花咲く君は、いつか透明なハナになる

「こんなとこで、何してんの? 部活、今日もサボる気か?」

 いつも通りのけだるげな口調。理由を探してまで避けていたのに。こんな所で会わせるなんて、神様は意地悪だ。
 お願い、聞かないで。触れないで。
 合っていた姫先輩の視線が、ふと横へスライドする。開いた花をとらえたであろう瞳は、少しだけ大きくなった。

「王子、それ……」

 ビクッと肩をすくめると同じくらいに、

「なあに? この子、王子くんって言うの?」

 姫先輩の後ろから、誰かがひょこっと顔を出した。
 ふわふわした髪と綺麗に整えられた眉。ぱっちりした瞳の下には、小ぶりの鼻と口が付いている。ツルツルした白い肌は、まさしく。

 ーー花姫だ。

 見た瞬間、そう思った。

「キレイな顔。王子ってぴったり」
「いえ、僕では……」

 勘違いしているようで、その子は高嶺くんを見てにっこりと笑った。笑顔もきらきらしていて、なにより真っ赤な花が華やかさを際立てている。
 あれ、この人って……。

「そっちは高嶺悠晴。王子ってのは、こっちの大路華。二人とも、俺の後輩」

 色素の薄い瞳がこちらを見て、万華鏡(まんげきょう)のように揺れている。
 やっぱり間違いない。この子、あの日姫先輩と一緒にいた三年生だ。

「王子って女の子のことだったの? 響(きょう)、ひどーい」

 立っている先輩の体を押して、仲むつまじそうに振る舞う。

「メルだよ、河合(かわい)芽瑠(める)。まだ帰国したばかりなの。よかったら仲良くしてね」

 本を抱えて動けないでいると、語尾にハートが付けられた挨拶を受けた。
 なんだろう、さっきから胸が苦しくて息がつまりそう。

「小四までこっちにいたのに、お互い覚えてねーんだな。小学校、一緒だったけど」
「……記憶にない」
「うーん、あっ! もしかして、お姉さんいない? ランドセル二つ抱えて歩いてた」
「えっ……、はい」
「あの時の男の子? 悠晴くん、かっこよくなったね」

 小さな子どもにするように、なんの迷いもなく高嶺くんを抱きしめた。見ていたこちらが赤面して、顔を背ける。
 やめて下さい、と高嶺くんの慌てた声が聞こえてきて、河合さんが笑っている。

「悪ノリするなよ」
「向こうでは、みんなすぐハグしてたから。くせになっちゃってるの。ごめんね」

 心臓が落ち着かない。そわそわ、ぐらぐら揺れて飛び出そうになる。
 この二人の距離感は、普通じゃない。ただの知り合いではなくて、近い言葉を借りると、

「メルは幼馴染なんだ。変わったヤツだけど、まあ仲良くしてやってくれ」

 少女漫画で見るような、唯一無二(ゆいいつむに)の存在。幼い頃から築(きず)き上げられた関係は、深くて強く。友情以上の特別な絆で結ばれている。

「そういえば、花……」
「体調、悪くて。しばらく、部活、休みます」

 姫先輩の声をかき消すように、荒くなった呼吸で言葉を連(つら)ねた。
 本を置いたまま図書室を出て、トイレへ駆け込む。誰もいない鏡の前で、真っ白な花を写しながらニッと笑ってみせる。

「ヘンな顔……。可愛い幼馴染が帰って来たら、そりゃ咲いちゃうよ。勝てっこないもん」

 呼び捨てで呼び合っていた。あの二人には、私の知らない時間を共に過ごしてきた過去がある。きっと、壊せない壁がある。

「なんで好きになっちゃったんだろう」

 茎をキュッと引っ張ると、付け根の皮膚が伸びた。もう少し力を入れたら、じわりと痛みが強まる。
 パッと離した手のひらを、そっと胸に当てた。ずっとずっと、締め付けられている。

 耳なんかより、ずっと痛いのは胸の方だ。