14
良見楼1階、学年職員室。
「つまり、それが遅刻の理由か?」
友子先生はそう言った。昨日わざと「茂木先生」と呼んで距離を取ろうとしたけど、正直あの呼び方にはずっと違和感があったし、冷静になった今では、少し悪かったとも思う。
「はい。」
友子先生は、特に表情を変えず、ただ静かに紅茶を一口飲んだ。
「私もグループにいたから、君がどういう状況だったかは分かった。だから紫木に電話させた。」
ああ、なるほど。
「ただ、まさか紫木に嘘をつかせるとは思わなかったけど。」
「申し訳ございません。」
先生は淡々と続ける。
「二時間目の先生は、君の件を全部私に任せた。遅刻した時間は長くなかったから、二時間目は出席扱いにしておく。一時間目は無理だから、あとで欠席届を出しなさい。」
「分かりました。ありがとうございます。」
ここまで、友子先生はずっと真面目で、どこか冷たかった。
「紫木さん。いい子なんだから、自分でどこがいけなかったか分かるわよね?」
「はい。ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした。」
紫木は深く頭を下げた。
「えっ、ちょっと、そんなにしなくていいのよ~。そんなふうにされたら、先生までつらくなっちゃうじゃない。ほら、笑って~」
さっきまでの冷たさはどこへやら。母性全開かよ。
「それに、ここだけの話、私あの先生あんまり好きじゃないから、そんなに気にしなくていいの。」
「え?」
「しーっ。」
小声とはいえ、他の先生の悪口を生徒の前で言っていいのか?
「そうだ、小山さんみたいに『理香ちゃん』って呼んでもいい?」
「え?先生もそう呼びたいんですか?」
「うん。だって可愛いし。」
「い、いいですけど……人が多いところではちょっと……恥ずかしいです。」
あの、お二人で女子会始めるなら、僕は先に戻ってもいいですか?
「では、理香ちゃんは先に戻ってて。羽冬とはもう少し話すから。」
その言葉を聞いた紫木が、ちらっと僕を見る。小さくうなずくと、紫木は友子先生に挨拶をして、職員室を出ていった。
「羽冬。」
「はい。」
「何か、私に言うことはある?」
「昨日は、すみませんでした。少し取り乱しました。」
それを聞いて、あの僕に向けられていた冷たさが少し和らぐ。
「いいのよ。昨日のことで私のほうにも誤解があったって分かったから。」
「でも、世の中ってそういうものよね。同じ出来事でも、立場が違えばまったく違う話になるんだから。」
「……」
「たぶん、まだ話せる段階じゃないのよね。」
「……」
「もしこれから先、何か――」
「彼ら……」
「うん?」
言いづらそうにしている俺を見ても、先生は急かさず、ただ続きを待ってくれた。
「彼らは……一緒に来たんですか?」
「そうよ。一緒に。」
どうして二人で友子先生のところに来たのかは分からない。
だが、もし「あの件」の話だったなら、父があの場にいるなんて、どうしても考えられなかった。
「先生は……どう思ったんですか?」
自分でもなぜそんなことを聞くのか分からなかった。もうどうでもいいはずなのに。
「うーん……下手に何か言って、また怒らせちゃったら怖いもの。先生って大変だね。」
先生、そういうこと本人の前で言うんですか。
「一つだけ言えるのは、私はあなたの味方よ。」
少し間を置いて、先生は続けた。
「だって私は、君のファンだから。」
きっと気を遣って選んだ言葉なんだろう。けれど、それでも胸は少し痛んだ。
「話せるようになったら、また来なさい。こう見えても一応大人だから、役に立つかは分からないけど、相談には乗れるわよ。」
その言い方に、僕はつい苦笑してしまった。そんな言い方で心を開ける生徒がどれだけいるんだ。
「それより先に、先生の子どもの面倒でも見たらどうなんですか。」
「ちょっと。職場で、私の許可なく、あの生き物の話をしないで。」
職員室を出たとき、気持ちは妙に静かだった。
けれどそれは、誰かに理解されたから落ち着いた、という種類の静けさではない。たとえ口にしたとしても――
何も変わらないからだ。
