僕らは正しい答えを見逃したようです。第一巻

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 4月6日水曜の朝。パンドラ高校1年D組。

「はい、今日の授業はここまで。では、これからホームルームをします。」
 友子先生はそう言って、黒板に大きくこう書いた。

 「パンドラ祭」

 学園祭って普通こんな時期にやるか?しかも僕たち、まだ入学したばかりだぞ。

「実は先生も昨日やっと思い出し……じゃなくて、昨日の職員会議で知ったの。」

 ん?今のは?

「知らない人のために言うと、パンドラ高校の創立記念日は5月1日です。最初はその日に合わせて、ちょっとした、あまりつま……文化的な行事をしていたそうです。」

 今、「つまらない」って言いかけただろ。

「でも、ある年の生徒会がこの日を自主的に大々的に祝い始めて、学校側も正式行事として認めました。それがパンドラ祭です。」

「パンドラ祭は学園祭みたいなもので、体育祭と文化祭に分かれていて、4月30日と5月1日に行われます。ゴールデンウィークに重なるので、連休明けは振替休日です。安心してくださいね!」

「文化祭では舞台発表だけでなく、食べ物やアクセサリーの販売もできます。体育祭は紅白ではなくクラス対抗で、陸上や球技を行います。規模が大きいので、毎年、生徒会以外に各クラス二人ずつ実行委員を出してもらっています。」

 なるほど。上級生は春休み前から準備していて、一年は一か月もないから、物販や飲食もありなんだな。
 とはいえ、上級生も屋台をやるクラスが多そうだ。どう考えても手軽だし。

「みなさんはまだ高校生活にも慣れていないし、今日は決まらないかと思っていたんですが、小《お》山《やま》さんから、照れ屋な二人がやる気満々だと聞きまして。」

 小山?たしか紫木を「理香ちゃん」って呼んでる、あの何とか衣って名前の女子の苗字だったような。ん?二人?ちょっと……

「というわけで、この二人を褒めたいと思います。羽冬くんと紫木さんです。」
「……」
「はぁ!?私――」
「理香ちゃん、遠慮しなくていいって~。この『セ』『キ』は、理香ちゃんしかいないでしょ~」

 小山は紫木の反論を強引に潰し、自分が紫木を火の中に突き落としたかっただけなのを誤魔化している。しかも「席」を強調した時、なぜかこっちを見た。

「紫木さん、どうかしましたか?」

 友子先生のまっすぐな気遣いに、逆に紫木のほうが戸惑い、それから落ち着きを取り戻した。

「……なんでもありません。」

 友子先生はしばらく不思議そうに紫木を見つめ、それから僕と小山にも目をやって、また口を開いた。

「はい、では二人とも立ってください。みなさん、この二人に拍手をお願いします!」

 拍手が終わると、すぐ出し物の話し合いに入った。

「ねえ。」
「ん?何?」

 横を向くと、紫木を見る。

「あの委員なんて立候補してないでしょ?」
「してないよ。」
「やっぱり!また真衣だ!」

 妙に熱いな。

「後悔した?」
「後悔っていうか……違う、そもそも立候補してないし。手挙げて言おうよ……」
「いいよ。」
「えっ!」

 そう言って椅子の背にかけていた右手を上げるふりをすると、紫木は慌ててそれを押さえた。

「今度は何?」
「こういう時って、普通は『せっかくだし一緒にやってみよう』って言うもんじゃないの?」

 ん……だって、別にどっちでもいいし。

「だって、どうせ止めるだろ。」
 まあ、そういうことにしておくか。

「あんた……」

 言い終わる前に、紫木は手を離して俯いた。

「……もういい。やるならやる。」

 話し合いの結果、クラスは文芸系ではなく、揚げ物とタピオカの店に決まった。。

 飲み物か。中学の時、緑茶にハマって茶葉を何箱も買ったことがあったな。結局、何度か淹れただけで面倒になって、食卓横の棚に眠ったままだ。
 先生が他に売れるものを聞いた時、僕は緑茶を出せると申し出た。どうせ飲みきれないし。けど、賛成された途端に後悔した。

 あの茶葉、食卓の横の棚に……前の家、あの建物の棚に……

 チャイムが鳴り、会議が終わった。

「羽冬くん、紫木さん、ちょっと前に来てくれる?」

「実行委員会の定例会議は毎週火曜と金曜の午後四時からです。二、三年の委員は春休み前から準備を始めていて、もう実行段階に入っています。だから一年は途中参加のサポート要員みたいなもので、そこまで難しい仕事は任されないはずです。でも、きっといろいろ学べると思うから、その熱意を忘れずに頑張ってくださいね!」

 はは、熱意があるのは見物根性の小山だけだ。

「はい、紫木さんはもう戻っていいですよ。ちゃんと休憩してね!」

 ん?紫木だけ?

