ったのも、そういう感じ。ちょっと一緒に歩きたかっただけ。」

 この人って、いつもこんなに優しかったか?
 ああ、だからさっき追いついたあと、妙に静かだったのか。

「でも、ヨルがそう言ったら、遠慮しないけどね。」

 姉さんはころっと表情を変え、紫木姉そっくりの意地悪い笑みを浮かべた。

「琉香、酒誘われたでしょ?」

 うっ、一発で当てるなよ。
 結局その夜は、姉さんから延々と事情聴取を受けた。
 どうせ姉さんは大半を把握しているだろうし、それ自体は別にもういい。

 ただし、紫木姉がしてきた少し踏み込みすぎた言動については、たぶん姉さんには話していない。
 そのあたりはうまくぼかしておいた。

 言えなかったことがもう一つある。
 紫木姉に頼まれた、あの厄介で答えようのないお願いだ。