花咲く君は、いつか透明なハナになる

 次の週の土曜日。お出かけ用のお気に入りバッグを肩から下げて、一呼吸置いてから家のチャイムを鳴らした。
 ゆっくり開けられたドアから、寝癖の付いた頭がお目見えする。

「……あ、ほんとに来た」
「来ましたよ。ちゃんと持って来ました」
「じゃあ、さっそく毒味するか。まあ上がれよ」
「相変わらず偉そうですね。お邪魔します」

 いつものやり取りは健在だ。家に入るのは初めてじゃないし、これしきの緊張なんてすぐに消える。
 リビングへ通されて、違和感に気付く。物音ひとつしないけれど、家族はどうしてるの?
 着替えてくると言われて、そのままソファーで待つことになった。

 まわりを見渡しながら、そわそわと落ち着かない。もうすぐ十時になるけど、まだ寝てるのかな。
 ふと、カウンターの上に飾られている写真が目に入った。
 近付いてみて、気が堕(お)ちる。幼い頃の姫先輩と、隣で笑うのは河合さんだろう。同じ幼稚園の制服を着て、仲むつまじく手を繋いでいる。

 二人とも可愛い。河合さんがアメリカに行ってからも、この家には彼女の存在が変わらずあったんだ。

 ーー私には響しかいないの。だから、絶対好きにならないでね。

「……べつに、好きじゃないもん」

 いちいち反応してしまう自分が嫌になる。
 部屋着からちゃんとした私服になった姫先輩が、リビングへ入って来た。
 河合さんとだったら、あのゆるい格好のままだったのかなとか考えたりして。
 私、どうしちゃったんだろう。客観的に見て、とっても面倒くさい子だ。

 お茶を出しながら、姫先輩がさりげなく隣に座った。ソファーはひとつしかないのだから、いたって不自然な行動じゃない。
 今までだって、それ以上に胸キュンシチュエーションで接近していたじゃない。なのに。ふと腕が当たった瞬間、ものすごい勢いで避けてしまった。素肌同士の接触は、無理だ。

「あ、悪い」
「……いえ」

 意識していることが筒抜けな気がして、余計に恥ずかしくなる。
 とりあえず、目の前にあるお茶を一気に飲み干して、邪心(じゃしん)を捨てよう。

「なんか、今日の王子変だな?」
「そんなことないです。いつも通りです。問題ないです」
「そうか? まあ、変に気遣わなくていいぞ。今日この家誰もいねーし」
「……えっ!」

 思いの外大きな反応をしたためか、なんだよ? と眉をひそめながら、ああーと姫先輩の表情が気まずそうになる。
 何か分からない沈黙が一分ほど続き、ひらめいたようにバッグからがさごそと包み紙を取り出した。

「……さっそく、例のものです」
「例のブツみたいな言い方すんなよ」

 渡した指が、先輩の指と重なる。触れたところから、熱がしびれ上がってくるような変な感覚。
 なに、これ。ほんとに、私おかしい。
 パッと手を離したから、受け取り損ねた姫先輩の顔がきょとんとしている。
 自信満々にサーブしたボールをすかしたような、何が起こった? という目と同じ。

「これは、おじいさんのために作ったんですからね! お供えしますから、連れてって下さい」
「ええ……? ぷっ、はいはい。分かった」

 二人分あるから嘘ではない。苦し紛れの言い訳と気付いてなのか、笑われたけど。可愛く誤魔化すことが出来ないから、仕方ない。
 たとえ二人きりでいたとしても、姫先輩にしたら、私なんて意識する存在に値しないんだろうな。一人で慌てふためいていることが悔しい。