花咲く君は、いつか透明なハナになる

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「これ、昨日作りすぎちゃって。妹が食べたいって言うから、たまたま……なんですけど。姫先輩、甘いの……。はあ、なんか違う」

 通学かばんをギュッと握りしめて、三年の玄関を行ったり来たりしてうろつく。
 昨日、お母さんに頼んで一緒にクッキーを焼いてもらった。誕生日だとか特別な意味はないけど、ただ渡したくなって。
 まばらに降りて来る人影を交わしながら、目立たないように壁の奥に身を潜める。チラチラと送られる視線が気まずい。早く来て。
 人が途切れた視界に、海のような青色が現れた。黒髪の隙間で揺れる花は、こちらを見ている気がした。

「……先(せん)」
「響ー! もう、待ってよ!」

 とっさに隠れた足は、前へ進むことができない。

「ジャーン。これ、あげる」
「なに?」
「今日、家庭科で作ったの。響、マフィン好きでしょ?」
「ああ、ちょうど腹減ってた。サンキュー」
「また今度作ってあげる。何がいい……」

 ふいに呪文が溶けたように、動かなかった足が玄関から遠ざかって行く。
 クッキーの入ったかばんを揺さぶりながら、階段を駆け上がって、部室のドアを開けた。息を切らした私を見て、他の部員がどうしたという顔つきをする。

 ーー渡せなかった。

 手を突っ込んで、ラッピングの袋を掴むけど、引き出すことは出来ない。

「どうかしました?」
「……なんでもない」
「修学旅行、明日からですよね。写真って、乙谷さんに……」

 かばんの手元へ視線を落とす。さっき頑張って走りすぎたかな。それとも、もっと前からこうだったのか。
 やっと見つけた会う理由は、割れてバラバラに壊れていた。


 部活を終えて学校を出ると、ぽつぽつと雨が降り出していた。お母さんから傘を持って行きなさいと言われていたことを、今思い出した。
 玄関から少し手を出して、様子を確認する。ぱらぱらしてはいるけど、まだ大丈夫そう。お迎えの連絡をするまでではないかな。
 前を行く男子と同じように、小走りで門を飛び出た。
 少しずつ大きくなる粒が、髪や制服を濡らす。そういえば、以前にもこんなことがあった。あの時は姫先輩が傘に入れてくれて……、私って学ばないなぁ。

 大通りへ出て、ひとつめの交差点を渡る頃には止んでいた。
 また降り出す前に、早く帰らないと。ズレ落ちるかばんをくっと持ち上げて、早歩きになる。
 明日の修学旅行は東京へ行くらしいけど、姫先輩の班はどうするのだろう。河合さんと一緒に行動するのかな。

 ーーあのキャラで赤くなったりするの。キスした時とか。

 嫌なセリフを思い出した。記憶から飛ばすように、頭をめいっぱい振る。
 どうせ幼い頃の話だろうと気にしてないつもりだったのに、やっぱり胸の中には残っていたらしい。