花咲く君は、いつか透明なハナになる

 土曜日の昼下がりは、彩葉ちゃんに誘われて地元のショッピングセンターへ来た。すれ違う景色を目で追う。
 夕日のようなオレンジ色、桜みたいな淡い色。元気になれる黄色と品のある紫色。この世界は花であふれている。
 愛しいと思える誰かがいて、幸せそうに笑い合って。

「ほんと、私だったら恥ずかしくて学校行けないよ」
「分かる。どれだけ自分だけの世界で生きてるの? って感じだよね」

 ヘアアクセサリーを眺めながら、隣に立つ女の子たちの話し声が耳に入る。
 ちらりと下げた視線の先に飛び込んだのは、短めのチェックスカート。この近くにある高校の制服だ。妙にそわそわして、手が汗ばんでくる。
 鏡を覗き込みながら、周りを気にしない大きさで飛び交っている言葉たち。

「誰も好きになったことないとか、どうやって生きてきたのって聞きたい。天然記念物?」
「そのうちつぼみ自体が認定されるんじゃない? 人の感情あるのかな、あの人」

 かばんを握る手に力が入る。さりげなくそこから遠ざかるようにして、別のコーナーへ移動した。
 私のことじゃないことは分かっている。
 聞こえて来た話の流れから、おそらく同じ高校の人の話だと分かるーーけど。

 もしかしたら、私も学校で同じように言われているかもしれないと思ったら、逃げ出したくなった。
 後を追って来た彩葉ちゃんが、声を掛けづらそうに横へ並ぶ。たぶん、さっきの女子高生たちの話が聞こえていたんだ。
 お互いに気まずい空気が流れて無言になる。
 だから小さく息を吐いて、ニッと唇の端を上げた。

「このリボンどうかな? ちょっと長すぎるかなーって思ったけど、変じゃない?」

 近くにあったヘアゴムを髪に当てて、何でもないような顔をする。そうしたら彩葉ちゃんの顔にも明るさが戻って、「それ、すごく可愛いよ」といつも通りの会話が始まった。

 ーーよかった。
 不安な音に気付いても、笑顔を見ると安心する。それは誰でも同じだと思うから。
 どんな時でも、笑ってやり過ごせば平穏に終われる。


 家へ帰ると、玄関にお母さんの靴があった。もう戻ってきたんだ!
 いつもなら(そろ)える靴を脱ぎっぱなしに、勢いよくリビングのドアを開けた。
 久しぶりに見たお母さんは、後ろ髪を結びながらバタバタと行ったり来たりしている。シャワーを浴びたあとなのか、部屋はシャンプーのいい香りがしていた。

「お母さん、おかえり」
「はなー、ただいま。って言っても、すぐ行かないとなんだけどね。ばあちゃん待たせてるからさ」

 着替えの服を入れたかばんを下げた手で、「ごめんねー」と私の頭を優しく()でる。いつものお母さんの手だ。あったかくて、安心する。

「いつ退院出来るの?」
「たぶん、明後日にはオッケーでると思うんだけどね。熱が下がらないことには、帰れないから」
「……そうだね。ふーちゃんにも、早く会いたいな」
風吹(ふぶき)も華を恋しがってるよ。あっ、もうこんな時間! ごめんね、華。もう行くね」

 平気な顔で手を振って、玄関のドアがバタンと閉まる音を聞いてから寂しくなる。
 一週間振りに会ったのに、あっという間に行っちゃったな。

 今年で三歳になる妹の風吹(ふぶき)は、生まれつき体が弱くて、菌を取り込みやすい体質なのかよく病気にかかる。
 病気になると治りにくく、入院することも少なくない。
 付き添い人がいるから、お母さんは病院に泊まり込んでいて。小児病棟は十五歳以下の面会が禁止されているから、私は風吹に会うことが出来ない。
 二人が病院にいる間は、おばあちゃんが家のことをしてくれる。どうしようもないことだから、寂しくなんかない。

「なーんか、いいことないかなぁ」

 ソファーに倒れ込んだまま、今日買ったリボンのヘアゴムを眺める。
 ……天然記念物なんかじゃないもん。
 昼間のことを思い出して、ムスッと(くちびる)を突き出した。なにか違うことを考えよう。
 下がりかけていた口をニーッと上げて、面白い顔を想像する。
 姫先輩の間抜けヅラと顧問(こもん)の先生に怒られている時の顔を思い出して、ひとりでクスクスと笑う。
 姫先輩って、不真面目だから怒られてばかりなんだもん。

 つんつんと蕾を触りながら、ふと思う。
 誰かを好きになるって、どんな感じなんだろう。
 きっとこんな毎日が吹き飛ぶくらい楽しくて、キラキラしているんだ。