花咲く君は、いつか透明なハナになる

 もやもやさせながら病院前の公園を通り過ぎようとした時、急がせていた足が速度を下げた。
 小さな屋根小屋のベンチで佇んでいる男子生徒が見えて、それが姫先輩だと分かったから。
 気付いたら、自然と足が向かっていた。
 距離が近くなるにつれて、さらに足がゆっくりになる。後ろ姿からでも、元気がないのは見てとれた。

「……あ、王子? こんなとこで、なにしてんの?」

 足音に気付いたのか、ふとこちらを見上げた姫先輩が片側の口角を上げる。
 少しの違和感に襲われつつ、少し離れたところに腰を下ろした。

「姫先輩こそ、どうしたんですか? おじいさんの……お見舞い?」
「うーん、まあ、そんなとこ」

 適当なのは前からで、こうして目を見ないで話すこともあった。特に不思議なことじゃない。
 でも、いつもとは何か違う気がして。踏み込んではいけないかもと思いながら、口は開こうとする。
 先輩の手元に、河合さんからもらったマフィンが置かれていたから。ドキドキする心臓が鳴り止まない。

「この前貸してた漫画、全部読みました?」
「……うん」
「私的には、うい恋とか花メラあたりがお気に入りなんですけど、全部幼馴染系なんですよねー!」
「……そうだな」
「やっぱり、特別感ありますよね。幼馴染……って」

 あいまいに打たれる相づちは、そこで終わった。目の前の広場を眺めながら、先輩は上の空でいる。
 話が露骨(ろこつ)過ぎたかな。それも気付いていないか。まるで私の言葉は、初めから耳に届いていないみたいだから。
 何を考えているのか見えなくて、いつも以上に遠く感じる。

「明日、東京どこ行くんですか? 渋谷、原宿? もしかして、クロッフル食べに行ったりします?」

 なにか話題を作らないと。薄っすらと降りてくる黒いベールと、沈黙に押し潰されそうだ。

「ああ……班別? たぶん、国会議事堂とかじゃね?」
「へえ、先輩甘いの好きだから、てっきりデザート食べたりするのかなって」

 スカートの裾(すそ)をぐっと掴む。
 一度もこちらを見ないのは、私と話したくないから?
 退屈、迷惑、邪魔。浮かぶのはマイナスな単語ばかりでも、心の奥では違うと信じている自分がいる。

「そうだ! 今度、大路家特製クッキー焼いて来ますね! おじいさんのお見舞いにも、あ、先輩ってクッキー好き……」
「……いらない」
「……え?」
「食べねーから、必要ない」

 ガラスの砕け散る音がした。クッキーを乗せていた皿なのか、はたまた心臓の音なのか。
 河合さんのマフィンは受け取るのに、要らないって。それほどはっきり言われると、反応しようがない。