「羽冬、ちょっと来て。」

 え?
 友子先生は僕を廊下へ連れ出すと、廊下の低い壁に左手を置いてこちらを向いた。

「高校生活、慣れてきた?」

 僕ってそんなに面談が必要そうに見えるのか?朝から身だしなみが怪しい誰かさんのほうが、よっぽど心配だと思うけど。

「まあ、そこそこです。なんで急に呼び出したんですか?」
「クラスの可愛い生徒が気になるのは当然でしょ。特にあなたみたいな面白い子はね。」

 こ、子って……

「小山の独断ですよね?」
「あっ……」

「やっぱりね。」

 友子先生は、やわらかく笑った。

「先生が分かってたなら、どうして選び直さなかったんですか?」
「羽冬はどうしてその場で反対しなかったの?」

 どうしてって……

「どうせ、損するわけでもないです?」

 その答えに、友子先生は思わず吹き出した。

「だから面白い子だって言ったの。」

 見た目は若いのに、妙に落ち着いた大人っぽさがある。
 これが年上の魅力ってものか……危ないぞ、羽冬夜良。禁断の恋だ。

「君たちを見てると、高校の頃に主人と出会った時を思い出すのよね~」
「先生はもう結婚してるんですか?」
「してるよ~最近子どもも生まれて、家の中は大騒ぎ。」

 人妻で母親属性まで……もうだめだ……
 ん……この前決めたキャラ設定、最近ちょっと暴走しすぎだ。少し自重しよう。

「おめでとうございます。子どもの話になると、幸せそうな笑顔が全然隠せてませんよ~」

「幸せ?全然よ。あの生き物、一生起きなければいいのに。」
  
「え?」
「え?」

 平坦で冷えたその言葉に、母親の過酷さがにじんでいた。

「今のは失言!羽冬くん、聞かなかったことにしてね。紫木さんのこと、よろしく。困ったらいつでも言ってね。」
「分かりました。」

 友子先生が僕と紫木を見て青春っぽい何かを重ねたのも、たぶん高校特有の空気に当てられただけだろう。

 僕は、先生と旦那さんの出会いがそんな感じだったとは思わないし、先生が僕みたいな軽薄なやつに惹かれるとも思えない。
 仮に旦那さんが似たタイプでも、どうせ超イケメンだ。

 まあ、先生は普段の僕らの調子なんて知らないだろうけど。

「先生、何て言ってたの?」
「君の面倒を見てやれってさ。」
「え?なんでそんなこと?」

 その反応、分かるようで分からないな。

「毎日ちゃんと身だしなみ整ってないし、馬鹿だと思われたんじゃないか。」

 ちなみに今日の紫木の朝のやらかしは、髪を半分しか整えていなかったことだ。左側の前髪だけ爆発していた。前よりは進歩してるな。
 とはいえ、先生がそんな朝の紫木を見たことなんてないだろうから、今のもただの適当な冗談だ。

「うっ……わ、私は……」

 そこへ次の先生が入ってきて、会話は終わるかと思った。けど、授業が始まってしばらくして、紫木が小声でつぶやいた。

「人のこと馬鹿って言うほうが馬鹿なんだから……」

 反撃が弱すぎて、逆にどうツッコめばいいのか分からない。

「そんな返し考えるのに、あんなに時間かかったの?」
「何それ!?ていうか、入学してからずっと私に絡んでくるけど、もしかして本気で私を口説くつもり!?」

 声が少し大きくなった。
 この女、彼氏欲しすぎだろ。

「だとしたら?」
「あんた……!」

「そこの二人!まだ授業中です!いちゃいちゃするなら外でやりなさい!他の生徒の迷惑です!」

「先生!私、この人といちゃいちゃなんてしてません!」
「いや、余計ややこしいだろ。」
「とにかく違います!」
「二人とも!」
「すみません……」

 そのあとも教室は静まらず、あちこちでひそひそ声が広がっていった。