花咲く君は、いつか透明なハナになる

 夕焼け色に包まれる病室は、周りの騒がしさと対照的に静かだ。
 あれから戻ってきた先輩は、椅子で腕組みをしながらうたた寝をしている。その顔をじっと眺めて、私は心を落ち着かせた。
 何も言わないけど、そばにいてくれる。
 そっと手を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。姫先輩の体が揺れて、目を覚ましたから。

「……もうこんな時間か。じゃあ、また明日な」

 帰ろうとする制服の裾を引っ張って、小さな子どものように口をへの字にする。

「……まだ、行かないで」

 上げた腰を椅子に戻して、姫先輩は黙り込んだ。
 迷惑だとわかってる。わがままだけど、吐き出さずにはいられない。

「医者(せんせい)もお母さんも、歯を抜くのと同じくらいのことだから大丈夫って言ってるのに。怖くて、眠れない」

 恋咲き花を取ることになったと話したとき、姫先輩は落ち着いて聞いていた。
 みんなからしたら、それほど大したことじゃないのかもしれない。でも、私にとっては重要なこと。

「大丈夫なわけねーじゃん。あれだけ咲かせるって頑張って、やっと叶ったんだろ? 全然、同じじゃねーよ」

 予想外の反応にきょとんとしたあと、うなずいた拍子に涙があふれた。
 今、一番欲しかった言葉を先輩がくれた。
 頑張って飲み込もうとしていた気持ちを、代弁してくれた。それだけで、少し救われた気がする。

「でも、花がなくなっても、みんな今までと変わんねーよ。華は、華だろ?」

 頭をなでられて、ふと思う。やっぱり、この優しい大きな手が好きだ。
 口が悪くて適当で、だけど優しく傍にいてくれる姫先輩が好きなんだって。

「……この花、異常開花じゃないんですよ」

 そっと花に触れて、先輩の目を見つめる。

「ほんとは、姫先輩が咲かせたんです。だから……、別れるのがすごく悲しい。寂しい。怖い。明日には、なくなっちゃう」

 ぽろぽろとうろこが落ちるように、瞳から涙がこぼれてくる。
 ふわりと花の香りがして、目の前が見えなくなった。抱きしめられたところから、熱が上がっていく。
 先輩の匂いがする。あったかくて、心地いい。
 このまま、時が止まってしまえばいいのに。

 背中のカッターシャツを掴むと、そっと体が離される。そのまま姫先輩の顔が近付いてきて、はち切れそうな心臓に、思い切り目をつむった。
 ガーゼ越しの耳裏に、キスが落とされる。鼓動がうるさい。息ができない。
 ゆっくり目を開けると、次は白い花に唇が触れる。
 カァーーッと、一瞬で頬がバラのように染まり上がった。

「……俺も、同じ気持ちだから。明日、頑張れよ」

 それだけ言うと、かばんを肩にかけて姫先輩は帰って行った。
 しばらく放心として、さっきの光景がぽわんと蘇(よみがえ)る。さらにドキドキして、恥ずかしくなって布団に顔を伏せた。

 同じ気持ちって、何と同じなんだろう。自惚れちゃっても、いいのかな。姫先輩の耳も、赤くなっていた気がするから。
 耳元を押さえて、キスの余韻(よいん)にひたる。

 ーーなおさら、さよならしたくないな。