好きになっても良いですか?

 翌日の昼休み。おれは、いつメン三人に両脇をがっちり固められながら、屋上へ連行されていた。

「ちょ、ちょっと待って……! どこ行くの……?」
「決まってんだろ。守沢のとこ」
「昨日のことフォローしに行くんだよ」
「お前一人じゃ絶対また変なこと言うからな」

 ノリとミヤが左右から腕を掴んで、シンが前を歩く。……なんだこの構図。おれ、なんか悪いことした犯人みたいじゃん。いや、たしかに昨日、おれは反省会をしたんだけど。反省しなきゃいけない人だったから、そういう意味じゃ犯人みたいな感じなんだけど。

(うーん……なら、しょうがないか!)

 一人で納得していたら、タイミング良くシンが振り返った。

「アキ、昨日のことちゃんと謝れよ」
「う、うん……」

 昨日のこと。……そう、おれが守沢くんに「好きになってもいいですか?」って言って、開始五秒でフラれた事件のこと。
 あのときおれがいけなかったのは、まだきちんと知り合ってすらない相手にいきなり告白したことだった。つまり、守沢くんをびっくりさせてしまったのだ。だからまずは、それを謝らなきゃいけない。
 屋上に着くと、守沢くんはひとりで本を読んでいた。食べ終えたお弁当箱を横に置き、静かにページをめくっている。その雰囲気が柔らかすぎて、触ったら壊れちゃいそうで、近づくだけでちょっと緊張した。

「守沢〜、ちょっといい?」

 ミヤが軽いノリで声をかけると、守沢くんは顔を上げた。

「あ、昨日の……」

 おれを見ると、少しだけ困ったように眉が下がる。その顔を見ると、昨日のフラれた瞬間を思い出して胸がキュッてなった。
 おれは勢いよく頭を下げる。

「昨日は驚かせてすみませんでした!」

 すると、ノリとミヤがすかさず横から口を挟んだ。

「こいつ、悪いヤツじゃないから」
「昨日の告白も冷やかしじゃないから」
「ただちょっとドジなんだよ」
「そうそう、単純に頭が弱いだけなの」
「いや、フォローになってねぇよ」

 即座にシンのダメ出しが入る。すると守沢くんは、そんなおれらを見てぷっと噴き出した。すごくおかしそうなその笑顔は、これまで見たことのない、初めてのもので。

「なんだ、そういうこと? うわ、ちょっと照れるな」

 手元の本がそっと閉じられる。守沢くんははにかみながらおれを見つめると、「昨日はぼくも冷たい態度を取ってごめんね」と謝った。

「知らない人から突然告白されて、ちょっと困惑しただけなんだ。怒ってたわけじゃないよ」
「えっ」

 おれは思わず声を漏らす。

(お、怒ってなかったの……? おれ、てっきり嫌われたのかと思ってたのに……)

 胸をキュッとしていたものが取れて、ほっと息をつく。心の中で「よ、良かったぁ……」と安心していれば、隣にいたミヤが小さくサムズアップしてくれた。
 ……でも、まだまだ気は抜けない。

「それで……どうしてぼくのこと、好きになったの?」

 守沢くんが首を傾げて尋ねてくる。おれの心の平穏は、その質問で一気にかき消された。

(うわぁぁぁぁぁ……! な、なんでそんなストレートに聞くの……!?)

 理由を聞かれただけなのに、ド直球すぎて心臓がバクバクうるさい。

「え、えっと……その……」

 おれは頭をフル回転させて、何とか答えようとした。でも、何を話すべきで、どんなふうに言うべきか、バカすぎてまったく分からない。昨日初めて話したときみたいに、頭が真っ白になってしまった。

(さ、最悪だー!)

 それでも諦めない。自分なりに一生懸命、伝えたいことを頑張ってまとめてみる。

「そ、その一!」
「……その一?」

 そうしたら、なぜか箇条書きになった。
 周りから「なんて?」って声が聞こえるけど、無視無視。分かりやすさ第一、言いやすさ最優先だ。

「えっと……その一は、頭が良いから……です。おれ、頭が悪いから……頭が良い人って、すごいなって……」

 守沢くんは少し驚いたように目を瞬く。でも、これは大事なことだった。
 テストの順位表でいつも一番上に名前がある人、それが守沢くんだった。学年トップ、つまり一番頭が良い人。おれが一番憧れる人。
 ……恋に落ちたのは、一瞬だった。

「それと……その二は、なんか……桜みたいだな、って思って……」
「さ、桜……?」

 やっぱり驚いてる守沢くんに、おれは一生懸命このイメージを伝えようとする。
 おれの中で、守沢くんは桜の花のような人だった。まず、つやつやした黒髪が桜の和風なイメージにぴったりだし、たまに見る笑った顔は、まるで花がふわりと咲いたみたいだ。何より静かで、穏やかな性格が、暖かな春の陽だまりのようで……だから、桜。
 身振り手振りも加えて、丁寧に言葉に落とし込む。すると、両脇からジトりとした視線を感じた。

「それって、遠くから観察しながらそう思ってた、ってこと?」
「キモ。ストーカーかよ」
「ストーカーは良くないな。ストーカーは」
「ひ、ひどい……」

 ストーカーなんて、そんなつもりはちっともなかった。「頭が良い」と知って、気になったから影から見ていた──それだけ。

(けど、言われてみればたしかにキモかったかもしれない……)

 次からは気をつけよう。気を取り直して、おれは三つ目を挙げる。

「そして……その三は、学年上がって一緒のクラスになれたのが嬉しくて……チャンスだと思って話そうとしたら……ヘ、ヘンなこと言っちゃって……」

 あれ? なんか「好きになった理由」から、「告白した理由」になってない?
 頭がこんがらがってるけど、それだけは分かる。言っているうちに気づいて、恥ずかしさでだんだんと声が小さくなっていくのと反対に、おれの顔はぶわりと赤くなった。

(ああ、おれのバカ!)

 自分で自分が嫌になる。だけど守沢くんは、そんなおれに「そっか」と頷いてくれて。

「……ありがとう。気の迷いかもしれないけど、嬉しいよ」

 気の迷いって言われたけど、なんか優しい言い方だった。拒絶じゃなくて、ちゃんと受け止めてくれた感じ。おれはそれに満足しようとして──けれどそのとき、シンが突然口を開いた。

「守沢って、どういう人がタイプ?」
「え? ちょ、ちょっとシン、急に何聞いてんだよ」
「いや、気になるだろ」

 守沢くんは少し考えてから、あっさり言った。

「ぼくも……好きなタイプは、頭の良い人かな」

 その瞬間、おれの心臓がドクンッと跳ねた。

(えっ……頭の良い人……? それって……おれと真逆ってこと……!?)

 一瞬、絶望的な気持ちにガーンってなる。でも──だからこそ、思った。「頭が良くなりたい」って。守沢くんの好きなタイプに、少しでも近づきたい、って。
 こんなおれでも、()()()()()()()()()頑張れるかもしれない。そう思ったら、胸の奥でメラりと燃え上がるものがあった。