好きになっても良いですか?

『告白リベンジ大計画』が始動してから数日。おれはいつメンに呼び出された。

「アキ、作戦会議だよ」
「えっ、また……?」
「お前の勉強だけじゃ心もとないからな」
「つか、ぶっちゃけ無理だと思ってる」
「だから追加で『頭が良いヤツに好かれる方法』を教えてやるよ」

 ノリとミヤがワクワクしていて、シンは真面目な顔つきで腕を組んでいた。
 嫌な予感しかしない。けど、『頭が良い人に好かれる方法』というのは、普通に気になる。

「まずはこれだ!」

 ノリが机にドンッと置いたのは──……コーヒーだった。校内の自販機で買ったらしい、ブリックパックのやつだ。

「天才とか秀才はコーヒー好きだから飲め!」
「えっ……なんで……?」
「頭良いヤツはみんな飲んでるんだよ」
「本当に? ……醤油は?」
「『ソースは?』ってこと? それなら雰囲気」
「ふいんき!?」

 雰囲気(ふいんき)って何……? あと、頭良い人って、炭酸ジュースとか、エナジー系とか、わりと甘いのを飲んでるイメージがある。

「飲め飲め」
「ちょっ、ちょっと……」

 おれは無理やりブリックパックを持たされる。仕方がないので、飲んでみることにした。感想は──。

「に、苦っ……!」
「ほらほら、飲め飲め」
「苦いよぉ……!」
「頭良くなるから」
「絶対嘘だぁ……!」

 涙目になりながらコーヒーを飲んでいると、シンがため息をついた。

「アキレベルだとコーヒー牛乳にするしかないか……」
「そういう問題なの?」
「分からん。雰囲気だ」
「だからふいんきって何!?」
「『雰囲気(ふんいき)』な」

 なんかすっごくテキトウだ。でも、コーヒー牛乳だったら甘いから飲めるかもしれない。それでも飲んだだけで頭が良くなる気はしないけれど。


 ◇ ◇ ◇



「んじゃ次はこれね」

 ノリの隣でミヤが取り出したのは──……メガネだった。なんか普通の、黒縁のメガネ。

「メガネかければ頭良く見える!」
「たしかに! ……でも、見えるだけだよね?」
「見えるだけで十分だろ」
「雰囲気大事だからな」
「また雰囲気……?」

 おれはメガネをかけてみた。度なしだから視界は普通なんだけど、なんか世界が狭く見える。
 ……ちなみに、実際の視力は一・五もあるから、結構見える方だったり。ドヤァ。

「アキ、なんか……頭良さそうじゃね?」
「おー。なんか頭良い感あるぞ」
「ほ、本当に……!?」
「うん。急に賢そうになった」

 褒められてる……のかな? なんでか逆にバカにされてる感がある。
 でも、メガネをかけた瞬間、おれはなぜか賢い人っぽい動きをしなきゃいけない気がしてきた。

「えっと……こんなふうに……顎に手を当てて……」
「なんか考えてる?」
「頭の良い人ってこういうポーズしない?」
「するする。腕組んだりとかな」
「そう。そんな感じ」

 おれはメガネをかけたまま、顎に手を当てて考えてるふうを続けてみる。
 すると──だんだん、なんだか……眠くなってきて……。

「おい、寝るな。アキ」
「うーん……? 寝て……?」

 ぱちぱちと目を瞬いていると、シンが額を押さえているのが見える。漫画だったら「やれやれ」って手書きで書いてあるやつだ。
 ……ちょっと、呆れられちゃったみたい。

「やっぱり見かけだけか……」
「?」
「アキ、お前はまず『集中する』ってことを覚えろ。何事も継続が肝心」
「ケイゾク? カンジン……?」

 眠すぎて頭がよく回らない。意味が分からないまま、分からないなりにふんふんと頷くと、シンがもう一回ため息を吐くのと、ノリとミヤがゲラゲラ笑うのが聞こえた。
 メガネの中の世界は、おれには少し窮屈だったみたいだ。


