花咲く君は、いつか透明なハナになる

「メルちゃん、すごくはしゃいでるね。仲良くなれそうでよかった」
「……えっ?」

 首をかしげると、乙谷さんが小さく耳打ちするように。

「あのね、表向きは姫川くんの思い出作りって名目になってるけど、メルちゃんとの仲を深めようって意味合いもあるの」
「そうだったんですね」
「あのやる気ゼロの姫川くんが言ったんだよ? 信じられないよね」

 クスクスと楽しそうにする乙谷さんと、同じように笑い返せていたか自信がない。
 ジェットコースターに乗ってから、お化け屋敷へ入った。キャーキャー騒いだあとに、もう一度ジェットコースターへ乗ってぐったりする私と姫先輩。
 まだ乗ろうよと元気いっぱいの河合さんが、乙谷さんの手を引っ張る。

「メルちゃんと空中ブランコして来るから、華ちゃんたちは休憩してていいよ」

 二人が歩き出すと、高嶺くんがベンチから立ち上がった。

「僕も行くよ。少し涼(すず)みたいから」

 あっという間に小さくなる三人の背中を見て、どうしようと心がつぶやく。
 取り残された私たちは、お互いに話すことなく景色を眺めている。

「王子って、お化け屋敷ダメなんだな。うるさ過ぎて、耳イカレるかと思ったわ」

 あきれたように沈黙を破るから、少し唇をとがらせた。またバカにしてる。

「そういう姫先輩だって、すっごい叫んでましたけど? お化け、怖いんですね」
「ちげーよ! 暗闇がキライなだけだ。お前と一緒にすんな」
「同(おんな)じようなもんですよ」
「全然ちげーから。くそ、笑うな」

 大きな手のひらで顔を覆(おお)う姫先輩。柄になく照れている。あははと声がもれて、自分が笑っていたことに気付いた。
 さっきまで笑い方を忘れていたのに、不思議だ。少し話しただけで、自然と頬がゆるむのだから。

「なあ、アイツら戻る前に、アレ食わん?」

 移動販売車の前に立て掛けられているポスターを指して、姫先輩がお腹を押さえた。

「アレって、ホットドックですか?」
「そうそう。すげーうまいらしい。腹減ったー」

 まだ食べると返事をしたわけでもないのに、ささっと立って歩き始めている。
 ほんとに勝手なんだから。心の中でつぶやきながら、クスッとしてその背中を追いかけた。

 パンからはみ出るほどのソーセージは、パリパリでジューシー。好みすぎて、思わずうなってしまう。
 視線を感じて隣を向くけど、さっと逸らされた。なんだろう?

「二人していいもの食べてる」

 みんなが戻って来て、一番に高嶺くんが反応を見せた。続いて、乙谷さんがいいなーと言った時には、河合さんが駆け寄って、いただきーとホットドックにかぶりついていた。

「えっ、ちょ、おい」

 奪われた姫先輩は、仕方ないなぁという顔をしてため息をつく。
 目の前で間接キスをした河合さんは、満足そうにハムスターのような頬を動かしている。

 最初から分かっていたことじゃない。小さな頃から一緒に過ごしているのだから、それくらい平気でするよ。
 前の通り、先輩後輩の感情を保てていたら、いちいち気にしなくて済むから。

「なにこれ! めちゃくちゃおいしい! 乙ちゃんも、はい」

 自分のもののように、河合さんがホットドックを差し出した。戸惑う乙谷さんに、あきらめたような声で、姫先輩が食え食えと吐き捨てる。

 にこやかにその光景を眺める高嶺くんを見て、どうしようかと手を止めた。
 姫先輩のは、ほとんど残っていない。でも、高嶺くんだけなしは気の毒な気がして。

「あ、あの……よかったら、食べます?」

 一度引っ込めかけた手を、高嶺くんの前へ出す。回し食べなんて、友達なら意識しないでやっている。
 ここであげない方が、よっぽど変だ。

「反対から食べてくれて、全然……」
「じゃあ、遠慮なくもらうね」

 そのまま食べかけの方から、ひとくち分が減った。

「ありがとう。おいしいね」
「……どういたしまして」

 少し驚いた。みんな、意外と普通に出来てしまうものなんだ。
 残ったホットドックを食べようとしたら、手ごとさらわれて、あっという間に姫先輩の口の中へ入った。

「ああー! なんで食べちゃうんですか!」
「俺の分、少なくなったからな。ほら、早く食って行くぞー」

 もうっと頬張りながら、だんだん頬が熱くなっていく。
 あれ、ちょっと待って? 噛み締めながら、ふと気付く。
 これは、もしかして……。
 姫先輩との、三度目の間接キスだ。


「そろそろ夕方になるね。あと、もうひとつくらい乗れるかな?」

 スマホを手にした乙谷さんが、パーク内の地図を広げる。

「じゃあ、最後にアレ乗らない?」

 ふふっと笑みを浮かべる河合さん。そのまま姫先輩と乙谷さんの腕を引っ張り、目の前にある観覧車へと向かう。

 しまった、出遅れた。

「ちょっと待って……」

 追いかけようとする足が止まる。後ろから手を掴まれて、それ以上動けなかった。

「……えっと、どうした、の?」

 茶色の髪がさらりと揺れて、高嶺くんがこちらを見つめている。

「僕と一緒に、乗ってくれないかな?」

 ぱりん、と心の音が鳴った。ガラス玉が割れてしまったような、儚(はかな)げな音。

 目の前にいる高嶺くんは、いつもの友達としての顔じゃなかった。