花咲く君は、いつか透明なハナになる

 学校から少し歩いて、次の取材場所である弓道場を訪れると道着姿の高嶺くんがいた。和の振る舞いがとても似合っていて、思わず見惚れそうになる。
 背筋が伸びた姿勢、弓を引く眼差し。女子たちが騒ぐのも(うなず)ける。
 ほわんと穏やかな気持ちになっているところへ、空気をぶち壊す声が降ってきた。

「王子、鼻の下伸びてんぞ」

 不意打ちに向けられたカメラがパシャッと光る。

「せめて目がハートにして下さい。一応、女子なんですが」
「そーだっけ」

 いつもの調子に戻ったと思ったら、すぐこれだもの。少しくらいシュンとさせたところで、きっと神様は怒らない。
 頬を膨らませていると、矢を打ち終えた高嶺くんが近付いて来た。

「大路さん」

 周りに星を散りばめたようなキラキラした笑顔。さすがモテる人は違う。

「お疲れさま。新聞部の取材、今日だったんだね」
「高嶺くんもお疲れさま。なんか上手く言えないけど、すごくカッコ良かったよ!」

 一年生の時は文章を担当していたから、初めて矢を()る姿を見た。
 意外と弓って大きいんだなと思っていたら、高嶺くんの反応がおかしいことに気付いた。
 心なしか頬が、それに耳まで赤みを()びている。

「……ありがとう」

 視線を合わせてくれない。
 もしかして、照れてる?
 高嶺くんって、カッコいいと褒められ慣れていると思っていた。

「この後、少し時間もらえないかな?」

 言いにくそうにしながら、私の顔を伺うように見た。
 まさか、まさかね。高嶺くんに限って、私なんかに気があるわけがないよ。期待するだけ痛い目を見る。自分の胸に言い聞かせようとした時。

「悪いんだけど、先約あるから」

 後ろから回された腕が、私の肩をグイッと背へ引き寄せた。
 ……姫先輩⁉︎
 密着した体は動けなくなって、化石のように固くなる。
 何を言い出したのかと、もたついていると。

「えっと……、そっか。じゃあ、また今度ね」
「あっ、高嶺くん!」

 軽く頭を下げて、高嶺くんは部活へ戻ってしまった。
 心なしか、下がった眉が戸惑っているように見えた。
 この前も聞かれたから、何か大事な用事があったのかもしれないのに。

「さてと、俺らも部室帰るか」
「もうっ! 勝手にあんなこと言わないで下さいよ!」
「ほんとのこと言ったまでだ。花、早く咲かせたいんだろ?」

 ちょこんと縮こまっている蕾を指差して、姫先輩は軽く笑う。
 そうだけど……。何度も断るのは失礼な気がして。ため息をつきながら、大きな背中の後ろを追って部室へ向かった。
 早く恋を知って花を開くことが出来たら、もっと生きやすくなるのだろうか。

 みんなが帰った部室。ガチャリと鍵を掛けて、深呼吸をする。
 昨日の夜。ベッドで横になりながら、手っ取り早く花を咲かせる方法を考えていた。
 きっと恋をするために必要なことは、胸がキュンだけではダメなのだ。だからーー。

 くるりと振り向いて、机にもたれている姫先輩をじっと見つめる。
 なんだ? と言いたげな顔に近付いて、見出した答えを告げた。

「とりあえず、抱きしめてもらおうかな」
「……お前、本物のバカなの?」

 予想通りの呆れた反応だった。

「だって、ささやきもダメだったから。ギュッてしてもらったら、化学反応が起きて咲くかもしれないじゃないですか!」
「……えー、無理」
「なんでですか」
「なんででもだ」

 でろんと机に伏せる姫先輩の横で、背中をぐわんぐわんと揺すり続ける。起きる気配のない無気力な体に膨れっ面をかまして、私もころんと身を倒した。
 こうして見ると、姫先輩ってそこそこ良い顔をしてる。形は卵型で綺麗だし、寝てれば奥二重の線が見える。
 少し伸びた髪もそのままで、うっとうしくないのかな。
 そっと前髪をどけて、閉じられたまぶたに触れてみる。あ、意外とまつ毛は長いんだ。
 パシッと掴まれた手首が引き上げられて、切長の目がゆっくりと開かれる。

「目(つぶ)す気か?」
「……そんなんじゃないよ」

 お互いに伏せたままで触れ合う瞳。真っ直ぐ見つめてくるから、私も()らせなくなった。
 トク、トクと鼓動(こどう)(きざ)む音が聞こえる。これは、もしかしてーー。
 勢いよく飛び起きて茎の上を確認してみる。手のひらに伝わる感触は、いつも通りのこじんまりとしたもの。

「咲いてなかったぁーー」

 全精気を吸い取られたように落ち込む私を見て、姫先輩が小刻みに肩を揺らしている。

「ぷはっ、王子、ドンマイ。じゃあお疲れー」

 ケタケタと笑いながら、任務終了と言わんばかりに部室を出て行った。
 どうしてあんなに余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)なの。
 自分だって中三で、周りからからかわれてるくせして。