花咲く君は、いつか透明なハナになる

 Tシャツとデニムに薄手のカーディガンを羽織って家を出た。木の多い近所一帯は、日陰ばかりで少しだけ肌寒く感じる。
 石畳みの坂を下りながら、ふと空を見上げてみると、雲ひとつない青空があった。
 なんとなくバスに乗り、駅のあたりをふらふら歩いて。ただ時間を稼ぐように本屋で立ち読みをする。
 この本、つまらないな。十分もしないうちに飽きてしまって、ケーキ屋のショーウィンドウをかぶりつくように眺めたあと、ドーナツ店の前でしゃがみ込んだ。

 中学生にもなって、なにやってるんだろう。
 無意識に動く指は、新聞部の連絡手段にしているグループトークを開いていた。
【姫センパイ】の名前を押したとたん、「あっ」という声が頭上から降ってきて。見上げた先には、見慣れた気怠(けだる)げな顔が立っていた。

「……王子? こんなとこで何してんの?」

 小さく開けた口が、少しだけ震えている。

「暇つぶしです。姫先輩こそ……、何してるんですか」
「何って」

 ドーナツの袋を見せながら、「お兄のパシリ。ジャンケン負けたから」と面倒そうな顔をした。

「なんですか、それ。かわいそうですね」
「人使い荒いんだわ、あの人」
「先輩が押されてる。貴重だ」

 あははとわざとらしく上げた唇は、糸で引っ張られるように下がった。上手く笑えない。
 行き交う足音が大きくなって、小さくなっている私の前を通り過ぎていく。
 何をしても、今は胸の中が空っぽだ。全てが無駄なものに見えてくる。

「それにしても珍しいな。外で会うとか、初めてじゃね?」
「……ですね」

 偶然なんかじゃない。駅に家が近いことを知ってて、もしかしたら会える気がしていたの。
 誰もいない家に、ひとりでいたくなかったから。気を紛らわせてくれるような誰かに、会いたくて。

「……暇人」
「急に悪口ですか?」
「今から、ちょっと付き合え」

 有無を言わさず掴まれた腕。軽々と引き上げられた体は、再び青空の下へ向かう。
 返事を待たない強引さが、今日だけはありがたく思えた。