花咲く君は、いつか透明なハナになる

 文化祭当日は、朝からみんなが駆け回っていて目まぐるしい。午前中は役割がないため、混み合う校内を歩き回った。周りに目を向けつつ、三年生の教室をのぞいて見るけど姫先輩の姿はなかった。

 今は自由時間だから、どこか回っているはずだけど、一学年七クラスもあるから山を張るにも難しい。
 校庭に出て、連絡通路を通る。もしかしたら、二年生のところにと思ったけど、見つからなかった。
 そのまま交代の十一時になり、教室へ向かった。隣の女子更衣室で白い衣装に着替えて、腰まで伸びたかつらを被る。

 鏡をのぞき込みながら、口の端を口紅で引き上げたとき。ガラッとドアが開けられて、使用中と下げていた紙がぷらんと落ちた。
 さあちんだ。時間帯が被っているから、支度に来たのだろう。持っていたペンで張り紙に何かを書くと、表側にバンッと貼って戸を閉める。

「あんなことがあったのに、よく来れるよねー。みんなに言いたい放題言われてさ」

 ひとつ席を空けたところに、さあちんは腰を下ろした。額(ひたい)や手に血のりを塗りながら、スマホを気にしている。

「ほんとにそんなこと、思ってる?」
「……は? なに、その質問。意味分かんないんだけど」
「だって、昨日トークに入って来なかったから」
「そういうのマジでいらない」

 昨日、彩葉ちゃんから個別で連絡が来た。絵文字もスタンプもない『ごめんね』の一言だけ。
 なんと返したらいいのか悩んでいたら、結局夜が明けてしまった。『気にしてないよ』は違う気がするし、『もう大丈夫』も変だ。頭ごなしに責めるのも……したくなかった。
 こうなることは、おおよそ想像がついたはず。謝るくらいなら、最初から画像なんて貼るかな……と思ったり。

「彩葉ちゃん、今日休んでるね。あんなに準備頑張ってたのに」

 さあちんの筆を持つ手がぴくっと止まって、また動き出す。

「……何が言いたいわけ? あたしに言いたいことあんならハッキリ言えば?」

 ううんと首を振ると、顔を赤くしたさあちんが勢いよく。

「なんだよ、それ。言えばいいじゃん。お前が貼らせたんだろって。お前なんかいなくなれって思ってるくせに! いい子ぶってんなよ!」

 怒鳴り声に、体がビクッとした。
 こんな風に怒鳴られたことなんて、親ですら記憶にない。
 怖くて、手が震える。何も反応できない。
 さあちんの声は、さらにヒートアップしていく。

「へらへらして、人に合わせてばっかだしさ。あたしが高嶺くんのこと好きなの知ってて、仲良いアピールして」


 ──私も高嶺(たかね)くんと付き合えたらなぁー。

 ── 華ちゃん、席隣で羨ましいなぁ。

 高嶺くんと授業中に内緒話をしたり、放課後に勉強を教えてもらったこともあった。そのときは、自分のことに一杯一杯で気づかなかったけど、さあちんはどうしてた?
 もしかして、ずっと、わたしたちの後ろ姿を見ていたの?
 脳裏に浮かび上がるさあちんは、どれも悲しそうな目をしている。

「彩葉ちゃんだって、先に友達だったのはあたしなのに……なにもかも取らないでよ」

 ……そっか。知らずのうちに、私はさあちんを苦しめていたんだ。

「アンタなんか、消えちゃえばいいのに!」

 ギッーーと花が引っ張られて、思わず顔がゆがむ。
 力に負けて、一歩、二歩とよろけて前へ出た。
 耳元から何かがツーっと流れる感覚がして、ハッとした顔をするさあちんが手を離す。じわりと痛みが現れて、耳裏を押さえた指には血のりのような赤い液が付いた。

「あっ……、えっ……」

 さあちんの顔色が、幽霊のように青ざめていく。
 くたんと肩へ下がる花。そっと茎を支えて、わたしは震える声をふり絞った。

「嫌な思いさせてたなら、ごめんなさい。でも、だからって、人を傷付けていい理由にはならないよ」

 近くにあったティッシュで根元を押さえながら、今度はもっとハッキリと言葉にする。

「一度壊れたら、元通りになんて出来ないんだから。どうするべきなのか、ちゃんと考えた方がいいよ。後悔する前に」

 黙って立っているさあちんを残して、わたしは部屋を出た。