 ◇ ◇ ◇



「そして次はこれ!」

 今度ノリが取り出したのは──……単語帳だった。そう、買っても作ってる途中で飽きるもの第三位の、あの単語帳だ。ちなみに一位はプラモデル、二位はジグソーパズルね(個人調べ)。
 中身は英単語が書かれているらしい。話は変わるけど、外国語が使える人ってかっこいいよね。

「賢いヤツは英語もできて当然だろ?」
「でもおれ、英語は全然……」
「だから『頭良いヤツは』って言ったろ? それにお前はこれからだ」
「覚えろ覚えろ」
「えっ……えっ!?」

 おれは言われるままにその単語帳を開いた。

「……“Apple”……りんご……」
「おぉ、知ってるじゃん」
「“Tomato”……トマト……」
「まぁ、これは読んだまま」
「“Watermelon”……すいか……?」
「これ覚えてんのは偉いぞ」

 すごいすごいと囃し立てるノリとミヤ。反対に、むむっとしかめっ面をしているシン。

「アキ、それ全部小学生レベルだぞ」
「(ぎくり)」
「もっと難しいやつ覚えろ」
「む、難しいやつ……?」

 おれは次のページをめくった。

「……ぷ、ぷ……“prosecute”……?」
「え? 急にムズいんだけど」
「『起訴する』だっけ?」
「き、基礎する……?」
「お前はまず日本語覚えろ」

 シンの眉間にまた一つシワが増えた。


 ◇ ◇ ◇



「最後にこれだ!」

 極めつけと言わんばかりにミヤが取り出したのは──……新聞だった。おれはその目を見開く。

「……おれ、新聞って読んだことない」
「えっ、マジで?」
「うん。家でも取ってないし」

 おれはミヤから新聞を受け取る。
 紙面の隅から隅まで文字で埋まっていて、なんというか、圧を感じる。

「これ……読めるかな?」
「頭良いヤツはニュース読んで時事問題も押さえてるもんだぞ」
「じじもんだい……」

 もしかして、おじさんの問題のことかな?

「なんか……分かってなさそうだな」
「かなりベタな間違いをしてる気がする」
「もういい。とにかく読め」
「読むって言っても……字が多い……」

 ヨワネを吐くおれに、「新聞ってそういうもんだろ」とノリは肩をすくめる。

「でも……なんか、全部同じに見える……」
「面白そうなトピックから読んでみれば?」
「面白そう?」

 そうは言っても、政治とか、経済とか、難しそうな話題ばかりで困る。
 そんな中、おれの目は記事の片隅にある『今日の占い』のコーナーに吸い寄せられた。

「……あっ。おれの星座、ラッキーアイテムが『赤い食べ物』だって!」
「おい、占い読むな」
「はっ……! だから“apple”!? “Tomato”!?」
「違う違う。なんでそっち行っちゃうの」
「“Watermelon”は季節的になぁ……」
「そういうことじゃねえよ。つか、頭の良いヤツは占いは読まない」
「えっ、そうなの……?」

 でも、ラッキーアイテムなんていくら知っていても損はないのに。
 おれはもう一度新聞に目を戻すと、三人の星座を探す。

「……ノリは『水玉模様のもの』、ミヤは『チョコレート入りのお菓子』、シンは……『はにわ』? が良いらしいよ」
「何、もしかしてわざわざ調べてくれたの?」
「うん。みんなラッキーアイテム知りたいかなって」

 三人はお互いの顔を見合うと、同時にふっと笑った。

「ありがとな、アキ」
「お前のそういうところ、俺たち好きだぜ」
「でも、なんで俺のだけ『はにわ』とかよく分かんねえのなの?」

 シンの疑問についてはおれも分からない。だって、そもそも『はにわ』がよく分からないから。
 だけどなんか、良い気分だからいっか。


 ◇ ◇ ◇



「──……よし、これでアキも頭脳明晰に近づいたな!」
「ズノウメイセキ?」
「近づいてなさそうですよ」
「むしろ遠ざかってる気がする」
「でも、アキは頑張ってるからな」