良見楼1階、学年職員室。
「つまり、それが遅刻の理由か?」
友子先生はそう言った。昨日わざと「茂木先生」と呼んで距離を取ろうとしたけど、正直あの呼び方にはずっと違和感があったし、冷静になった今では、少し悪かったとも思う。
「はい。」
友子先生は、特に表情を変えず、ただ静かに紅茶を一口飲んだ。
「私もグループにいたから、君がどういう状況だったかは分かった。だから紫木に電話させた。」
ああ、なるほど。
「ただ、まさか紫木に嘘をつかせるとは思わなかったけど。」
「申し訳ございません。」
先生は淡々と続ける。
「二時間目の先生は、君の件を全部私に任せた。遅刻した時間は長くなかったから、二時間目は出席扱いにしておく。一時間目は無理だから、あとで欠席届を出しなさい。」
「分かりました。ありがとうございます。」
ここまで、友子先生はずっと真面目で、どこか冷たかった。
「紫木さん。いい子なんだから、自分でどこがいけなかったか分かるわよね?」
「はい。ご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした。」
紫木は深く頭を下げた。
「えっ、ちょっと、そんなにしなくていいのよ~。そんなふうにされたら、先生までつらくなっちゃうじゃない。ほら、笑って~」
さっきまでの冷たさはどこへやら。母性全開かよ。
「それに、ここだけの話、私あの先生あんまり好きじゃないから、そんなに気にしなくていいの。」
「え?」
「しーっ。」
小声とはいえ、他の先生の悪口を生徒の前で言っていいのか?
「そうだ、小山さんみたいに『理香ちゃん』って呼んでもいい?」
「え?先生もそう呼びたいんですか?」
「うん。だって可愛いし。」
「い、いいですけど……人が多いところではちょっと……恥ずかしいです。」
あの、お二人で女子会始めるなら、僕は先に戻ってもいいですか?
「では、理香ちゃんは先に戻ってて。羽冬とはもう少し話すから。」
その言葉を聞いた紫木が、ちらっと僕を見る。小さくうなずくと、紫木は友子先生に挨拶をして、職員室を出ていった。
「羽冬。」
「はい。」
「何か、私に言うことはある?」
「昨日は、すみませんでした。少し取り乱しました。」
それを聞いて、あの僕に向けられていた冷たさが少し和らぐ。
「いいのよ。昨日のことで私のほうにも誤解があったって分かったから。」
「でも、世の中ってそういうものよね。同じ出来事でも、立場が違えばまったく違う話になるんだから。」
「……」
「たぶん、まだ話せる段階じゃないのよね。」
「……」
「もしこれから先、何か――」
「彼ら……」
「うん?」
言いづらそうにしている俺を見ても、先生は急かさず、ただ続きを待ってくれた。
「彼らは……一緒に来たんですか?」
「そうよ。一緒に。」
どうして二人で友子先生のところに来たのかは分からない。
だが、もし「あの件」の話だったなら、父があの場にいるなんて、どうしても考えられなかった。
「先生は……どう思ったんですか?」
自分でもなぜそんなことを聞くのか分からなかった。もうどうでもいいはずなのに。
「うーん……下手に何か言って、また怒らせちゃったら怖いもの。先生って大変だね。」
先生、そういうこと本人の前で言うんですか。
「一つだけ言えるのは、私はあなたの味方よ。」
少し間を置いて、先生は続けた。
「だって私は、君のファンだから。」
きっと気を遣って選んだ言葉なんだろう。けれど、それでも胸は少し痛んだ。
「話せるようになったら、また来なさい。こう見えても一応大人だから、役に立つかは分からないけど、相談には乗れるわよ。」
その言い方に、僕はつい苦笑してしまった。そんな言い方で心を開ける生徒がどれだけいるんだ。
「それより先に、先生の子どもの面倒でも見たらどうなんですか。」
「ちょっと。職場で、私の許可なく、あの生き物の話をしないで。」
職員室を出たとき、気持ちは妙に静かだった。
けれどそれは、誰かに理解されたから落ち着いた、という種類の静けさではない。たとえ口にしたとしても――
何も変わらないからだ。
