花咲く君は、いつか透明なハナになる

 放課後、部活へ行く用意をしてトイレから戻るなり、心臓が跳ね上がる会話が聞こえて来た。
 足を止めて、その場で動けなくなる。

「もっとカレシの話したいけど、やっぱり話しづらいなぁ。気使っちゃうっていうか」
「分かるー! 恋バナとか興味なさそうだもんね。無理してする必要ないんじゃない?」
「……うん」
「仕方ないよー。だって華ちゃんって、まだツボミじゃんね。恋する気持ちは分かんないよー」

 ーーガタン。教室へ入る人影にぶつかられて、隠れていた姿があらわになった。

「あ、ごめん」

 男子の声に、二人が振り返る。
 目があった瞬間、やってしまったという顔がうかがえたから。
 ヘラッとした態度を作って、小走りに中へ入った。

「忘れものしちゃってー!」

 てへへと笑いながら話すと、二人の表情がほっとやわらぐ。

「生物の教科書入れ忘れちゃって」

 机の中をガサゴソと漁るけど、頭の中は真っ白。落ち着け、落ち着け。
 今は生物の教科書を探せばいい。

「そっか……。宿題、あるもんね」
「そうそう。ないと困るから」
「もう、華ちゃんてば相変わらずドジっ子ちゃん」

 隙間のない場所に入れようとするから、教科書が斜めになっていてもおかまいなしで。
 かばんのファスナーも開けっ放しで、バイバーイと教室を出た。


 やっぱり、思われていた。
 長い廊下を歩きながら、ずり落ちるカバンの取っ手を肩へ戻して。
 瞬きをしたらこぼれそうな水たまりを、必死にこらえる。
 何かされたわけじゃない。聞こえなかったふりをしていたら、いつも通りに戻れる。これしきで泣くもんか。

「おーい、いい加減気付け。サボりマン」

 正門玄関を出て、しばらくしたところで声がした。ようやく、姫先輩がついて来ていることを知る。

「王子が部活休むとか、珍しいな」
「今日は早く帰りたい気分なんで」

 一粒こぼれた涙を、見られないように指で拭う。
 誰にも会いたくない時にひょっこり現れて、ある意味ベストタイミングだよ。

「そういう姫先輩こそ、またサボりですか? そろそろ怒られますよ?」

 定期的に休むから、その度に乙谷部長が眼鏡を光らせている。理由を言わないから、余計に。

「アイツは真面目すぎんだよ。記事作る時期はちゃんと顔出してっだろ」
「でも、もう引退ですよね。三年生って」

 言いながら、ふと考える。そっか、もう姫先輩や乙谷部長と一緒に活動出来ないんだ。
 当たり前の日常は、当たり前じゃなくなる。