花咲く君は、いつか透明なハナになる

 奥の部屋のふすまを開けると、お線香の香りがした。四畳半(よじょうはん)ほどの畳(たたみ)の上に、遺影(いえい)と仏壇(ぶつだん)があった。
 写真の中のおじいさんは、会った時より少し若くて穏やかな顔をしている。
 あの優しく話してくれたおじいさんが、もういないなんて実感がわかない。私でさえそうなのだから、姫先輩はなおさら受け入れられなかっただろうな。
 クッキーを仏壇の前に置いて、手を合わせる。

「じーちゃんさ、王子に会うの楽しみにしてたんだよな。俺の彼女だと思ってたし」

 あぐらをかいて、隣で合掌(がっしょう)する姫先輩。その横顔はどこか寂しそうに見える。

「嘘ついたまま、逝(い)かせちゃったな」

 あの時は、喜んでくれたからと言っていたけど、やっぱり気にしているんだ。

「……ほんとにしたら、いいじゃないですか」


 なに、言ってるんだろう。
 胸の底から湧(わ)き上がって来た言葉に、ひどく動揺する。
 弁解(べんかい)をひらめく余裕があるはずもなく、口先だけの声を出す。

「あっ、ちがっ! 別に私とってわけじゃなくて! これから彼女作ったら、嘘じゃなくなるじゃないですか! だから、だから……」

 言いながら、自分で落ち込んでいく。
 たしかにそうだなって、先輩がうのみにして彼女を作ってしまったら、もう一緒にいられなくなる。
 花を咲かせた相手が河合さんなら、両思いになるわけだから、お互いの気持ちに気付いたら付き合わない理由なんてない。

「でもそれ、華じゃないと意味ねーじゃん」

 目があったとたん、耳たぶから頬までぶわっと真っ赤になっていくのが分かった。
 今のセリフに、特別な意味なんてない。きっと、そう、あれだ。

「言ってること……分かるか?」

 いつもより低くて、真剣なトーンの声色。からかっていないのは、見て取れた。

「おじいさんは、私が彼女だと……思い込んでるから。今更、他の子と付き合ったところで……嘘は消せない?」

 小さな脳で考えを導(みちび)き出そうとするけど、ぐるぐるして目が回りそう。

「……そうそう。ああ、今日も王子がバカで助かるな」
「どういう意味ですか!」

 危なかった。都合の良いように受け取るところだった。
 これは恋じゃない。だったら、堂々と先輩の傍にいられる。もう少しだけ、卒業まで、気付かないふりをしていたらいい。