花咲く君は、いつか透明なハナになる

 新聞部の作業が終わると、他の部員が帰るのを待って部室に鍵を掛ける。二人きりの空間を作って、本日も花を咲かせるためのレッスンを始めた。

「さて、今日は何をしてもらいましょうか」

 机に置いた少女漫画を、目の前に座る先輩の前へ一冊ずつ丁寧に並べていく。
 甘い胸キュンから少し(きわ)どそうなものまで全十冊。その度に揺れる耳下の花は、いつも通り行儀よく閉じている。
 長いため息をついた姫先輩が汚いものを触るように、親指と人差し指で紙の(たば)をつまんだ。

「うわぁ……これ、なんかヤバそう。お前、年齢的に大丈夫?」
「言っておきますけど、健全(けんぜん)な少女漫画しか読んでないですから。変な持ち方しないでっ」

 姫先輩の手からパッと漫画を(うば)うと、へいへいと気怠(けだる)げな反応が返って来る。そういう彼も、生やす花はツボミのままだ。

「もういい加減咲かせたいんですよ。クラスのほとんどが三分(さんぶ)五分咲(ごぶざ)きだし、すごいと七分(しちぶ)咲きもいるんですよ」

 彩葉(いろは)ちゃんだって彼氏ができた。私だけ取り残されていく。

「中二にもなって、恋したことないのかーって、クラスの男子にからかわれたんだっけ。花の王子なのにな」
大路(おおじ)(はな)です! 今、名前に触れないで下さい。余計に気分下がるので」

 ぷんとした態度で姫先輩の隣へ腰を下ろす。
 嫌なことを思い出させてくれる人だ。
 漫画を手に取り、もう片方を私の肩へ回す彼へ人差し指を向ける。

「自分だって人のこと言えないじゃないですか。姫って……、姫って付いてるくせして、まだ咲いたことないんだから」

 重要なところなので復唱して。
 言ってすぐ顔が近付けられる。耳元まできた唇からささやくような甘い声が繰り出された。

「ほんとは、前から好きだったんだ」

 吐息が触れた部分がむずがゆくなって、我慢しようと思えば思うほど身震いが起きる。
 もう、無理だ。勢いよく彼を押し退けて、体をよじった。

「や、や、だめ。耳が、くすぐったすぎる!」

 あははと色気のない笑い声を上げて、「どう? 咲いた?」と準備してあった手鏡を(のぞ)いた。

「ザンネーン。ぴくとも動いてねーよ」
「マジか……これもダメですか」

 変わり映えのない蕾を見て、がっくりと肩を落とす。
 壁ドン、顎クイ、肩ズン。胸キュンシチュエーションをいくつも試してきてこの結果(ありさま)
 ときめくと好きは別物なの? 何が違うの?
 一生好きな人なんて現れない気がする。
 悩みの種にしかならない恋咲き花なんて、なければいいのに。


 * * *

 キッチンで夕飯の支度(したく)をするおばあちゃんの横で、フライパンをのぞき込む。菜の花とベーコンを炒める香ばしい香りが漂って来た。どこか安心する匂い。

「昔は恋慕草(れんぼそう)と言ってな、思春期になると芽が出て、恋をするとその想いの熱で花が咲くと言われとったんよ」
「思春期に?」
「そうだ。でも、今は生まれてすぐから芽を生やす。詳しい理由は解明(かいめい)されとらんが、自然が変化してきたのと同じで人の体も進化しとる」

 ダイニングテーブルに二人分の皿を並べながら、野菜炒めとコロッケを盛り付ける。
 恋咲き花が何のためにあるのか。そんな話題を持ちかけてから、語りたがりなおばあちゃんの口は止まることを知らない。

「これは、秘めたる心を写す鏡みたいなもの。感情にとらわれるのも、若い証拠。歳をとるごとに色は薄くなり消えて行く」
「おばあちゃんのも、自然になくなったの?」

 何もない殺風景な耳元を見て、ぽつりとつぶやいた。

「そうだ。今悩んどることも、長い月日で見たら意外と小さなことだったりするもんだ」

 うん、と相槌(あいづち)は打つけど、胸の中は晴れないまま。
 おばあちゃんは、ああ言っていたけど。私にとっては、目に見えない将来より重要なこと。

 みんなと同じように、早く恋をして花を咲かせたい。