花咲く君は、いつか透明なハナになる

「昨日はごめんなさい。本の整理投げ出して、一人でさせちゃって」

 翌朝、登校してきた高嶺くんを待ち構えて頭を下げる。いきなり木の陰から出たから、少し驚かせてしまった。
 ひと気のない時間が良かったし、早く謝りたくて。

「気にしないで。元々は僕の仕事だし、すぐ終わったから」

 優しく微笑んでくれるけど、高嶺くんの気づかいだと分かる。まだ山積みになっていたから、相当な時間がかかったはずだ。
 肩を並べて、静かな校舎を歩く。朝練をしている運動部を除けば、校内には誰もいない。
 二人だけの足音は、鼓動(こどう)を刻(きざ)むように穏やかだ。

「今日のお昼、一緒に食べない? いい場所見つけたんだ」
「そうしたいけど……、でも」

 彩葉ちゃんたちとの習慣があるから、正直言い出しにくい。
 姫先輩と食堂へ行った時は、部活の話があるってことにしたけど、一瞬変な間があったから。快くは、思われていなかったかもしれない。

「誰かに合わせるのも大事だけど。無理して、居づらい場所にいなくていいと思うよ」

 高嶺くんは、たぶん気付いている。彩葉ちゃんたちとの関係に、居心地の悪さを感じていること。
 黙っていると、高嶺くんは続けて言う。

「大路さんの自由だから、好きに決めたらいいよ。僕はいつでも歓迎(かんげい)だから」
「……ありがとう」

 かばんの取手をグッと掴んで、踏み出す足に力を込める。
 時には、手を離す勇気も必要なのかもしれない。
 不安にしがみついて、気持ちにフタをしながら送っている毎日は、ほんとうに幸せなのかな。
 頑張って握りしめているものは、とても重くて、自分を苦しめるだけかもしれないのに。

 四限目のチャイムが鳴って、みんながざわざわと動き出す。半分は食堂へ行くから、残り半分は教室に残って食べる。
 弁当袋を握りしめて、深く息を吐く。意を決して、彩葉ちゃんに言うつもりだった。

「なんか、華ちゃんって秘密ばっかりだよねー。友達と思ってるなら、好きな人くらい教えてくれてもいいのにさ」

 すぐ後ろにいることに、友達のさあちんは気づいていない様子で話している。立っている私とばっちり目の合った彩葉ちゃんが、小声でさあちんと呼ぶ。
 気まずそうに振り返ったさあちんの顔は、心なしか不貞腐(ふてくさ)れていた。

「華ちゃん、うちらといても楽しくないでしょ」
「ちょっと、さあちん……」

 大きくなる言(こと)の刃(は)が、胸の風船をぐさぐさと刺していく。

「仕方なくいる感じなら、別にいてもらわなくていいけど」

 パンッと弾け飛ぶ音がして、紙吹雪のように散った。これは、修復不可能だ。
 近くの席の子が、こちらをチラチラ気にしている。それからひそひそと話して、また見る。恥ずかしい。

「行こ」

 いきなり手を引っ張られて、教室を出た。前を歩く高嶺くんは、少し足早で怒っているように感じる。
 クラスメイトが騒ついて、廊下をのぞく気配がした。お構いなしで、角を曲がり階段を駆け降りていく。
 どう対処したら良いのか分からない空気から、連れ出してくれた。やっぱり、高嶺くんは王子さまのような人だ。