 みんなの言葉に、おれはちょっとだけ胸が温かくなる。
 たしかに、これで頭が良くなったとは言えないかもしれない。でも、頑張れるところは頑張っているつもりだった。守沢くんの好きなタイプに、少しでも近づきたかったから。
 そんな気持ちで、おれはいつメンが去った後でも、メガネをかけたままコーヒーを飲み、英単語帳を開き、新聞の占いを見ていた。

「あれ? 何してるの?」

 僕はその声に顔を上げる。そこには守沢くんがいた。さっきまで先生のお手伝いでいなかったけれど、いつの間に戻ってきていたらしい。

「えっと……英単語帳と、新聞見てる?」
「ふふ。なんでハテナが付いてるの?」

 くすくすと笑ってる顔がかわいい。つられておれも照れ笑いを浮かべる。

「だって、あんまり頭に入ってきてる感じしないから」
「メガネもかけて、コーヒーも飲んで、やる気は十分そうだけど」
「うん。でもこのメガネ、ダテだし。コーヒーも苦すぎてちょっとしか飲めないし」

 やる気はたしかに十分なのだけど、それだけと言えばそれだけ。
 だけど守沢くんは「それでもすごいよ」と、おれの目をまっすぐ見つめた。

「得意じゃないことにも向き合えるって、なかなかできることじゃない」

 そのとき、おれはなんとなく違和感を覚える。守沢くんの様子が、いつもと違うような気がしたのだ。

(ちょっと悲しそう……というか、寂しそう……?)

 一瞬のことだったから、確実なことは分からない。けれどもし気分が落ち込んでいるなら、それは見逃せなかった。

「あ、あのさ……! 守沢くんの星座って、何?」
「ぼくの星座……?」
「そう。誕生日の星座!」

 質問が唐突だったのか、守沢くんは驚いた顔を見せる。

「み、水瓶座だけど……」
「水瓶座ね!」

 おれはすぐに新聞の占いコーナーに視線を移すと、水瓶座の欄を確認した。
 ええと、水瓶座のラッキーアイテムは……。

「『縁のあるメガネ』……ってことは、おれだ!」

 がばりと頭を持ち上げると、おれは守沢くんに向かって胸を張った。

「守沢くんのラッキーアイテム、『縁のあるメガネ』だって!」
「……え?」
「今日はおれがいるから大丈夫だよ! 元気出して!」
「あっ……いや、元気はあるんだけど……」

 なぜか押され気味な守沢くんは、でもすぐにその表情を緩める。ラッキーアイテムを知ることができて、もしかしたら安心したのかもしれない。おれはさらに言葉を続ける。

「それに、本当にすごいのは守沢くんの方だよ。今だって、先生の手伝いしてきたんでしょ?」
「あれは……たまたま手伝わされただけだよ」
「でも信頼されてないと、そもそも頼まれなくない? おれ、一回も頼まれたことないよ?」

 それはたぶん、おれがバカで、ドジだからだ。先生の手伝いは大事な仕事だから、おれみたいなヤツには任せられないんだろう。けれど守沢くんなら、きっと先生も安心して頼むことができる。

「守沢くんは、やっぱりかっこいいな」

 しみじみと言葉にすれば、守沢くんはまた驚いた顔をして、そしてちょっぴり視線をそらした。「そうでもないよ……」という声は小さくて、やっぱり寂しげで、おれはそれがすごく気になる。だけどそれ以上は聞かなかった。
 人には話したくないことも、聞かれたくないこともある。おれはその人のラッキーを願うくらいがちょうど良いんだ。

「滝本くんって、優しいんだね」
「優しい? 初めて言われた。おれ、だいたいいつも『アホ』って言われるよ」
「そうなんだ。でも……優しいよ。それもすごくね」

 守沢くんが笑う。その笑顔を見られて嬉しいと思う。だけど少しだけ、ほんの少しだけ胸が痛んで苦しいのはどうしてだろう。
 コーヒーを飲んだときよりも苦い味が、口の中に広がる。

「守沢くんって……コーヒー飲む?」
「いや? あんまり飲まないかな。リンゴジュースとかの方が好き」

 リンゴジュースが頭の中で“apple juice”に置き換わる。
 とりあえず、コーヒーは頭が良い人みんな飲んでいるわけじゃないらしい。