僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

15
 4月13日水曜日、放課後。パンドラ高校1年D組。

 昨日の実行委員会議も進捗確認が中心だった。
 線画を提出したデザインのほうは、ひとまず少し息をつけた。
 一年生にもまだ本格的な仕事は来ていない。たぶん金曜あたりからだろう。

『バスケ』

 放課前、ヒロから届いた一通の短いメッセージで今夜の予定は決まった。
 簡潔すぎて、場所なんて言わなくても伝わるだろ、とでも言いたげだ。

「何だ。」
 久しぶりに聞く、相変わらず遠慮のない声。
「どこで?」
「神《かな》高《こう》に決まってんだろ。まさか小学校?」
「またこっちに来るのかと思ってさ。」
「ふっ。いいから早く来い。終わったら飯な。」
「分かった。」

 すでに風には、会議があるから毎日は野球部に行けないと伝えてある。
 わざわざ欠席連絡までは要らないだろう。

「羽冬くん~」
 この声……

「どうしたの?」
「さっき友達と話してるの聞こえたんだけど、今日もグラウンドに来ないの?」
「あ……」

 やっぱり聞かれてたか。よく見てるな、望月。

「休むって伝えようか?」
「いいよ。ありがとうな~」

 望月は前世で天使だったに違いない。
 だが、望月は去らず、人差し指を立てて言葉を選ぶように右手を揺らした。

「でも、風先輩が高木くんに、私から羽冬くんに伝えてほしいって、言ってたんです。毎日来なくてもいいとは言ったけど、マネージャーだけだと重いものが大変な時もあるし、羽冬くんがそこまで忙しくないなら、男の子なんだから少しは手伝うべきだって。じゃないと私と加藤さんが大変だから、って。」

「待って、長すぎ。つまり、会議のない日は来られるなら来いってこと?」
「そんな感じです!」

 望月が胸の前で手を合わせ、ぱちっと小さく鳴らした。
 どう考えても、僕を便利に使いたいだけだ。風が加藤や望月に重い物を運ばせるとは思えない。

「なんで先輩が直接言わないんだよ?」
「風先輩が高木くんに、私が言えば羽冬くんなら断れないって。高木くんも納得してたんですけど、どうしてですか?」

 その無垢そうな顔、本当に演技じゃないのか?
 まあいい。こういうのには甘い。

「分かった。先輩に、明日は行くって伝えといて。これからは火曜と金曜以外でも行かない日は、自分で先に言う。」
「はい!」

 そのあと、望月は耳元で小さく言い、すぐ離れた。
  
「羽冬くんが来ないグラウンドって、実はちょっと寂しいんですよね。」
「じゃあ、また明日!」

 甘いなんてもんじゃない。死ぬほど甘い。

「望月さんと、ずいぶん仲がいいんだね。」

 案の定、その一言は出ると思っていた。

「まあな、同じ部活だし。話す機会が多いだけだ。」
「そう。」

 妙に淡々としている。
 最近、自分が僕を気にしすぎているように見えていたことを自覚して、意識的に落ち着こうとしているのかもしれない。
 あるいは、昔と同じで本当に勉強に集中しているだけか。

 ちなみに今週の紫木は、昨日ポニーテールが少し崩れていた以外、特におかしなところはない。

「じゃ、先帰る。また明日。」

 返事はないと思った。だが席を立ち、教室を出ようとした時、後ろから呼び止められた。

「羽冬。」
「ん?」
「この前、ごはんおごるって言ったでしょ。」
「そうだな。」
「明日、どう?」
「明日?でも明日、野球場行くんだけど。」
「教室で勉強して待ってる。」

 意外と強引だな。

「分かった。練習終わったら戻る。」
「うん。」
「じゃあ行くよ。」
「また明日。」

 一食分得したな、いい感じ。
 紫木の性格なら、コンビニで済ませたりはしないだろう。
 家に戻ると姉さんはまだいなかった。朝の笑顔が妙に怖かったので、いないうちに着替えて出る。

『今日は神高でバスケ』
『そのあとヒロたちと飯食べて帰る』
『何かあったら連絡して』

 そう送って日吉駅へ向かった。
 前回は向こうがこっちまで来てくれたんだ。今回は僕の番だ。ヒロの誘いは、都合がよすぎる。

 大口駅に着く少し前になって思い出した。今ならあいつらはまだ仕事中のはずだ。
 この機会にあの「家」へ寄り、パンドラ祭で使う茶葉を持ち帰ろう。

 まあ、会ったとしても別に構わないけど。

 家の前で一度だけ息を整え、鍵を開ける。
 ……よし、いない。
 余計なものは見ず、棚から茶葉の缶だけを袋に詰め、そのまますぐ出た。気持ちが揺れる前に済ませたかった。

 完璧だ。

 神高に着くと、ツネとヒロはすでに1on1を始めていた。

「ヨル!」

 後ろから夢ちゃんがスポーツドリンクを何本も胸元に抱えるようにして現れた。
 たぶんヒロたちに頼まれて買ってきたんだろうけど、多すぎだろ。
 ここの高等部に通う夢ちゃんがいるのは、まあ当然か。

「夢ちゃんも来たんだ。」
「『も』って何よ。私の学校なんだから来るに決まってるでしょ~」
「感動した~」
「もう、言い方やだ~」

 目が合って、自然と二人だけの笑い方を交わす。

「持つよ。」
「やった。ヨルって最高。」

 コートに行くと、ヒロの声が飛んできた。

「ようやく来たな。」
「いちばん遠くから来てる人に配慮しろよ。」
「ヨル……はぁ……もう無理……交代……疲れた……」

 ツネ、まだ始めてそんな経ってないだろ。

「はぁ……ツネ……交代……無理だ……」

 見た目にはたった一言ぶんの間に見えたかもしれないが、こっちは一応、ヒロ相手に三回やってからへばってる。

「お前ら、マジで弱いな。」
「ほんと、超受ける。」

 夢ちゃん、追い打ちをかけるな。

「弱いけど、うちの学校で『バスケ部です』って顔してる連中よりはマシだな。」
「もう目つけられてるんだ?」

 前にも言ったが、ヒロの実力はどこに行ってもエース級だ。
 校内で何度かバスケをすれば、すぐに噂になる。

「そう。でも全員弱かった。次々かかってきたけど、まともなのはいなかった。」
「で、誘いは断ったのか?」
「型どおりの練習しかない場所にいたら、プレーの感覚まで鈍る。行く意味ない。」
「だよな。」

 数日後にはパンドラ祭のクラス対抗バスケ予選も始まる。そのことを思い出して、僕はもう一度立ち上がる。

「ヒロ、もう少し教えてくれ。」
「いいぞ。どこまで覚えられるか見てやる。」

 昔は、夢ちゃんがどうしてずっと横で僕らのバスケを見ていられるのか分からなかった。
 ただ見ているだけで、そんなに楽しいのかと思っていた。

 でも最近、野球部でマネージャーみたいな立場になって、少し分かった。
 同じ人たちだから見続けられる。そこには自然な帰属感がある。風たちの練習も、毎日同じ繰り返しに見えて、出来事ひとつで案外違って見える。
 僕とツネがヒロにやられてばかりのバスケだって、毎回ちゃんと新しい火花がある。

 要するに、気にかけているから面白いんだ。
 馬鹿みたいで、でもちゃんと繋がっている僕たちだからこそ、バスケをしている時間は少しも退屈じゃなかった。